第125話 条件と謁見
数日が過ぎ、冬華は一人王都の中心であるグリード城前の広場に佇んでいた。
冬華達はこの戦争に参加する事にした。
理由は簡単だった。それは、あのローブの男達が絡んでいると言う事を知ったからだ。
魔術師に、ズレる弾丸を撃つ狙撃手、侍。この三人の誰かがまたこの戦争を引き起こしていると言う考えに至った。
戦争に参加するに当たり、アオは幾つかの条件を出した。
一つ目は、冬華をリーダーとしたパーティーでの参加。
英雄として名が知れ渡りつつある冬華の名声を上げる為と、言うのが理由の一つだった。
そして、もう一つ目の理由は、英雄である彼女が参加する事により、他の参加者に疑いを持たせない様にする事だ。
すでにこの街に連盟の犬であるアオが何かの調査で来ている事は知れ渡っている。故に、この戦争の事を調べているのだと言う事を、徴兵で集められた者達に知られない様にする事が必要不可欠だった。
理由はどうあれ、戦争について連盟が調べているとなれば、逃げ出す者が出るかも知れない。ただでさえ龍魔族は強敵。そんなのを相手に数が減れば、冬華達の危険が増すのは目に見えていた。
そうならない為にも徴兵で集まった者達に疑念を抱かせるのは避けたかった。
そして、もう一つ最大の理由は王国側の視線を冬華に向けさせると事だった。すでに白銀の騎士団の一人ケリオスが冬華とアオが親しげに話している所を目撃している。その為、英雄冬華は連盟と通じる者だと認識をヴェルモット王国は持っているはずだと、アオは考えた。
その読みどおり、王国側は冬華を警戒し、現在に至る。これは、白銀の騎士団による呼び出しだった。
「さぁて、ここからどうするか」
広場に佇む冬華を、離れた位置で見守るアオがそう呟いた。
「でも、これで、もう一つの条件に辿り着けそうだな」
頭を掻くアオに対し、双眼鏡で周囲を見回すライが静かにそう告げる。
その言葉に対しアオは渋い表情で頷く。
「まぁ、ここまでは想定内だ。問題はここからだ」
「リーダーとヴェルモット王国国王ヴァルガの頭脳戦だな」
ニシシとライが笑うと、アオは苦笑する。
と、その時、城門が静かに開かれ、一人の少年が姿を見せる。白い軍服を身に纏ったケリオスだった。左腕には特殊な漆黒の手甲をし、童顔の顔には満面の笑みを浮かべていた。
彼の登場にアオの表情は僅かに歪む。
「やっぱり、アイツが出てきたか」
「とりあえず、白銀の騎士団って言えば、ケリオスだからな。王の側近をしてても不思議じゃないだろ?」
「まぁな」
アオが小さく頷くと、ライは双眼鏡を渡した。
「んっ? そろそろ行くのか?」
「ああ。行って来るよ」
真剣な表情でライは答え、屈伸運動をする。これから、ライは城へと侵入しなければならない。本来ならば獣魔族であるシオに頼みたい所だったが、左膝の負傷の事もあり仕方なくライが侵入する事になったのだ。
そして、冬華が呼び出しに応じたのは、この侵入を手助けする為のモノでもあった。
「お初にお目にかかります。英雄、冬華殿」
冬華に対し、爽やかに黒髪を揺らし、ケリオスは頭を下げた。
とても優しそうな笑みを浮かべるケリオスに、冬華も笑顔で答える。
「初めまして。えっと……」
「私はケリオス。白銀の騎士団所属の騎士です」
微笑しそう告げると、ケリオスは右手を差し出した。
ケリオスの態度に戸惑いを見せる冬華は、困り顔で苦笑しその手を取った。
「え、えっと……」
「では、王の下へと案内いたしますよ。何やら、怪しい方々もうろついている様ですし」
ケリオスはそう言い、ちらりとアオの居る方へと視線を向けた。
「クッ!」
思わず身を隠すアオとライは、額に脂汗を掻いていた。
息を殺すアオに対し、ライは表情を引きつらせる。
「お、おい……リーダー……」
「な、何だ?」
「明らかにバレてるけど……侵入させる気か?」
ジト目を向けるライに、アオは右手で額の汗を拭う。
「ま、まぁ、冬華の事も心配だし、お前ならなんと無かるさ!」
「他人事だな! 言っとくけど、俺も結構な重傷者なんだぞ!」
「まぁまぁ、超一流のハンターだろ?」
「元、だけどな!」
怒った様子でそう答えたライは額に青筋を浮かべる。
元々、アオとパーティーを組む前は一匹狼のハンターをやっていたライは、気配を消すと瞬時に駆け出す。身を屈め、物陰に潜みながら。
そんなライから注意を外す為に、アオはワザとケリオスの視線に入る様に姿を見せた。
「さてさて、どう出る。静かなる殺人鬼……」
口元へと薄らと笑みを浮かべたアオと、ケリオスの眼差しが交錯する。しかし、ケリオスは気にした様子は無く、冬華をエスコートし、城内へと消えていく。
城門が重々しい音をたて閉じられていく。その僅かな合間をぬい、ライが門の向こうへと飛び込んだ。ライが門を潜ると同時に完全に塞がり、広場には静けさだけが残された。
腰に手を当てるアオは鼻から息を吐き出した。
グリード城内。
赤絨毯の敷かれた廊下をケリオスに先導され歩む冬華はマジマジと廊下を見回していた。イリーナ城とは造りが異なり、妙に豪勢に映る。
廊下の所々に高級そうな壷やら骨董品やらが並び、お金持ちと言う印象が漂っていた。
人が横並びに十人並んでも悠然と歩けるほど広々としていた。
(無駄に広いなぁ……何だか落ち着かないよ……)
そんな事を思った冬華は改めて自分が貧乏性なんだろうと思った。
静まり返った廊下に響く二つの足音。
何かを言うわけでも無く、ケリオスはただ足を進める。この沈黙が冬華は怖かった。その為、足取りは自然と重く、徐々にケリオスとの距離が離れる。
「遅れているみたいですが、お疲れですか?」
不意にケリオスがそう声を掛ける。
突然の事だった為、慌てる冬華はシドロモドロに
「だ、だ、だいじょ、だいじょぶです!」
と、答えた。
冬華の答えにケリオスはクスクスと笑う。
恥ずかしさに赤面する冬華は、俯きうぅーっと呻き声を発した。
それから程なくして、冬華は謁見の間へと案内された。廊下よりも更に広々とした円柱型の柱が何本も立つその部屋に神々しく置かれる玉座。
それを見上げ、冬華は息を呑む。流石に廊下と比べると息が詰まる様な張り詰めた空気が漂っていた。まだ国王ヴァルガの姿は無く、広い謁見の間に冬華とケリオスの二人だけが佇む。
「国王が来るまで、お話でもしませんか?」
沈黙を嫌い、ケリオスがそう口にした。
特に話したい事があるわけでも無いが、冬華もこの沈黙に耐えられず苦笑し答える。
「え、えぇ……私でよければ……」
冬華の答えに、ケリオスは微笑する。
「では、お聞きしたいのですが……英雄と言うのは本当ですか?」
「えっ? あーぁ……どうなんだろう? 私は私だし、自分では英雄だなんて思った事ないよ?」
冬華は素直に思った事を告げた。
確かに周りの皆が冬華を英雄と呼ぶ。しかし、冬華自身、自分を英雄だと思った事は無い。それ以前に、英雄とは誰かに言われてなるモノではなく、偉大な功績を残し何かを成し遂げ初めて言われる事だと冬華は思っていた。
その為、以前から少しだけ疑問と違和感を感じていた。自分を英雄と呼ぶこの世界の人々に。
嘘偽り無い冬華の答えに、ケリオスは「ふむっ」と鼻を鳴らすと、穏やかに笑った。
「そうですね。確かにあなたはあなたですね。ですが、覚えておいてください。この世界の人間は英雄であるあなたに期待しています。
それに、あなたは自分では英雄と思って居ないと言いますが、間違いなくあなたは英雄。そう見られている事だけは気をつけてください」
注意する様にそう告げたケリオスに、冬華はシュンとなり背を丸めた。
やはり、この世界と自分の世界での英雄の定義が違うのだと、冬華は改めて理解した。
「おや? 国王が見えたようです。それでは、私はこれで」
「えっ? えっ?」
ケリオスがそう告げ頭を下げる。しかし、国王の姿など無く、冬華は困惑気味に玉座とケリオスの顔を交互に見据える。
ケリオスが下がると、同時に静かな足音が響き、玉座の後ろに備え付けられた扉が開かれ、国王ヴァルガが姿を見せた。
「貴公が、英雄、冬華か?」
黒衣に身を包み、美しい黒髪を揺らすヴァルガが静かに問い掛ける。
冬華はその容姿に思わず見入る。色白で若々しく国王と言う風には思えなかった。
そんな彼に見入っていると、静かにもう一度同じ言葉を投げ掛けられる。
「貴公が英雄、冬華か?」
「えっ! あっ、はいっ! そ、そうです!」
「そうか……それでは、貴公に頼みがある――」
ヴァルガは静かに告げる。自らの望みを。それを聞き、冬華は驚愕した。