第123話 桃・浦・金
ヴェルモット王国王都の西、古びた館に冬華達は居た。
今は使われていない館で、床は腐りかけ、天井にはクモの巣が張っていた。中は広々としているが、明かりは無く埃っぽい空気が漂う。そんな中を歩み進み、アオが案内したのは応接室だった。
殺風景な応接室には大きな窓があり、分厚いカーテンが掛かっていた。その為、光は入ってこず、ただ時計が時を刻む音だけが僅かに聞こえていた。
不気味なその応接室に埃の被った横長のソファーが二つテーブルを挟み向かい合わせに置かれていた。
そのソファーをアオは右手で叩く。
「うおっ! す、すげーっ埃……ゲホッゲホッ!」
当然の様に激しく舞い上がる埃に、アオは激しく咳をする。
そんなアオの行動に冷めた表情を向ける冬華達一行。クリスは未だ疑いの眼差しを向け、ジェスは連盟の犬であるアオをよく思っていなかった。そして、アースはこの場の空気に押し潰されそうになっていた。
最後尾に控えるシオは腕を組み、呆れた様子でその目を右へと移す。そこにいるのは目を輝かせるクマの姿だった。完璧な執事としての血が騒ぎ、ウズウズとしていた。掃除したくてしたくて、たまらなかったのだ。
妙に落ち着かないクマの態度にシオは右肩をやや落とすと、左手で頭を掻く。
「あ、あのさぁ……そんなに掃除したいならすればいいんじゃねぇーか? 誰も住んでないみたいだから、無駄ばたら――」
シオが全てを言い終える前に、突風を吹かせクマは走り出した。呆れた表情で目を細めるシオは、深くため息を吐き、頭を左右に振った。
応接室へとクマ以外の皆が足を踏み入れると、扉が静かに閉じられた。重苦しい空気を漂わせ、アオと向かい合う様にジェスがソファーに座り、ライはアオの後ろに、アースはジェスの後ろへと立った。
アオの隣りに座ったのは冬華で、ジェスの隣りにはクリスが腰掛ける。一方でシオは分厚いカーテンを開いた。カーテンに付着した大量の埃が舞い上がり、くすんだ窓ガラスから光が差し込む。
ゲホッゲホッと咳き込むシオは、金色の獣耳を閉じ右手で鼻を摘んだ。それから、窓を開け、その縁に腰を下ろす。
「ケホッケホッ……で、何でこんな場所につれてきたんだ?」
シオが静かにそう口にすると、アオは腕を組みソファーの背もたれへともたれかかる。
「ここは、元々連盟に所属していたギルドだ」
静かな口調でアオがそう告げると、ジェスの表情が曇る。基本的に連盟に所属しているギルドが潰れると言う事は無い。それは、連盟に所属しているギルドは定期的に連盟からクエストが送られて来る。その為、滞りなく利用者はおり、連盟に寄付するお金を差し引いてもギルドを運営出来る程のお金は残る計算になるからだ。
それなのに、何故ここは潰れたのか、その事ジェスは考える。腕を組み複雑そうな表情のジェスに、アオは右手を軽く振り答える。
「キミの考えている事は分かるよ。連盟に加盟しているギルドが何故潰れたのか。答えは簡単だよ。この街には連盟非加盟のギルドが多く存在するからだよ」
「この街を一週間程見回った結果、個人運営の小規模なギルドだけでも十は超えている」
ライがアオに続きそう答えた。その言葉にジェスは小さく喉を鳴らし、アースは唖然としていた。
ギルドの運営は膨大なお金が掛かる。その為、大きな町でも普通は二つか三つ程のギルドしか存在しない。それは、依頼者が分散してしまわない様にと考慮された言わば暗黙のルールの様なモノだった。その為、ジェスのギルドは小さな町に存在し、町の人達はその唯一のギルドに依頼をする。そうして、ギルドは運営していくのだ。
この街は王都と言うだけあり、広大な街で人も多く存在している。それでも、ギルドを運営出来るであろう最大の数は五つが限界だろう。
訝しげな表情のジェスに、アオは真剣な顔で更に言葉を続ける。
「しかし、この街のギルドはそれだけじゃない。その小規模のギルドを束ねる様に大規模なギルドが三つ」
「ギルドを束ねる……まるで、ギルド連盟だな」
「ああ。その通り。この国では、その三つのギルドが連盟の代わりをしているんだよ」
ジェスの皮肉に対し、ライが肩を竦めそう答えた。
アオ達がこの国に来たのはその調査も理由の一つだった。ここヴェルモット王国には不可解な点が多い。何故か連盟に加盟したギルドが次々と潰れていくと言う事が多発し、連盟の調査員もこの国で消息を断っているのだ。
故に連盟の犬であるアオが調査に赴いたと言うわけだった。
軽く説明を終えたアオをジェスはジッと見据えていた。嘘は吐いていないと判断し、深く息を吐き出す。
「お前達がここに来た理由は分かった。だが、この任務は犬のお前よりも猿の方が適任なんじゃないか?」
(犬? 猿?)
ジェスの言葉に冬華は小さく首を傾げる。そして、頭の中に一つの童話が浮かぶ。
「まぁ、俺もそう思ったんだけど……猿は別の潜入中、雉は事務作業で、消去法で俺って事に」
(雉! も、桃太郎!)
苦笑するアオの横で冬華は一人驚いていた。
そんな冬華に気付くわけも無く、話は進む。
「しかし、連盟ってのは神出鬼没だな。大体、何処にあるんだ? 本部は?」
「本部? ああ、本部は海底だよ」
(海底……竜宮城! 浦島太郎!)
穏やかに笑いながら答えたアオの言葉に、またしても冬華の脳裏にそんな言葉が過ぎった。そして、更に考える。
(後は金太郎?)
顔をあげた冬華は部屋をキョロキョロと見回す。
冬華の異変に、向かいに座るクリスは気付いた。何をキョロキョロしているのだろうか、と思いクリスは首を傾げる。
しかし、そんな二人を尻目にアオとジェスの話は続く。
「海底? 待て待て! 幾ら何でも海底は無いだろ? そもそも、呼吸が出来ない!」
「海底ドームって呼ばれるドームの中にあるんだ。それに、海底だと下手に手出しも出来ないだろ」
自慢げにそう語るアオに、ジェスは眉間にシワを寄せた。そもそも、誰一人として海底にギルド連盟の本部があるなどと思わないだろう。
そんな大切なことを連盟に加盟していない自分に話すなんてと、ジェスは複雑な心境だった。それだけ、アオがジェスを信頼していると言う事なのだろう。
複雑そうな表情のジェスは、右手で頭を掻くと後ろに立つアースへと目を向けた。すると、アースも困った表情で頭を左右へと振る。分からなかった。アオと言う男が何を考えているのか。その為、二人して訝しげな表情を浮かべる。
「言っておくが、リーダーは何も考えてねぇーぞ。深く考えるだけ無駄だぞ」
ジェスとアースに対し、ライがそう発言する。しかし、その発言にアオは異議を申し立てる。
「お、おい! 誰が何も考えてないだ! 失礼だろ!」
「実際、何も考えて無いだろ」
(金太郎……金太郎……マサカリ……クマ……)
アオとライがもめる中、腕を組み右手を口元にあて静かに考え込む冬華。そんな折だった。突如、部屋の扉が開かれ、クマが部屋へと姿を見せたのは。
「クマッ! 家の修復の為、木を刈ってくるのです!」
クマはその丸い手に何処から持ち出したのか、大きなアックスを握り肩に担いでいた。その姿を目にした冬華は、目を輝かせる。
(クマ! マサカリ! 金太郎!)
突如、目を輝かせる冬華に、向かいに座るクリスはただ首を捻る。
そして、クマは「クマックマックマッ!」と声をあげ走り去った。後に残ったのは静寂と微妙な空気だけで、表情を引きつらせるジェスは、静かにアオへと視線を戻す。
「お前ら……あんまり驚かないんだな」
ジェスが呆れた様な、関心した様な、そんな感じでアオへと尋ねる。その言葉にアオは苦笑し、答える。
「まぁ、連盟にも似たような奴がいるから。着ぐるみ着た奴が……」
(アレ、着ぐるみじゃないんだが……)
アオの言葉にジェスの隣りに座るクリスは複雑そうな表情を浮かべる。とりあえず、余計な混乱を招く必要は無いだろう、そうクリスは考えたのだ。
一方で、その向かいに座る冬華は、ちょっとした発見に満足そうに「ムフーッ」と息を吐き何度も頷いていた。