第126話 不安と拘り
寂れたギルド会館。
そこにアオは居た。国王に呼び出された冬華と、潜入したライを見送り、すぐにここに戻ってきた。
だが、アオはギルド会館に戻ってくると、驚愕する。
腐り穴が開いていた床はいつの間にか修復され、クモの巣が張っていた天井、コケが生えていた壁、くぐもっていた窓ガラスさえも、綺麗なモノへと変っていた。
戻ってすぐ自分の記憶を疑い、道を間違ったかと二度程広場まで戻ったが、結局どう記憶を辿っても、この場所へと辿り着いた。その事から、この変わり果てたギルド会館が自分達が作戦本部にしている場所なのだと理解する。
やや困惑気味のアオは、綺麗に修繕された廊下を歩む。そして、ピカピカに磨き上げられた窓ガラスの向こうへと目を向ける。
街の外れにあるだけあって、外には雪が積もっているのが見える。街の中心部よりも地熱の効果が薄いのだ。そんな雪を眺め、やがて深刻そうな表情で足を止める。
(本当に……彼女に任せて大丈夫だろうか?)
そんな事を不意に思う。
本来、自分達ギルド連盟が行う仕事。それを、冬華に任せてよかったのだろうかと。
別に冬華の事を信じていないわけじゃない。これが、とても危険な事だったから、そう思ったのだ。彼女の苦しむ様を思い出し、またあんな苦しみを自分は彼女に与えてしまうかもしれない。そう考えると、心が激しく痛んだ。
奥歯を噛み締め、拳をギュッと握るアオは瞬間的に顔をあげ、振り返る。床が僅かに軋む音が聞こえたのだ。
振り返ると、そこに大柄な影が浮かぶ。逆光で姿がはっきりとは見えなかったが、そのシルエットでアオはそれが誰なのか瞬時に分かった。
「く、クマか……な、何してるんだ?」
そこに立っていたのは、クマだった。二メートルは超えるクマは頭にハチマキを巻き、肩に角材を担いでいた。
その様子でこのギルド会館を直したのがクマなのだと理解したアオは、ジト目を向けせせら笑う。
「何で角材なんてもってるんだ?」
「クマ、今、修繕活動中です!」
「そ、そうか……で、何で角材?」
「柱を修繕するんです!」
クマはそう告げると軽い足取りでピカピカの廊下を歩み消えていく。その背中を見据えるアオは呆れた様にため息を吐いた。
もう二度とギルドとして使われる事の無いこの場所を修繕する意味など無いが、頑張っているクマにそう言うのは野暮だと、アオは何も言わなかった。
廊下を軋ませ応接室へと向かったアオは、ふっと静かにため息を吐いた。
ボロボロの武器を買い換える為に今日も街を散策するクリス。
ただ、前回と違うのは、同行者がアースだと言う事だった。
相変わらず物々しい空気は変らず、物騒な輩が多く居た。その為、今回は色々と顔を知られているジェスでは無く、アースが同行者となったのだ。
それと、アースも剣を数本補充しておきたいと言う理由があった。
武器屋は疎らに存在を確認出来る。だが、クリスが求めるのは普通の武器では無い為、そこらにある様な武器屋には殆ど足を踏み入れていなかった。
クリスの斜め後ろを歩むアースは、特に剣にこだわりがあるわけでも無く、片手剣で軽く丈夫なモノであれば何でも良かった。その為、クリスが武器屋を幾つも素通りするが、文句一つ言わずただ後へと続いていた。
静かに歩む二人だったが、やがてクリスが口を開く。
「何故、付いて来る?」
「ジェスさんに一人にするなと言われてます」
「私は子供じゃない。一人で買い物くらい出来る」
不満そうなクリスにアースは気にした様子も無く、静かに足を進める。
二人の距離は一定で、常に二メートル程間を空けていた。その所為もあり、クリスはどうも見張られている感じがして嫌だった。
「とりあえず、後ろを付回すな。気になる」
「では、どうしろと?」
「隣りを歩け」
「あなたがそれを望むなら……」
アースは小さく頭を下げ、ゆっくりとクリスとの距離を縮め、隣りへと並んだ。
二人で並んで暫く歩く。そんな折、アースは不意に口を開いた。
「クリスさん。一ついいですか?」
丁寧な口調のアースに、クリスは訝しげな表情を浮かべた。
「何だ? 金ならないぞ?」
「えっ? いや……そうじゃないですけど……お金も無いのに、剣を買う気なんですか?」
「んっ? 聞きたい事はそれか? 別に、お金を払わないわけじゃない。少々入金は待ってもらうだけだ」
クリスは腕を組み小さく頷く。一応、お金の蓄えはある。だが、今すぐに用意する事はできないのだ。
質問に答えたクリスに対し、苦笑するアースは右手で頭を掻くと首を傾げる。
「いえ……聞きたい事はそうじゃなく……」
「何だ? 一つじゃなかったのか?」
非常に迷惑そうな眼差しをアースへと向けるクリスは、深く吐息を漏らした。
そんなクリスにアースは苦笑し、目を細めた。
「じゃ、じゃあ、もう一つだけ……」
「何だ?」
「何故、そんなに火属性の武器にこだわるんですか?」
アースがそう尋ねる。すると、クリスは目を細め眉間にシワを寄せた。
「そうだな。元々、私の習った流派が火属性専門だからだな。それに、私の適合属性も火だから」
「そ、そうですか……。でも、必ずしも適合属性を使う必要はないのでは?
別の属性の武器を使えば、それだけ攻撃のバリエーションも増えますし、何より転送が使えるなら、属性の違う多くの武器を所有している方がいいでしょうし」
真剣な顔で、尤もな事を語るアースに、クリスは「そうだな」と静かに呟く。
しかし、その表情は儚く、悲しげなその瞳は瞼の奥へとすぐに消えた。その為、アースはそんな事に気付く事はなかった。
不思議そうなアースへと、クリスは口元に薄らと笑みを浮かべ呟く。
「まぁ、私のポリシーだな。火の属性だけで戦う。そう決めたんだ」
意味深にそう告げたクリスに、アースは小さく小首を傾げた。
確かに火の属性はバランスが良く、扱いやすい属性だ。使用者の精神力や魔力の強さがその威力の強さへとつながり、その差が一目で分かるのも特徴の一つだった。
それ故に、適合属性が火である者は、基本的に武器は別の属性のモノを使う者が多い。もちろん、番犬と呼ばれるケルベロスの様に特別な炎を用い、膨大な魔力を有すれば別だ。
「ま、まぁ、ポリシーと言うなら別に構わないのですが……その戦闘スタイルではすでに限界が見えてるんじゃないですか?」
これが、本来アースが聞きたかった――いや、言いたかった一言だった。
その言葉に一瞬だがクリスの動きが止まった。そして、その表情は明らかに曇る。
クリスが動きを止めた事により、アースも足を止め振り向く。その瞬間、その場の空気が張り詰めている事にアースは気付いた。言ってはいけない一言を口にしてしまったのだと、理解する。だが、すでに遅い。殺気の込められたクリスの眼差しはアースへと向けられ、体から発せられる熱が冷たい空気とふれあい白い蒸気となっていた。
思わず一歩後退りするアースに、クリスは腹の底から響きような声で告げる。
「だからなんだ? お前に関係あるのか? 余計なお世話だ」
静かにそう告げたクリスは、すぐに歩みを進める。答える事も出来ず、呆然と立ち尽くすアースは、ただ見据える事しか出来なかった。
それだけ、クリスの放つ威圧感は恐ろしいモノがあったのだ。
そんなクリスの背を見据え、アースは思う。
(あなたは、一体、何を隠しているんですか……)
驚きと戸惑いを隠せないアースは、「くっ」と声を漏らし、静かにクリスの後を追った。