第124話 戦争への参加
「それで、用件は何だ?」
寂れた元ギルド会館だった建物の応接室でアオと向かい合うジェスが静かにそう尋ねた。
僅かに埃の残ったソファーが軋み、アオは身を乗り出す。その表情は真剣なモノへと変り、場の空気は一気に引き締まる。
流石に冬華もその空気に気持ちを引き締め、ようやく真剣に話を聞く体勢になった。
緊迫した空気の中で、手を組んだアオは深く息を吐き出す。瞼を閉じ、間を空ける様に行ったその行動に、ジェスとアースは息を呑む。
額からこぼれた汗を拭う冬華は、真剣な眼差しをアオへと向け、向かいに座るクリスは険しい表情で隣りのアオを見据える。
僅かな時が過ぎ、アオは重々しく口を開く。
「俺達がここに来たのは調査をする為だ。だが、生憎、俺は顔が知られている」
「……で?」
アオの言葉にジェスが険しい表情でそう言い放つ。その言葉にアオは鼻から息を吐いた。
「ハッキリ言って、この調査は俺には無理だ。顔を知られている為、警戒されているのは確かだからな」
「それで、一体、何が言いたい?」
ジェスが早く用件を言ったらどうだ、と言わんばかりにアオを睨む。その視線にアオは苦笑し、やがて自らを落ち着ける様に息を吐き出し、真剣な表情で告げる。
「なら、率直に言おう。君たちに戦争に参加して欲しい」
アオの率直な言葉に、その場に居た全ての者の表情が一変する。殺気をまとうクリスに、明らかな敵意をむき出しにするジェス。何より、シオの放つ獣の様な威圧感はその場を圧倒していた。
しかし、アオは至って真面目な表情で言葉を続ける。
「君達の気持ちは分かる。これは、危険な事だ。だが、調べなければならない事が多すぎる。協力して欲しい」
真剣なアオの懇願。だが、クリスはソファーから立ち上がると、アオを睨みつけ怒鳴る。
「ふざけるな! 何が協力して欲しいだ!」
「落ち着け! これは、大切な事なんだ!」
「何が大切だ! 戦争だぞ! これ以上、冬華を危険な目にあわせるわけにはいかないんだよ!」
クリスとシオが声を荒げる。当然と言えば当然だ。この大陸で死ぬかもしれないと予言されているのだから、そんな危険な場所に近づけるわけにはいかなかった。
そんな事とは知らずアオは深々と頭を下げる。
「頼む。お前達にしか頼めないんだ!」
「ふざけ――」
「落ち着け。クリス。まず話を聞くべきだろ」
怒り狂うクリスをジェスが制止する。何故、クリスがあそこまで怒っているのかジェスには分からない。だが、明らかに取り乱しているのは分かった。その為、まずは落ち着け、それからアオの話を聞く事を考えたのだ。
しかし、クリスの怒りは治まらない。その為、強い眼差しをアオへと向け、拳を震わせていた。
場の空気が落ち着いたのはそれから三十分後。
納得はしていなかったが、クリスは怒りを静めアオの話を聞く事にした。
「この潜入調査は、本来、俺じゃなく猿が受けるべき調査だ。顔の知られている俺じゃあ、潜入した所で恐らく調査は難航するだろう」
「それで、俺達に目をつけたって事か?」
腕を組みソファーに背を預けるジェスが、不満そうにそう尋ねる。ジェスとしてもこの調査がどれ程危険なモノなのか重々理解していた。その為、安易に了承する事など出来ないのだ。下手をすれば命を落とす、そんな大きなリスクがあるのだ。
それを考えると、やはりこの話は受けるべきでは無いと、ジェスは考えていた。
だが、一つだけ腑に落ちない点があった。それは、どうして連盟がこの戦争に介入しようとしているのか、と言う事だった。今まで散々傍観者として小競り合いを見ているだけだった連盟が、ここに来てこの様な行動を取るなどありえないと考えていたのだ。
眉間にシワを刻み、不満そうなジェスに、アオは困り顔で微笑する。
「やはり、引き受けてもらえないか?」
「あぁ……そうだな。あの竜王プルートを相手に戦争をするなど、命を捨てに行くようなモノだろ」
当たり前だと言う様にジェスがそう告げると、アオは表情を一変させ、静かに言い放つ。
「それじゃあ、その竜王プルートが先日亡くなったと聞いても、断りますか?」
「――!」
その言葉に冬華とアオ、ライ以外の皆が驚き、目を見開く。ガタッと音をたて、ソファーから立ち上がったジェスは、拳を震わせていた。
信じられない事だった。竜王は三大魔王の中でも最も警戒心の強い王だ。その王が簡単に死ぬなど、信じられるわけがなかった。
「そんな話が信じられるわけないだろ! 俺達は、あの男の咆哮で飛行船を落とされたんだぞ!」
「そのすぐ後に殺されたんだろう。詳しい話は俺も良く知らない。だが、ここに来たのは、その話を聞いたからだ。
連盟も元々この戦争に関与するつもりはなかった。どうせ、竜王プルートに返り討ちにされると考えていたからだ
しかし、プルートが死んだと言うのなら話は別だ。連盟としても対処しなければならない」
「対処?」
アオの言葉に、冬華が不思議そうに聞き返す。
「えぇ。何故、プルートは死んだのか。そして、まるでプルートが死ぬのが分かっていたかのように徴兵を行ったヴェルモット王国の動きについて。調べなければならない事ば多々ある」
「待て! その言い方だと、この国はすでにプルートが死んだ事を知っているって言っている様に聞こえるぞ?」
ジェスが眉間にシワを寄せ身を乗り出す。その言葉に、アオは小さく頷いた。
「恐らく、知っているだろうな。もしかすると、この国の誰かが暗殺したと言う可能性もある」
「無理だ。普通の人間が、竜王の名を持つ男を殺せるとは思えない!」
「なら、獣王の時はどうだ? アレも結局、誰が暗殺したのかは分かっていない」
「クッ!」
その言葉にジェスがそう声を吐く。すると、窓の縁に腰掛けていたシオが、突如立ち上がり、静かに告げた。
「親父を殺した奴はおおよそ検討はついてる。アイツは人間じゃねぇ。間違いなく魔族側の奴だ」
シオの発言にアオは訝しげな表情を向ける。
「何だ? 誰か心当たりでもあるのか?」
「ああ。オイラの左膝を破壊した奴だ」
「左膝を破壊した? 一体、誰だ?」
アオが眉間にシワを寄せ、シオを見据える。怒りに滲むシオの表情から、相当の事があったのだとアオは悟る。そして、そのシオの体から湧き上がる殺気に、シオがその者をうらんでいるのが分かった。
複雑そうな表情を浮かべるアオは、小さく息を吐いた。そんなアオへと、シオは鋭い眼差しを向け答えた。
「名前は知らないが、ローブを着ていた。真っ黒な。それに、アイツの弾丸は音とずれる」
「音と弾丸が……ずれる?」
ライが腕を組み呟く。そんな弾丸を撃つ奴を見た事がある気がした。
一方、アオも険しい表情を浮かべ、俯く。そして、静かに呟く。
「その人物なら、俺も知っている」
「なっ! 誰だ! 一体、何者だ!」
シオが怒鳴り、アオへと迫る。だが、アオは小さく首を振った。
「俺達も名前は知らない。奴は突然現れた。そして、暴君バルバスを射殺した」
「――ッ!」
その言葉にジェスとクリスは驚いた。
暴君バルバスは、西の大陸バレリア大陸を納める国王だ。独裁者にしてまさしく暴君と呼ばれる恐ろしい男だった。
クリスはあの大陸の出身の為、その男の恐ろしさを知っている。彼がその気になれば町など容易く消滅させる事が出来る。クリスも幼い頃に何度かその光景を目の当たりにした事があった。
その恐怖がぶり返し、クリスの肩が僅かに震える。瞳が動揺で激しく揺らぎ、噛み締めた奥歯が軋んだ。
初めて見るクリスの怖い表情に、冬華は息を呑んだ。怖かった。クリスのその表情が、その体がまとうオーラが。とても禍々しく恐怖だった。
ヴェルモット王国の象徴であるグリード城。
その王室にこの国の国王ヴァルガがいた。黒衣に身を包み、軽量化された鎧を着た若々しい顔のその男こそ、ヴァルガだった。国王になりすでに三十年以上が過ぎようとしているが、その姿には全く老いを感じさせない。その為、一部では噂になっている。彼は人間では無いのではないかと。
そんなヴァルガは、黒髪を揺らし静かに椅子から立ち上がると、重々しい靴の踵で床を叩き、大きな窓の前へと移動する。
空には不気味に灰色の雲が掛かり、粉雪が降り注いでいた。
そんな空を見上げ、ヴァルガは不適な笑みを浮かべる。
「ケリオス。いるか?」
ヴァルガの静かな声に、何処からともなくハニカム一人の男が姿を見せる。いつからそこに居たのか、全く気配すら感じさせなかった。
そんなケリオスへと、ヴァルガは静かに振り返る。と、同時にケリオスは立て膝を着くと、深く頭を下げる。
「時に、先陣を切ったウィルヴィスはどうなった?」
「先刻、連絡が入りまして、邪魔が入り侵攻は失敗に終わったそうです」
「そうか……。まぁ、そんな日もあるさ。それで、他の部隊はどうなっている?」
「今の所待機中です。ヴァルガ様の命があれば、すぐにでも」
丁寧に受け答えするケリオスに、ヴァルガは静かに息を吐く。
「そうか。白銀の騎士団の残りの異名持ちはどうしてる?」
「ウィルヴィスが現在帰路に。グラスは王都の警備に当たっており、他の三人は各自部隊を率いて戦場にて待機中です」
「ならば、合図を送れ。開戦の合図を」
「はっ!」
ケリオスはもう一度深く頭を下げた。