第128話 軍隊
アレから三日過ぎた。
冬華達は出撃の隊列を組んでいた。
ヴェルモット王国、総大将冬華を後方に控えさせ、突撃部隊十万の兵が前方へと陣を組む。
兵を一万の部隊にわけ、十組の部隊へと割り振られたその突撃部隊の一つ、第二部隊の総大将をジェスが務めていた。
冬華の強い推薦でジェスが部隊を率いる事になったのだ。アースはジェスの部隊の一員として組み込まれていた。
そして、突撃部隊の第一部隊を率いるのは白銀の騎士団“龍殺し”の異名を持つウィルヴィス。メガネを掛けた小柄な優男で、とても強そうには見えない。だが、その身にまとう雰囲気だけは異様で、明らかに周囲の者達とは一線を引いていた。
美しく輝く白銀の胸当てをし、白銀のコートを身に纏ったウィルヴィスは、黒馬に跨り出陣の合図を待っていた。
「アレが……龍殺しのウィルヴィスか……」
第一部隊の隣りに陣取る第二部隊、隊長を務める事になったジェスは腕を組み静かに呟いた。誰に言うわけでも無く、そう呟いたジェスに対し、その後ろに隊列を組む兵達の視線も自然とウィルヴィスへと向けられる。
やはり、最強と謳われる白銀の騎士団の異名持ちと言う事だけあり、兵達は緊張していた。強い強いとは言われているが、実際その強さを目の当たりにした事などない、と言うのが現実だ。その為、皆、囁かれる噂が本当なのか、と疑っているのだ。
もちろん、ジェスも同じだった。
このウィルヴィスと言う青年は、現在二十代前半と言う年齢にして、すでに龍魔族を一〇〇人以上殺してきている。それ故に、付いた異名が“龍殺し”だった。
ウィルヴィスの強さの秘密は、彼の使う双剣にあり、アレは龍の血を練りこみ、刃は龍の鱗で作られている。その為、龍魔族の体を守る堅い鱗すらも容易く切り裂く事が出来るのだ。
「あの双剣が龍殺し……ドラゴンスレイヤーって呼ばれてるらしいな」
ジェスがそう呟き、視線を右やや後ろへと向ける。
すると、そこに戦争に行くには軽装な装備のアースが佇んでいた。特に興味などないと言わんばかりに、「そうですね」とため息混じりに答えた。
「お前、興味なさそうだな」
「えぇ……。あまりの格の違いに、自分ではよく理解出来ませんから」
肩を竦めそう答えたアースに、ジェスも苦笑する。
「そうだな。俺も少々アイツらの強さは測りかねるな。格が違いすぎる」
真剣なジェスの表情に、それが冗談抜きの本音だと気付き、アースは押し黙った。
そして、黒馬に乗ったウィルヴィスを見据え、眉間へとシワを寄せた。
後方に控える十万の護衛部隊。その部隊の一つをクリスが任されていた。
これもまた冬華の願いにより実現した事だった。
一応、クリスにも紅蓮の剣と言う異名があった為、国王ヴァルガはその申し出を快諾した。
能力的にも実績的にも何の問題も無く、護衛部隊の第二部隊隊長へと抜擢されたクリス。他の者達の異論も無く、その座に着いたクリスだが、視線は隣りの部隊へと向けられる。
当然の様に護衛部隊の第一部隊を率いる白銀の騎士団の一人、ケリオス。白銀の騎士団の正装である白銀の胸当てに白銀のコートを着たケリオスは、爽やかに黒髪を揺らし、童顔の顔に笑みを浮かべていた。
ケリオスもウィルヴィスと同じく全く強そうに見えない。いや、ケリオスの場合はその存在の薄さからウィルヴィスよりも一層弱く見えた。
栗毛色の馬に跨ったケリオスは、ボンヤリと空を見上げる。その姿は何処にでもいる普通の少年の様にしか見えなかった。
「アレで、白銀の騎士団で一・二を争う奴なのか……」
クリスが怪訝そうな眼差しを向けたまま呟く。その言葉に、後方に控える兵達も同意する様に小さく頷いた。皆、クリスと同じ事を思っていたのだ。
すると、この場には明らかに場違いな風貌の着ぐるみ、クマが丸い手を振り回し返答する。
「クマには分かります! あの人、相当のてだれですよ!」
幼い子供の様な声でそう言うクマに、クリスは苦笑する。
シオとアオの二人がこの戦争には参加できない為、苦肉の策としてクマがクリスの部隊の一員として参加する事になったのだ。
流石にクマの着ぐるみと言うのは目立ち、他の兵からは冷ややかな視線が浴びせられる。
だが、当のクマは全く気にした様子も無く、クルクルと回りポーズを決めていた。
「しかし……シオはともかくとして、アイツ……自分は戦争に参加しないとは……」
クリスが眉間にシワを寄せ深く息を吐くと、クマが穏やかに笑いながら告げる。
「仕方ないですよ。アオさんにはやる事があるんですから」
「分かってる。だが、納得出来んだろ」
クリスが息を吐き肩を落とした。
獣魔族のシオは元々この戦争には参加させられず、元ギルド会館に残る事になっていた。そして、戦争に参加する事を促した、当の本人であるアオは、この戦争の最中に調べる事がある為、戦争には参加せず単独行動を取る事になったのだ。
「全く……第一、これじゃあ、冬華は――」
「完全に孤立ですねー。それに、完璧に利用されちゃってますよ」
クマがそう告げるのと同時に、ヴェルモット王国、国王ヴァルガの演説が始まった。
「我々はいよいよ、長きに渡るこの争いを終結させる。その為に、今作戦の我らが軍の陣頭指揮を取るのは、あの十五年前に現れた英雄と同じく、異世界から召喚された新たなる英雄! 冬華だ!」
雄々しく辺り一帯へと広がるヴァルガの声に、兵達は一斉に歓声を上げる。
ヴェルモット王国の兵装した兵に混じり、様々な服装の徴兵によって集められて者達までもが、拳を振り上げ大声を上げる。
まるで地響きの様に広がるその歓声に、ヴァルガの隣りに佇む冬華は、息を呑んだ。
圧倒的な迫力に呑み込まれ、頭の中は真っ白になっていた。今、自分がどうしてここになっているのかすら、分からなくなる程、冬華は困惑していた。
その後、ヴァルガが盛大な演説をしてみせたが、冬華の耳には全く入ってこず、気付いた時には、ヴァルガに名前を呼ばれていた。
我に返った冬華は、ヴァルガに導かれ、兵達の前へと出された。
皆の視線が集まり、冬華は辺りを見回す。この場に居る殆ど――いや、大多数が見た事のない全く知らない者達。そんな者達が“英雄”と言う名だけの冬華に、全てをゆだねている。そう考えると怖くなった。
ここに居る全ての人の命が、冬華のその背中に圧し掛かる。その重圧に押し潰されてしまいそうになりながらも、冬華は一歩踏み出す。
「わ、わ、私は!」
思わず声が裏返る。だが、そんな声にも係わらず、兵達は笑う事無く静寂だけが場を包み込む。
息を呑んだ冬華は、皆の覚悟が分かった。どれ程、この戦争に想いを込めているのかと言う事も。
深く息を吐き出した冬華は、心を落ち着ける。そして、瞼を一旦閉じ、ゆっくりと開いた。
「わ、私は……正直、何の役にもたたない、名前だけの英雄です。だから……その……」
何を言って良いのか変らず口ごもる。だが、次の瞬間、歓声が上がる。
「うおおおおっ!」
「英雄が居れば、勝利は間違いねぇ!」
「俺達は勝つぞ!」
口々に飛び出す声に、冬華は目を見開く。そんな冬華の肩にポンとヴァルガは手を置き、冬華はヴァルガへと振り返る。
ニコリと微笑したヴァルガは小さく頷き、冬華は肩の力を抜くと、そのまま後ろへと下がった。結局、何も言えず、何も伝えられなかった。
だが、この時、冬華は僅かに疑念を抱いていた。この戦争に大儀はあるのか、本当にこれで良いのかと。魔族が全面的に悪いと決め付けて、武力で押さえ込んで本当の平和と言えるのかと。
様々な感情が入り混じり、冬華は小さく頭を振る。今はそんな事を考えず、目の前の事に集中するべきだと思ったのだ。
その為、冬華は気合を入れる様に両拳を胸の前で握り締め、小さく体を上下にへと揺らした。