第131話 闇夜の戦い
激しい攻防は繰り返され、すでに辺りは闇に包まれていた。
流石にこの暗がりでは戦闘もひとまず静まり、静寂が辺りを包み込む。
シンシンと降り注ぐ雪が赤く染まった地面へと積もっていく。
静まり返ったその場所で、兵達は息を殺していた。
誰が敵で誰が味方なのか分からない状況では、至極当然の行動だった。
しかし、その兵達は次々と減っていた。なぜなら、敵には分かっているから。誰が敵で味方なのか。
それ故に、着実に兵は減っていたのだ。
闇の中に潜むジェスとアース。疲労の見えるアースは、肩で息をしていた。流石に一人で数十人の相手をするのは無理があった。
息を荒げるアースに対し、ジェスは静かに息を吐く。
「お前……任せておけって言っておいて、何て様だ?」
「し、し、しか、仕方な、ないですよ……。まさか……あ、あんな大勢とは……」
寒いはずなのに、アースの額からは汗があふれ出していた。
アースの言う通り、敵の数は予想外だった。いや、予想外と言うより、誰が想像出来ただろうか。自分の部隊の半数以上が敵だった。まるでどの兵士が敵なのか分かっていたかの様にジェスの部隊に割り振られていた。
その為、アースはその半数以上の兵と戦う羽目になったのだ。
最後の方がジェスも応戦し何とか切り抜けた。だが、ジェスの部隊はほぼ壊滅。生き残ったのは恐らくジェスとアースだけだろう。
呼吸を整えるアースに対し、ジェスは神経を研ぎ澄まし辺りを見回していた。何かに見張られている様な感じがして落ち着かなかった。
眉間にシワを寄せるジェスが辺りを見回していると、アースが不思議そうな表情で尋ねる。
「どうか……したんですか?」
「いや……誰かに見張られている感覚が……」
「誰か? 珍しいですね。マスターが誰か分からないなんて」
アースが苦笑すると、ジェスはジト目を向ける。
「何だ? それは、俺に無能だって言いたいのか?」
「いえ。感知能力が高いマスターが分からないなんて、凄い相手ですね。そう思っただけです」
アースが正直にそう言う。
ジェスと一緒に居てアースが気付いた事は、ジェスの感知能力の高さだった。まるで全てを把握しているかの様にジェスは辺りの者達の気配を感知していた。
その感知能力は恐ろしく正確なモノで、群を抜いているモノだとアースは思っている。
そんなジェスの感知能力でも探れない程の人物に、アースは聊か興味があった。一体、どんな人物なのか、どれ程強いのか、と。
ようやく、呼吸も整い汗も引き始めたアースは、ふっと息を吐きコートを羽織る。流石に寒さが身に凍み始めていた。
「それで、どうするんですか?」
アースが声を潜め問い掛ける。すると、ジェスは鼻から息を吐くと、目を細め答える。
「どうもしねぇーよ。誰か分からないし、手を出してくるなら撃退するが、今の所敵意も感じないしな」
「えっ? 本当に、何もしないんですか?」
「ああ。それに、今は休め。また朝になったら激戦になるぞ」
ジェスがそう言い不適に笑う。その表情にアースは呆れた様に息を吐いた。
「何を考えてるのかは分かりませんが、くれぐれも無理はしないでください」
「ああ。分かってる。まぁ、心配するな。すぐに終わる」
ジェスがそう言うと茂みから静かに飛び出した。その行動にアースはもう一度ため息を吐く。
「何が何もしないだよ……」
そう呟き、アースは瞼を閉じた。疲労からなのか、寒さからなのか、アースはすぐに深い眠りへと誘われた。
茂みから静かに飛び出したジェスは、積雪を踏み締めギュッギュッと足音を響かせる。
その足音に闇に輝く赤い瞳が静かにジェスへと向けられた。姿はハッキリ見えないが、その赤い瞳にジェスは鋭い眼差しを向ける。
「お前か? この現象を引き起こした張本人は?」
「…………」
ジェスの声に返答は無く、闇に薄らと不気味な口が裂ける。
その瞬間にジェスは理解する。コイツもまたあの兵士達と同じだと。
「チッ……お前もはずれか……首謀者が近くにいると踏んでいたんだが……」
腰に手を当て、ジェスは辺りを見回す。新月の為、辺りは闇だった。その為、見回した所で何かが目に入ると言う事はなく、ジェスは深いため息を吐いた。
そして、静かに腰の剣を抜くと、切っ先をその赤い瞳へと向ける。
「じゃあ、まぁ、さっさと終わらせるか」
そう告げると同時に、その赤い瞳の魔族が駆け出す。それにあわせる様にジェスは剣を一振り。閃光が闇に閃き、やがてその体は崩れ落ちる。
崩れ落ちたのはこの大陸では珍しい獣魔族の男だった。体を斬りつけ、致命傷を与えたにも関わらず、未だ動こうとするその獣魔族の男に対し、ジェスは止めの一撃に剣を体へと突き立てた。
動きが徐々に鈍くなり、やがて完全に停止。絶命したのを確認し、ジェスは剣を抜き息を吐いた。
「確かに近くに気配を感じたんだが……どうやら、違う所に行ったか……」
刃の血を拭い剣を鞘へと納めたジェスは、渋い表情を浮かべ空を見上げた。闇に包まれた夜空が一層不気味にジェスの目には映った。
場所は変り――前衛第一部隊を率いるウィルヴィス。
彼は、闇の中に一人佇んでいた。メガネを右手であげると、ジト目で周囲を見回す。
彼もまたあらぬ気配を感じていた。その為、他の兵を巻き込まない為に一人でこの場に佇んでいるのだ。
だが、気配は一つだけでは無くさまざまな場所から少しずつ漂っていた。
「何やら、手の平で踊らされている感が否めませんね……」
静かにそう呟いたウィルヴィスは二本の剣を抜くと、ゆっくりとそれを構えた。
「さて、かくれんぼも終わりにしましょうか?」
ウィルヴィスがそう告げると、闇に赤い瞳が無数浮かび上がる。
完全に囲まれているがウィルヴィスは気にした様子は無く、穏やかな笑みを浮かべていた。そして、静かに羽織っていた白銀のコートを脱ぎ捨てる。
「準備運動位にはなるでしょう。では、始めましょうか?」
ウィルヴィスがそう告げると同時に、闇から無数の魔族が飛び出す。獣魔族から龍魔族、おまけに魔人族が後方では魔力を練っていた。
全ての魔族の動きを一瞬の後に確認したウィルヴィスは、静かに跳躍する。そして、右手に持った剣を地面へと向けて投げつける。
「雷滞放電!」
投げつけた剣が雷撃を纏い、地面へと突き刺さると同時にその雷撃を周囲へと広げる。青白い光が地面を駆け巡り、地上にいる魔族の体を雷撃が突き抜けた。
跳躍したウィルヴィスは着地すると同時に地面に突き刺さった剣を抜き、走り出す。その際、雷撃を受け一瞬動きの止まった魔族を一人一人切り捨て、目的の存在である魔人族へと迫る。
流石に魔人族の魔術による攻撃を受けるのは危険だと、判断したのだ。
「閃光!」
ウィルヴィスが両手に持った剣へと精神力を練りこむと、その刃が不気味に発光する。そして、踏み込むと同時にウィルヴィスは両手の剣を振り抜く。
その瞬間閃光が閃き、次の瞬間魔力を練っていた魔人族の男の体が上下へと真っ二つに裂ける。だが、血は出ず、地面に上半身と下半身だけがゴロリと転がる。
やはりおかしいとウィルヴィスは表情をしかめ、静かに振り返った。
「ふむっ……血が出ない? 生きていない? いや、でも……動いているって事は生きてるって事だよな?」
複雑そうに魔族達の姿を見据えるウィルヴィスは不意に思い出す。
「まさか……あの魔女? いや……でも、彼女はすでに隠居しているし、こんな事をするメリットなんて……」
深く考え込むウィルヴィスだが、次々と襲い掛かる魔族は問答無用で切り捨てていた。まるで大人と子供の様に圧倒するウィルヴィス。数分後にはそこには魔族の体が山のように転がっていた。




