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ゲート ~白き英雄~  作者: 閃天
クレリンス大陸編
110/300

第110話 記憶が失われる恐怖

「それじゃあ、今までありがとう」


 港に停泊する一隻の船の前で、冬華は静かにその告げた。

 冬華がその言葉を告げたのは、包帯を巻き天童と剛鎧の二人に肩を借りた水蓮へだった。すでに二週間ほどが過ぎようとしているが、水蓮の怪我は深刻だった。

 筋と言う筋切れ、再生はほぼ不可能だとされている。その為、一緒には行けないと言う事になったのだ。

 申し訳なさそうな冬華の表情に、水蓮はニコッと笑みを浮かべ、途中で買った団子を差し出す。


「よければ、船の中で食べてください」

「う、うん。ありがとう……」


 冬華は団子を受け取り、その顔に笑みを作る。何処か悲しげなその笑みに、水蓮は困った様に笑う。

 冬華は責任を感じていた。自分と出会わなければ、水蓮がこんな事にならなくて済んだはずだと。そして、思っていた。自分と係わる人は皆不幸になるんじゃないかと。

 セルフィーユは消え、シオは記憶を失った。そして、水蓮は体を――。そう思うと、涙が込み上げ、冬華の肩は小刻みに震えた。

 すでに船に乗り込んだクリスはそんな冬華の背中を見据え、悲しげな表情を浮かべる。今のクリスには冬華に掛ける言葉が見つからなかった。だから、ただ黙り拳を震わせる。

 数秒が過ぎ、冬華は空を見上げた。その目から涙がこぼれない様に、ただ真っ直ぐに青い空を。

 港にはこの島のピンチを救った英雄冬華を見送ろうと、大勢の人が集まっていた。人間から魔族、本当に多くの人が集まっていた。

 空を見上げる冬華へと、大衆の中からエルドが歩み出る。


「冬華。私はあなたに感謝してます。私を含め、多くの仲間があなたに助けられました。

 きっと、あなたなら魔族と人間が何の隔たりも無く暮らしていける世の中が作れると信じています」


 エルドがそう告げ、冬華を優しく抱き締めた。そして、耳元で囁く。


「私はあなたを信じています」


 と、冬華にしか聞こえない声で。その言葉胸に刺さり、冬華は下唇を噛み締め、涙を堪える。

 何も出来ない、誰も守れない自分を信じていると言うエルドの言葉が、とても嬉しかった。こんな自分でも必要とされているのだと感じられたのだ。

 空を見上げていた冬華の顔がゆっくりと下を向き、その艶やかな唇の合間から吐息が吐き出された。悲しい気持ちを静め、自分の感情を押し殺す。そして、静かに顔上げ、見送りに来た者達へと向ける。今、自分が出来うるだけの満面の笑みを。


「ありがとう。エルド……。それに、皆も……」


 肩を震わせ、冬華は頭を下げた。感謝の念を込め、五分間もの時間、頭を下げ続けた。周囲の者達は戸惑いからざわめく。隣りの者と顔を見合わせ、首を傾げる者達も多かった。

 大衆がざわめく中、甲板で凛々しい女性の声が、高らかに響く。


「そろそろ出航だ! 野郎ども! 準備はいいな!」


 南のゼバーリック大陸周辺の海域を縄張りとする通称女帝と呼ばれる女海賊、パルの声だった。海賊ハットを被り、その下から出た長い黒髪が潮風で激しくはためく。凛とした大人びた顔で、テキパキと船員に指示を出すパルは、いつまでも船の前で頭を下げる冬華へと怒声を響かす。


「いつまで頭をさげてるんだい! 乗るなら乗る! 乗らないなら離れな!」

「えっ! あっ、す、す、すみません!」


 パルの言葉に慌てて顔を上げた冬華は、甲板に居るであろうパルの方へと体を向け何度も何度も頭を下げた。その後、パタパタと船に乗り込み、港に集まった人々へと笑みを浮かべその手を振った。


「本当に、ありがとうございました!」


 その声に、大衆の声が上がる。冬華への感謝を述べる多くの声が、その場を包み込んだ。

 クリスは安堵した様に息を吐いた。そして、腕を組み口元へと笑みを浮かべる。冬華の背中を後押しする多くの人の声。きっとこの声が、冬華を励まし、気持ちをやわらげてくれると。

 一方で、船内の一室で精神統一を行っていたシオは、外から聞こえる声にただ表情を歪ませる。獣王の息子と言う立場から多くの人の期待を背に受ける事があった。それは、受けた者を励まし元気付けるが、同時に重く圧し掛かる。多くの人々の期待が。時にその期待は受けた者を押し潰す程の重圧になる。シオは経験上それを理解している為、今後冬華が受けるであろうその重圧の重さに冬華自身が押し潰されるんじゃないかと、不安に思っていた。


 歓喜に溢れる声の中、海賊女帝パルの海賊船が出航する。その海賊旗を掲げ、帆を張った。帆は風を受け、大きく膨らみ、船はゆっくりと港から離れた。

 船員の男達の低い声が怒号の様に響き、せわしなく足音だけが往来する。甲板には冬華の姿があった。壁にもたれかかり抱えた膝に顔を埋める冬華の姿が。

 そんな冬華の姿をクリスはただ見守っていた。今、冬華にどんな言葉を掛けても効果は無いと、分かっていたのだ。

 手すりに持たれ深くため息を吐くクリスに、この船の船長であるパルが静かに歩み寄る。ショートパンツから美しくしなやかな脚を出し、大きく胸の開いた服の胸元には福与かな谷間が顔を覗かす。そんな胸を持ち上げる様に腕を組むパルは、困った様子で息を吐き口を開いた。


「あの娘はあんたの連れだろ?」

「えっ? あ、あぁ……」


 突然、声を掛けられ、クリスはうろたえながら返答した。すると、パルは眉を八の字に曲げ首を傾げる。


「何があったのかは知らないけど、なんだい、あの落ち込み様は?」

「ま、まぁ、色々あって……それより、ゼバーリックの海域で海賊をしているあなたが、どうしてここに居るのか、私は知りたいですね」


 ややパルに劣る胸を持ち上げる様に腕を組むクリスがそう言い横目でパルを睨んだ。しかし、パルはそんな視線を気にする事なく、口元へと笑みを浮かべると、クリスと同じ用に手すりに背を預け俯いた。


「そろそろ、自分の縄張りを広げようかと思って……と、言ったらどうする?

 元イリーナ王国の近衛隊副隊長、通称“紅蓮の剣”のクリス」

「…………色々と情報は持っている様だな」


 パルの言葉にクリスの表情は真剣なモノへと変わる。その手には精神力が集まり、いつでも剣が出せる様にと。だが、そんなクリスの脇腹へと、金色の銃の銃口が押し付けられていた。いつその銃が抜かれたのか分からぬ程の早業だった。

 眉間にシワを寄せ、奥歯を噛み締めるクリスに対し、パルは穏やかに笑みを浮かべる。


「まぁ、落ち着きな。私はあんたとやりあうつもりは無いよ。今はただ、旅をしているだけ。

 私の古い友人が、世界を見て回りたいって言うもんだからね。この船は足がわりだよ」


 そう言い、パルは押し付けていた銃を離し、顔の横まで持ち上げ、ウィンクした。不満そうに眉間にシワを寄せるクリスは、視線を逸らす。そして、鼻から息を吐き、肩の力を抜いた。



 落ち込む冬華の下へとトテトテトテと小さな足音が近付く。

 海賊船には似つかわない小柄な幼い少女が、淡い朱色の髪を揺らし冬華の前へと飛び出した。ぴょこんと跳ねる様に。


「お久しぶりッス!」


 明るく元気のいい声と共に、彼女はショートカットにした髪を揺らし、右腕をパンと振り上げた。だが、冬華の反応は無い。その為、微妙な空気だけが流れ、少女の笑顔が凍る。


「あ、あれ? 滑ったッスか?」


 苦笑する彼女へと、冬華の顔が上がり、虚ろな眼差しが向けられた。


「……誰?」

「い、いやッスねー。自分ッスよ! ノーブルーで会ったッス!」

「ノーブルー?」


 冬華は首を傾げ、考える。だが、思い出す事が出来ない。その為、冬華は苦笑し、申し訳なさそうに頭を下げた。


「ごめんなさい。覚えてなくて……」

「そ、そうッスか……。いや、別にいいッス。ちょっと言葉を交わしただけッスから」

「ホントごめんね」


 弱々しく冬華が微笑み、吐息を漏らした。

 覇気の無い冬華の姿に、彼女は小さく首を傾げ、隣りへと腰を下ろす。


「自分は、ミィッス。えっと……」

「私は、冬華」


 ミィと名乗った少女に、冬華はそう答えた。すると、ミィは冬華と同じように膝を抱え空を見上げる。


「何があったか知らないッスけど、暗い顔していると幸せが逃げて言っちゃうッスよ?」


 穏やかに微笑み、ミィは右手で冬華の頭を優しく撫でた。そのミィの行動に冬華の胸の奥で何かがざわめく。この感覚を何度も感じた事があった。今よりもずっと昔、幼い頃によく一緒にいた――と、そこで冬華の記憶が途切れる。

 何も無い様にプツリと暗転していた。大切な思い出だったはずのその一幕が、失われていた。だから、冬華は膝をギュッと抱き締め、肩を震わせる。自分が自分で無くなるそう感じていた。

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