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ゲート ~白き英雄~  作者: 閃天
フィンク大陸編
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第132話 シオ対アオ

 静かな夜の闇の中、冬華はただ呆然と立ち尽くしていた。

 辺りは酷い有様だった。

 多くの兵が死に、その遺体を降り注ぐ雪が覆い尽くす。

 結局、何も出来なかった。いや、何もさせてはもらえなかった。

 総指揮と言う肩書きが、冬華をその場に縛り付けたのだ。

 奥歯を噛み締め、拳を震わせる冬華は静かに目を伏せる。こんな事なら、総指揮など引き受けなければよかった。こんな事なら――

 後悔が冬華の胸を締め付け、噛み締めた唇が切れ、血が溢れ出した。

 悠然と馬車に座るヴァルガは、降り注ぐ雪と埋もれる兵達を見据え、右手に持ったグラスを傾ける。グラスに注がれた真っ赤な血の様なワインを口へと運んだ。

 薄らと開かれた唇から静かに流れ込む赤いワインが、ヴァルガの口内を潤し、やがて喉元を通り過ぎる。甘味な味わいに薄らと笑みを浮かべるヴァルガに、冬華は強い眼差しを向ける。

 何で、自分はこんな所に留まっているのか――。

 何故、皆と一緒に戦っていないのか――。

 頭に過ぎるその考えに、冬華は静かにヴァルガへと歩み寄り、声を張る。


「私は、一体、何のためにここに居るの! 何で、総大将が何もせず傍観していなきゃならないの!」


 冬華の声が夜の闇に響く。夜も大分更け、朝へ向かい刻々と時を進める中に、何度もこだまする冬華の声が、ようやく消えた。

 すると、右手に持ったグラスを静かに台の上に置いたヴァルガが不適に笑い、薄ら寒い眼差しを向ける。


「お前が何の為にいるのか? 決まっているだろう? お前はただの飾りに過ぎん。

 英雄である貴様の名前があれば、兵は勝手に士気が上がる。英雄など所詮名前だけに過ぎんのだよ」


 変貌したヴァルガの態度に、冬華は握った拳を震わせる。

 所詮、この程度にしか思われていないのだと、分かっていた。分かっていた事だが言われて激しく思う。自分は所詮無力な存在なのだと――。



 場所は移り――ヴェルモット王国の王都。

 その外れにある改築途中の古びたギルド会館に、シオは一人で残っていた。舞い降りる雪が窓の縁に積もり、室内は聊か冷気が漂っていた。

 いつもはクマが薪を割り暖炉に火を灯しているが、そのクマが居らず暖炉には消し炭だけが残っていた。

 獣魔族であるシオにとって、この大陸の夜の寒さは耐えがたいモノがあり、寒さに両肩を震わせギルド会館内を歩き回っていた。補修したとは言え、木造の床の為シオが歩くたびに不気味な音を立て軋む。

 床を軋ませ歩き続けたシオはやがて外へと出た。珍しく街路に雪が積もっていた。積もっていたと言うより、地熱で僅かな熱を帯びていたはずの地面がスッカリ冷え切っていた。


「どうなってんだよ……地熱で少しでも暖まろうと思ったのに……」


 不機嫌そうに眉間にシワを寄せるシオは、冷え切った地面を右手で叩いていた。だが、寒さでかじかんだ手は叩くたびに痛み、シオは鼻を真っ赤にして手をすり合わせる。


「いってぇー……何なんだよ! クマの奴……薪割ってねぇーじゃんか……」


 手を擦り合わせるシオは、木材が置かれた裏手を覗き込みそう声をあげる。薪を割る為の大きな丸太にナタが突き立てられ、雪に晒されていた。そのナタへと手を伸ばしたシオは不意に動きを止める。

 金色の髪から覗く獣耳がピクッと動いた。僅かだが雪を踏み締める足音がその耳に届いたのだ。

 もちろん、シオもそれがただの足音だったならば動きを止める事も、気にする事もなかった。ただ、その足音の主が明らかに気配を絶って近付いた事にシオは疑念を抱いたのだ。

 だが、シオはその足音に気付いていないフリをし、静かにナタを掴む。

 そして、鯉口に刃が擦れる音が聞こえると同時に、振り向きナタを振り抜いた。

 縦に落ちる閃光が瞬き、澄んだ金属音がシオの耳に残る。弾ける様に両断されたナタの刃がシオの視界からゆっくりとフェードアウトしていく。と、同時に、自らに迫る青白い光を纏った刃が上から入ってきた。

 反射的に後方へと跳んだシオは、小柄な体をかがめ右手を地面へと着き滑る様に動きを止める。

 積雪に刻まれた二本の線。その先にシオの足があり、その裏には雪が小さな山を作っていた。

 ゆっくりと体を起こし、視線を上げるシオ。その視線の先に映るのは――。


「何のつもりだ? アオ!」


 ギルドの犬であり、青雷の異名を持つアオだった。

 雷撃が迸る刃は切っ先を地面スレスレで止めているはずなのに、地面を打ち砕いていた。それ程の破壊力を誇っていた。シオが投げ出したナタの柄は積もった雪の上に音も無く落ち、真っ二つにされた刃はギルド会館の壁に深く刺さる。

 アオがシオの問いに答える事無く、静かな時だけが過ぎた。寒さなど忘れ、鋭い真剣な眼差しを向けるシオは、白い息を口から吐き出し、拳を構える。


「答える気はねぇって事か……なら、力付くで聞くまでだ!」


 シオが地を蹴るとほぼ同時にアオの地を蹴った。動き出しのタイミングがほぼ重なり、驚きシオの反応が僅かに遅れる。いや、遅れたと言うよりも、アオの方がシオよりも動きが速かった。


(くっ! どう言う――ッ!)


 シオが考えるよりも先に、アオの右足が踏み込まれ左から右へと刃が振り抜かれる。

 表情を引きつらせるシオは反射的に身を屈め、刃をかわす。だが、その刹那、顔面へとアオの左膝が飛んだ。

 顔を大きくかち上げられたシオの鼻から血が噴出し、そのまま後方へと横転する。鼻血が飛び散り積雪を赤く染めた。

 左手で鼻を押さえ顔を上げたシオは、表情をしかめる。


(明らかに動きがはえぇ! 獣魔族のオイラよりも……)


 奥歯を噛み締めるシオは、口から大量の白い息を噴出す。体内に精神力を練り込み、体の温度を上昇させていた。寒さで鈍っていた筋力を震わせ、通常通り――いや、通常以上に動ける様に全身の筋肉を暖める。

 肩口から僅かに白い湯気が昇り、それは徐々に広がっていく。シオの体が温まり、外の空気との温度の差で生まれた現象だった。

 獣の様な瞳をアオへと向けるシオは、そこでようやくアオの瞳が赤い事に気付いた。


「お前……何者だ! アオじゃねぇな!」


 シオが怒鳴るがアオの返答は無い。だが、次の瞬間、アオの体が青白く発光する。それにより、アオの黒い短髪が一気に逆立ち、雷撃が迸る。


「……雷火」


 静かにそう口ずさんだアオの姿が一瞬にしてシオの視界から消えた。


「なっ!」


 驚愕するシオの左足が僅かに下がる。視野を広げようと行った野性的な行動。そして、それと同時に、自己防衛の為に両腕が体の前へと構えられた。

 一瞬で危険を察知する野性的な直感と、研ぎ澄ます聴覚でアオの姿を捜す。

 だが、シオがアオを探し出すより先に、その体へと突き刺さる鋭い一撃。鮮血が腹部から青白い輝きを放つ切っ先と共に噴出し、遅れてシオの口から血が僅かに吐き出された。

 激痛に噛み締めた歯が血で赤く染まり、体は自然と前方へと崩れ落ちる。両膝を地に落とし、続けて右手を地面へと着く。自分の血で赤く染まった雪の上へと着いた右手が僅かに震えていた。


「ぐっ……ぐふっ……」


 唾液と共に吐き出されるドロドロとした血が、糸を引き雪を赤く染める。腹部から突き出していた切っ先が静かにシオの体へと戻っていき、やがて背中から抜かれた。


「ど、どう……なって……」


 意識が揺らぐ。致命傷だった。それでも、シオは意識を保とうと、表情を歪めながら顔を上げ、ゆっくりと後ろへと視線を向ける。

 青白く発光するアオの姿がシオの目に確りと焼き付けられた。そして、そんなシオへと向かいアオは静かに剣を手にしたその腕を振り上げる。


(こ、ここで……死ぬ……のか……)


 シオの脳裏に過ぎる死と言う言葉。遅れて脳内に一瞬にしてフラッシュバックされていく自分が生きてきた一瞬一瞬の思い出。それが走馬灯なのだと思った瞬間、シオの意識は完全に途切れた。まるで死を受け入れたかのように――。

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