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ゲート ~白き英雄~  作者: 閃天
フィンク大陸編
130/300

第130話 違和感

 いつしか、そこは戦場と化していた。

 隊列は当然の様に崩れ去り、同じヴェルモット王国の兵士同士、徴兵で集まった者同士が、争いあう。迸る鮮血で積雪は溶け、広がった血を薄めていく。

 誰が敵で、誰が味方かも分からないその状況に、冬華はだた呆然と立ち尽くしていた。

 ついさっきまで、一緒に戦おうと歓声を上げていた者達が、一瞬に崩れ去った瞬間を垣間見た。これも、あの魔術師の仕業なのかと、冬華は拳を握る。

 小刻みに震える肩。こんな状況になるまで、気付けなかった事が悔しく、また多くの者達が自分の目の前で命を落としていくのを見るが辛かった。

 そう。それはまるで、お前には何も出来ない。お前には誰も救えない。そう見せ付けられている様だった。

 奥歯を噛み締める冬華は、白馬から飛び降りると、その手に槍を構築した。と、同時に、その背に向かって、ヴェルモット王国国王のヴァルガが静かに口を開く。


「何処へ行くつもりです。英雄、冬華殿」


 静かなその声は何処か威圧的で、冬華の足はピタリと止まる。喉元に鋭い刃を押し付けられている。そんな感覚に陥っていた。

 額から一筋の汗を零す冬華は、息を呑みゆっくりと振り向く。そこに映るのは明らかに冬華を威圧するヴァルガの姿だった。


「あなたは、我らの総大将。勝手なマネをされては困る」

「でも、皆戦ってるのに、私だけこんな所で――」

「良いんですよ。あなたは、何もしなくても。それに、まだ戦争は始まっていない。こんな所であなたを失うわけにはいかないんですよ」


 ヴァルガの瞳が淡い赤紫色に輝く。

 不気味なその瞳の色に冬華は僅かに寒気を感じる。何がそうさせるのかは分からない。だが、そこから動いてはいけないと直感していた。



 後方防衛第二部隊のクリスは、苦戦を強いられていた。

 やはり、武器を入手できなかったのは痛手で、殆ど攻撃する術を失っていた。

 飛び交う魔術による攻撃に、次々と兵は倒れていく。よほどの精神力の持ち主なのか、その攻防は、数百居る魔導部隊の魔術による攻撃を打ち消し、確実に兵を減らしていた。

 爆音が轟き、地面は抉れ、兵は宙へと弾かれる。正直、どの部隊の中でも、クリスが率いる防衛第二部隊が最も被害が甚大だった。


「くっ! ひるむな! 敵を捕捉し、確実にしとめろ!」


 クリスが声をあげる。だが、その声すら周囲の兵には届かない。それ程激しく相手の攻撃が続いていた。

 そもそも、クリスは本来隊を率いて戦う事を苦手としていた。イリーナ王国では、副隊長で、基本的に単独で切り込み道を切り開いていくと、言う戦闘スタイルをとっていた。その為、この様に周りを見据え、兵の状況を見て、指示を出しながら戦うと言う事は経験した事がなかった。

 また一人、また一人と、的確に兵達の命がついばまれて行く。まるで、何処に誰が居るのかを把握している様に。

 そんな事もあり、クリスは全神経を研ぎ澄まし、辺りを警戒していた。そして、現在、クリスの神経は今まで一番研ぎ澄まされていた。

 経験した事のない不慣れな戦闘スタイル、自分が得意とする武器の破損、守らなければならない存在。その全てがクリスの力を極限まで引き上げたのだ。

 徐々に研ぎ澄まされていくその感覚に、クリス自身も気付いていた。その為、静かに瞼を閉じ、まず聴覚で周囲の音を聞き分ける。それから、ゆっくりと瞼を開き、今度は視覚で辺りを見回す。

 さっきまでと同じ光景を目にしているはずなのに、今回はハッキリと見える。何処から攻撃されていて、何処に兵が存在するのか。

 薄らと開かれた唇から僅かに息が吐き出される。爆風が穏やかにクリスの頬を撫で、白銀の髪を揺らす。静かに右足が踏み出され、続いて左足。ゆっくりと静かに足が進む。

 遅れて、先ほどまでクリスが立っていた場所から地面を砕き水柱が登った。飛び散った砕石が地面へと落下し、轟々しい音をたてるが、クリスは至って静かだった。何も聞こえない程、一つの音に耳を澄ませていた。

 そして、視界も徐々に映る兵士の姿が消えていく。それは、クリスが意識的に行った事だった。音を奏でるその者を見つけ出す為に。

 やがて、クリスの足が止まり、全てが戻る。視界も――音も――。

 そんなクリスの目の前に立つ魔導騎士の格好をした男。その男は不適な笑みを浮かべ、右手をかざす。その行動で、クリスは確信する。この魔術による攻撃はこの男によるものだと。

 そして、一気に駆ける。だが、男も瞬時にかざした右手に精神力を集め、魔力へと変換し、雷撃を迸らせる。


「ライトニング!」


 男が叫ぶと同時に、クリスはその手に折れた剣を転送する。


「イケェェェェッ!」


 左足を踏み出し、大きく振りかぶった右腕を振り抜く。折れた剣が刃を男へと向けて真っ直ぐに飛ぶ。そして、避雷針となり放たれた雷撃を受け止めた。

 激しく迸り、大きく弾かれた剣は空高く舞い上がる。だが、完全に男の放った雷撃は防がれ、クリスはその隙に男の間合いへと入り込んだ。


「これで、終わりだ!」


 左足を踏み込み、今度はその手に大刀を転送する。大きく重量のあるその大刀にクリスの腰が僅かに落ちた。それでも、勢いが止まる事は無く、刃が大気を裂き振り抜かれた。

 悲鳴が上がる事は無く、鮮血が迸る事もない。ただ、男の上半身と下半身が真っ二つに別れ、クリスの振り抜いた大剣が右から左へと移動しただけ。

 一歩、二歩と、後退した下半身はやがてゆっくりと後方へと倒れ、切断された上半身はドサッと音を立てクリスの後方数メートル先に落ちた。

 重く鈍い物音に、フッと息を吐き出したクリスは静かに振り返る。そして、訝しげな眼差しを向け、呟く。


「血が出てない……」


 やはり、転がる上半身からも血は一滴も流れておらず、クリスは嫌な胸騒ぎを覚える。この光景を以前も見た記憶がある。あの時は、自分自身の――。



 ゆっくりと歩みを進めるケリオスは、静かに足を止める。

 穏やかな笑みが消え、純白のコートの裾が僅かに揺らめく。右手に持った銃が静かに下され、冷めたその眼差しがゆっくりと瞳を動かした。

 微動だにしない兵の中に僅かに感じる違和感。その違和感に、ケリオスはその身にまとう自らの空気を出来うるだけ薄め、その姿をその場にいた全ての兵の視界から消した。

 これが、ケリオスが“静かなる殺人鬼”と呼ばれる理由の一つだった。

 姿を消したケリオスが、再び姿を見せたのは、そこから数十メートル離れた魔導部隊の隊列の中だった。


「キミ、誰だい?」


 静かな口調でそう告げたケリオスは、一人の魔導士の額へと銃口を当てる。その言葉に魔導士が不適な笑みを浮かべると、同時にケリオスは引き金を引いた。

 甲高い銃声が轟き、魔導士の額を弾丸が撃ち抜く。しかし、鮮血は飛び散らず、男の体だけが後方へと倒れた。

 しかし、違和感が拭えず、険しい表情を浮かべるケリオスは漆黒の手甲をした左手で頭を掻き、辺りを見回す。


「うーん……どうやら、この辺一帯が……って事かな?」


 ケリオスがそう呟くと同時に、周囲で隊列を守っていた魔導士達が一斉に動き出す。すると、ケリオスは不適な笑みを浮かべ、「そう……」と呟いた。

 精神力を魔力へと変換し、周囲一帯で多くの魔力が迸る。その光景に、ケリオスは銃弾を銃へと込めなおし、静かに顔を上げた。

 穏やかで余裕の窺えるケリオスは、銃を頭上へと向ける。


「じゃあ、手始めに……」


 引き金を引くと、銃声が轟く。弾丸は空へと消え、同時にケリオスの気配は完全に消えた。その場の皆が目を疑う。

 その中で、突如銃声が数発轟き、一発、また一発と魔力を込めた魔導士達の額を撃ち抜いた。銃声が鳴り響くのは間違いなく先程までケリオスが立っていた位置。だが、その姿は全く視界に入る事がなかった。

 何が起こっているのか分からぬまま、次々と倒れていく魔導士達。そして、最後の一人が倒れた時、ようやくケリオスが足元からゆっくりと姿を見せる。


「これであらかた片付きましたね。まさか、魔導部隊全体が偽者とは……敵は相当の者みたいですね……」


 眉間にシワを寄せたケリオスは、髪を左手で掻き揚げると静かに歩き出す。散らばった数百と言う遺体を放置したまま。

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