第139話 打ち砕かれた想い
「あんた達は一体、何なんだ?」
土人形との戦闘を終えたセラへとジェスが静かに尋ねた。
茶色の髪に付着した雪を右手で叩くセラは、困り顔でその眼差しをエメラルドへと向ける。
妖艶な笑みを浮かべるエメラルドは、静かに歩みを進めると、ジェスの口元へと人差し指を当て、囁く。
「女性の事を詮索しちゃダメよ」
エメラルドのその囁きにジェスはただ息を呑む。
圧倒されていた。エメラルドが放つその気配に。
自分とは明らかに次元の違うその強さを改めて見せ付けられた。
驚き瞳孔を広げるジェスへと、彼女は微笑する。
それから、静かにセラの方へと体を向けた。
「では、行きましょうか? セラさん」
「あっ、はいっ!」
セラが声をあげる。
その瞬間だった。轟音と共に、二人の前へと白銀のコートを揺らす男が姿を見せた。
それは、白銀の騎士団、魔導の貴公子ディーマットだった。
魔法石の含まれた金属物質で作られた技手が銀色に輝き、その手の平に開いた発射口をエメラルドへと向ける。
「このまま、逃がすと思っているのか!」
若々しくそれでいて男らしい声にエメラルドは眉をひそめる。
「あら? もしかして、私に言っているのかしら?」
「貴様、以外に誰が居るって言うんだ!」
彼の言葉に、エメラルドは困った様に右手を頬へと当てる。
右肘へと左手を当てるディーマットは、その人差し指と中指に挟んだ小さな赤い石を右肘に開いた挿入口へと入れる。
『バージョンレッド』
機械的な声が響き、ディーマットの右腕に赤い線が走る。
蒸気を噴出し、その手の平に開いた発射口に赤い光が凝縮された。
しかし、エメラルドは顔色一つ変えず、静かに呟く。
「それ以上はお止めなさい」
「黙れ! 私が魔族の言う事を聞くと思ってるのか!」
「あなたの身の為よ?」
微笑するエメラルドが心配そうにそう言うが、ディーマットは構わず行動へと移す。
右目の眼光が開き、ターゲットをロックすると、また機械的な声が響く。
『ロック完了』
「喰らえ! フレア――」
ディーマットが叫ぶと同時だった。
圧縮されたその輝きがディーマットの右腕を破裂させ、その体を後方へと弾き飛ばしたのだ。
砕けた金属片が一帯へと散り、ディーマットの体は積雪を抉る。
額から血を流し、破裂し損傷した義手からは痛々しく電流を迸らせる。
「な、何が……起こった?」
顔を右腕で守るジェスが、そう呟き横たわるディーマットへと目を向ける。
アースも同じく驚いた様子で目を見開くと、静かにエメラルドへと視線を向けた。
長い白髪を揺らすエメラルドは右手でその髪を掻き揚げると、静かに呟く。
「ごめんなさいね。だから、やめておきなさいって言ったのに……」
困った様にふっと息を吐いた。
そんな折、その場へと駆けつけたグランダース王国第二王子であるグラドがエメラルドへと深く頭を下げた。
「お久しぶりです。エメラルド様」
「えぇ。お久しぶりね。じゃあ、後はお願いね。グラド」
グラドへとそう告げると、エメラルドはセラへと向き直った。
表情を強張らせるセラは、引きつった笑みを浮かべる。
あまりの圧倒振りに、自然とそんな表情になってしまったのだ。
そんなセラへと、エメラルドは妖艶に微笑み、氷の鳥の背に乗る。
「行きますよ。セラさん」
「は、はいっ!」
エメラルドの声にセラは元気良く返事をし、氷の鳥へと乗り込んだ。
それから、エメラルドはグラドへと目を向け、
「そうそう。彼、殺しちゃダメよ? まだ若いし、それに彼の力は今後必要になるはずだから」
と、告げウィンクした。
その言葉に複雑そうな表情を浮かべるグラドだったが、渋々「はい」と答え、飛び立つエメラルドを見送った。
残されたジェスは飛び立っていく氷の鳥を見据え、グラドへと呟く。
「あの人……誰なんだ? 第二王子のあんたが敬語って事は、凄い人なのか?」
「キミは誰だい?」
訝しげな眼差しを向けるグラドの言葉に、ジェスは表情を引きつらせる。
当然と言えば当然だ。
普通に知り合いのように話しているが、初対面なのだ。グラドが警戒するのは当然だった。
そんなグラドに対し、ジェスは苦笑し右手で頭を掻く。
「俺はジェス。小さなギルドのマスターだ」
「そうか……」
「それで、あの人は?」
当然の様にそうたずねるジェスに、グラドは不快そうな表情を浮かべるが静かに答える。
「彼女は今、この国で最も強い龍魔族だ」
「そうか……通りで強いわけか……」
腕を組みジェスは小さく頷く。
そんなジェスへとアースはゆっくり歩み寄り、剣を鞘へと納めた。
暫しの間が空き、やがてジェスが口を開く。
「なぁ、アレ、俺らが回収してもいいのか?」
ジェスが倒れるディーマットを親指で指差すと、グラドは肩を竦める。
「えぇ。構いませんよ。私達が保護してもしょうがないですし、人間のあなたにお任せします」
「で、あんたはどうするんだ?」
グラドへとジェスがそう尋ねる。
すると、グラドは背を向け告げる。
「帰りますよ。彼女が動いていると言う事は、私達ではどうにも出来ない事が起きていると言う事ですから」
「そうか……。じゃあ、俺らはアイツを連れて戻るとするよ」
「えぇ。では、また何処かで」
「ああ」
そう言い、グラドとジェスは別れた。
大きな穴の開いたその場所に横たわるクリスの体に、雪が静かに積もる。
そんなクリスの前へとヴァルガは足を進めた。その手に大剣を携えて。
重々しい足音が響き、ヴァルガの口元に薄らと笑みが浮かぶ。
「紅蓮の剣……貴様もここまでだな」
その手に持った剣を振り上げる。
「永遠に眠れ」
ヴァルガがそう囁き、剣を振り下ろす。
その刹那、甲高い金属音が響き、激しい火花が散る。
衝撃が広がり、ヴァルガの表情が険しく変った。
「くっ! 貴様!」
ヴァルガの目の前には、一人の――いや、一体のクマの着ぐるみが佇んでいた。
その手に持ったアックスでヴァルガの剣を弾き返し、同時に足元に倒れるクリスを抱きかかえその場を飛び退いた。
眉間にシワを寄せるヴァルガは、そのクマを見据え、声を張る。
「貴様! 何者――」
直後、今度は背後に雷鳴が落ちる音が轟き、空間が裂ける。
「今度は何だ!」
振り返り、ヴァルガが叫ぶ。
すると、空間が割れ、そこから五人の人が姿を見せた。
「ギルドの犬……」
そう呟いたのは、空間の裂け目のすぐ傍に居たケリオスだった。
そして、そんな彼の前に現れたのは、ギルドの犬こと、アオとその仲間であるレオナ、ライ、コーガイの三人に加え、獣魔族のシオの計五人だった。
獣耳を動かすシオは、空を見上げる。上空を不気味な龍が通り過ぎた。
「アレだ!」
シオが叫び、駆け出そうとする。
しかし、それより先にレオナが声をあげた。
「冬華!」
その声に、シオは振り返り、アオとライは険しい表情でその場に座り込む。
「な、何があった!」
シオが叫び、アオとライの肩を掴み掻き分ける様に前へと出る。
すると、そこには雪を血に染める冬華の姿があった。
シオの瞳孔が開き、ドクンと大きく心臓が脈打つ。
レオナは慌ててその手を冬華へとあて、聖力を注いだ。
傷が深く、体は冷たい。
脈も弱く、今にも途切れてしまいそうだった。
「レオナ!」
「黙って! 全力は尽くす。だから、今は――」
アオの声を遮り、レオナは意識を集中する。
青ざめた冬華の顔を見据え、シオは拳を震わせる。
そして、アオとライは唇を噛み締めた。
そんな折、二人の間でシオは激しい怒りを放つ。
高鳴る心音が聞こえる程、怒りに打ち震えるシオの姿に、アオとライは危険なモノを感じ取った。
「シオ! 落ち着け!」
「これが……落ち着いていられるか……」
握り締めた拳から血を滴らせるシオが、静かに呟く。
その時だった。背後でケリオスが尋ねる。
「あなたは、本物ですか? それとも、偽者ですか?」
その言葉にアオはゆっくりとケリオスへと体を向け、静かにシオへと告げる。
「怒りに呑まれるな。相手の思う壺だ。それに、冬華はレオナが必ず助ける。お前は、お前の救いたい人がいるんだろ? ソイツの下へ急げ」
アオの言葉でシオの表情が和らぐ。
そして、ゆっくりとその視線を冬華へと向けた後、シオは頷く。
「ああ……分かった。オイラはレオナを信じる。お前達を信じる……」
シオはそう言い、走り出す。
そのシオの動き出しに、ケリオスは銃を向けると、引き金を引いた。
しかし、その弾丸をナイフが弾じいた。すでにライがナイフを投げていたのだ。
「チッ!」
「わりぃーな。お前の相手は俺が勤める」
アオが剣を抜き、ケリオスへと静かに告げる。
すると、ケリオスは爽やかな笑みを浮かべ、銃口をアオへと向けた。
「ギルドの犬ともあろう者が、魔族の味方をするんですか?」
「魔族の味方? ちげぇーな。俺らは、人間の味方でも、魔族の味方でもねぇーよ。ただの正義の味方だ」
そう叫び、アオは走り出す。
そして、一発の銃声がその場へと轟いた。
雪の中をシオはひたすら走る。
目的の場所へと一直線に。
寒く、手の指の感覚が無くなり、吐き出す息は当然白く染まる。
喉がからからに渇き、唇は乾燥し血が滲む。
それでも、シオはただひたすらに走り続ける。
雪に疎らに残されたシオの足跡。
間隔が一定でないのは、シオの左膝が寒さで限界を迎えつつあったからだ。
引き摺る様に左足を動かし、ようやくシオは開けた場所へと辿り着いた。
「シャル……ル……」
肩を激しく揺らし、シオは足を止める。
鼓動と呼吸音だけが体の中に響き、シオの顔は自然と笑顔になった。
ようやく、会えるのだと言う期待。
やっと、彼女を助け出せると言う想い。
――だが、目の前に映る光景は、シオのその想いを打ち砕く光景だった。
「シャ、シャルルゥゥゥゥッ!」
シオは叫ぶ――胸を貫かれたシャルルの姿に――。