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ゲート ~白き英雄~  作者: 閃天
フィンク大陸編
140/300

第140話 立ちはだかる者

「レオナ。冬華は!」


 放たれる弾丸を弾きながら、アオが声をあげる。

 その声に、聖力を集中するレオナは怒鳴る様に答えた。


「黙って! アオは目の前の敵に集中して!」


 レオナに怒鳴られ、アオはその視線を目の前のケリオスへと向けた。

 穏やかに笑みを浮かべ、的確に急所を突くように引き金を引くケリオスに、アオは寒気を感じていた。

 感情と言うモノがケリオスには殆ど感じられない。

 故に、あれ程穏やかな笑みを浮かべながら射撃する事が出来るのだ。


「防戦一方ですか? 正義の味方さん」


 嫌味の様にケリオスがそう言うと、アオは苦笑した。

 あの時はその場の勢いでああ言ったが、今に思えばなんとも恥ずかしい事だと、実感する。

 その為、弾丸を弾きながら顔を赤くし、怒鳴った。


「う、うる、うるせぇ! 今から攻勢に出るんだよ!」


 恥ずかしさを隠す為にワザと大声で怒鳴ったアオに、ケリオスは楽しげに微笑した。

 しかし、ケリオスの言う通り、アオは防戦一方だった。

 その理由は弾丸の軌道だった。

 時折姿を消すケリオス。その放つ弾丸は、銃声とは全く別の方向から飛んでくる事がある。

 その為、アオも体を酷使する雷火を使用し、その反射速度だけで弾丸を叩ききっていた。

 体に負荷が掛かり、副作用の強い雷火。それを使用できる時間は今のアオの肉体では長く見積もっても五分程が限界だった。


(一分程過ぎたか……そろそろ、マジで攻勢にでねぇーと……)


 アオがそんな事を考えていると、何処からとも無く声が轟いた。

 悲鳴の様な叫び声。それは、間違いなくシオの声で、その声の状況から、アオ達は妙な胸騒ぎを感じ取った。



 シオは走り出す。

 シャルルの下へと。

 背中から突き出た切っ先。

 零れ落ちる鮮血。

 嘘だと願い、雪原を駆ける。

 背中を向ける黒髪の少年。

 その手に握られた剣から静かに鮮血が流れ出る。

 シャルルの体から溢れ出すまだ暖かさの残る血だった。

 その血は雪の上へと落ち、雪を溶かす。

 吐き出される白い吐息がシオの視界を僅かに遮る。

 走るたびに揺れる金色の髪が視界を遮る様に揺れる。

 その度にシオの脳裏へとフラッシュバックされるシャルルの笑顔、声、思い出――。

 大きな鼓動が心臓を叩き、奥歯を噛み締めるシオはその怒りを右拳へと込める。

 左膝の痛みなど忘れ、精神力を右拳にのみ集中させ、ただひたすらに走り続ける。

 そんな折だった。雪を舞い上がらせ、シオの視界へと一人の男が入り込んだ。

 ボロボロの黒衣に身を包み、黒髪を揺らす褐色の肌をした男。

 その男をシオは良く知っていた。だからこそ、シオは叫ぶ。

 幼い頃に共に修行し、自らが認める強さを持つその男の名を。


「退けぇぇぇぇっ! ケルベロス!」


 左足を踏み込み、シオは上半身を大きく捻り上げる。

 ケルベロスのその強い意志を宿す眼差しに、シオは一瞬で判断した。コイツは退く気など無いと。

 同じ師の下で修行した仲だ。それ位、すぐに理解できた。

 何故なら、コイツは――


 大振りのケルベロスの右の一撃に、ケルベロスと呼ばれた男はその右拳に蒼い炎を灯し、最短距離で拳を突き出す。

 二人の拳が激しく衝突する。凄まじい衝撃が生まれ、二人の体は後方へと弾かれた。

 衝撃により、雪原だったはずの足元には茶色の土へと変っていた。

 勢いをつけて放った一撃だったが、弾かれた距離は互角。

 そして、ケルベロスの拳とぶつかり合った右拳は僅かに焼け黒煙を上げていた。

 一方でケルベロスの拳も痛々しく血を零していた。


「何なんだよ! テメェは! 何で、オイラの邪魔ばっかりすんだ!」


 シオが声を上げ、ケルベロスを睨む。

 そうだった。ケルベロスは幾度と無くシオの前に立ちはだかった。

 才能もあり、獣魔族として戦闘能力は圧倒的だった。そんなシオに初めての敗北を味あわせたのはこのケルベロスと言う男だった。

 圧倒的に身体能力ではシオに分があったはずなのに、平伏していたのはいつもシオの方。それは、獣魔族には無い魔力の差だった。


 奥歯を噛み締めるシオは、鼻筋へとシワを寄せると駆け出す。

 それに合わせ、ケルベロスも動き出す。

 互いに拳をぶつけ合う。何度も衝撃が広がり、二人の拳からは鮮血が飛び散る。

 右拳も、左拳も激しく損傷し、痛々しく皮膚は裂けていた。

 それでも、二人は止まる事無く、更に力を込め一撃を放つ。

 互いの拳が軋み、ぶつかり合う度に激痛が走る。それにより、二人の表情が歪む。

 鮮血がまたしても激しく舞い上がり、二人の頬に数滴付着した。


「くぅっ……はぁ……」


 呼吸を乱すシオは、額に大粒の汗を滲ませる。

 魔力耐性の無いシオにとって、魔力を纏ったケルベロスの一撃一撃は致命傷となる程の威力があった。

 拳の感覚など当に無くなり、痛みは限界を超えていた。その為、シオは自分が拳を握っているのか分からない状態だった。

 霞む視界の中で、シオは目撃する。

 倒れるシャルルへと手を伸ばすその少年の姿を。


「シャルルに触れるんじゃねぇ!」


 反射的にシオは怒鳴った。

 その声に少年の手は止まり、そのまま動かなくなった。

 ソイツが何者で、シャルルとどう言う関係なのか、そんな事シオの知った事ではない。

 ただ、アイツがシャルルを殺した。その事実だけがシオの頭の中、心の中に刻み込まれる。

 それ故にシオは怒りにのみその肉体を動かす。


「やめろ! シオ!」


 動き出したシオへと、ケルベロスが怒鳴る。

 しかし、シオは止まらない。いや、もうケルベロスの声など聞こえていなかった。

 その為、シオは拳を大きく振り下ろす。自分の目的を邪魔しようとする者を排除する為に。

 互いの拳がまたぶつかり合い、衝撃を広げ、鮮血を撒き散らせる。


「ぐっ!」

「くっ!」


 二人の距離が開き、泥状になった地面に二本の線だけが刻み込まれた。

 何とか踏みとどまるシオは、大きく肩を揺らす。

 沈黙が続き、二人の視線は交錯する。

 冷たい風が二人の合間を抜け、大量の白い息だけが吐き出される。

 疲労は大分溜まっていた。その為、シオは奥歯を噛み締め、ケルベロスへと尋ねる。


「どう言うつもりだ……。何で、お前が邪魔すんだよ!」


 声を荒げる。

 シャルルも共に修行した仲。ケルベロスもシャルルとはよく話していたのをシオは知っていた。

 だからこそ、何故邪魔をするのか、シオは分からなかった。

 そんなシオの問い掛けに、間を空けケルベロスは答える。


「アイツは、俺の……仲間だ」

「――ッ!」


 その言葉にシオは息を呑んだ。

 瞳孔を広げ、やがてその表情を険しく変える。

 怒りにも似た感情が湧き上がり、シオは奥歯を噛み締め俯いた。

 信じていた。ケルベロスは同じに様にシャルルを助け出す仲間だと。

 その為、その言葉は信じられず、その目は殺気立つ。

 獣魔族特有の獣の様なその眼差しに、ケルベロスは僅かに身を退いた。

 それ程、シオが放つ殺気は恐ろしいモノがあった。


「じゃあ……シャルルを殺したのは……お前の仲間なのか?」


 静かな問いかけに、ケルベロスの喉元が僅かに動いた。

 肩を震わせるシオは、怒りをぶつける様に全精神力を全身から放出し、尋ねる。


「何で……なんで、シャルルを……答えろよ」


 静かに顔を上げたシオは、その血走った眼差しをケルベロスへと向けた。

 毛と言う毛が逆立ち、獣化の予兆が現れる。その予兆にケルベロスも気付いた。


「くっ……まさか、獣化か!」


 ケルベロスの表情が引きつる。

 僅かな焦りを見せるケルベロスの目の前で、シオの体はみるみる変化する。

 タテガミの様に長くなった金色の髪は鋼の如く鋭く尖り、口元には二本の牙がむき出しとなった。

 両足から突き出た強靭な爪は地面を確りと捉え、シオの姿勢はゆっくりと前傾姿勢へと変る。

 喉を鳴らし、威嚇するシオに対し、ケルベロスも覚悟を決めた様な真剣な眼差しを向け、告げた。


「お前が獣化するなら、俺はそれを全力で止める。この魔力を全て賭けて」


 ケルベロスの言葉などもうシオには届かない。

 怒りにより発動した獣化により、シオの意識は飛んでいた。暴走状態だった。

 そんなシオに対し、ケルベロスは全身から魔力を放出する。獣魔族の獣化、龍魔族の龍化と並ぶ力を得る事が出来る、魔人族のみに与えられた力、魔力解放だった。

 自らの魔力を全て放出する代わりに、肉体を極限まで強化する。そのリスクとして全ての魔力を失い、回復するのに下手をすれば一年以上も費やす事もある禁忌とされているモノだった。

 それ故に、発光するケルベロスの黒髪は色を失った様に真っ白へと変っていた。


“ガアアアアッ!”


 咆哮を吐きシオは走り出す。

 その強い蹴り出しで土が激しく舞い上がる。

 それに遅れ、ケルベロスは迎え撃つ様に拳を振り上げた。だが、その拳は先ほどまでと違い蒼い炎がまとわれていない。

 魔力を全て放出してしまったからだ。

 それでも、その身から強い力が感じ取れた。

 勢いに任せシオは左足を踏み込む。だが、その瞬間に、ケルベロスはシオへと右拳を振り抜いた。

 完全にシオの動きを捉え、その動きよりも速く反応していた。しかし、暴走するシオはそれに構わず、右拳を振り抜いた。

 互いの拳が互いの顔を捉える。


「ぐっ!」

「うがあっ!」


 二人は声を上げ、その口から鮮血を噴く。跳ね上がる両者の顔。そして、地上から両足が離れ、二人の体は後方へと大きく弾かれた。

 二度、三度と何度もバウンドする二人は、雪原を陥没させ、林の木々をなぎ払いようやくその動きを止めた。

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