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ゲート ~白き英雄~  作者: 閃天
クレリンス大陸編
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第109話 強力な力を持つ者として

 冬華が目を覚ましたのは、あの戦いから十日後だった。

 どれ程、声をあげたのか、喉はカラカラだった。

 どれ程、苦しんだのか、その髪は激しく乱れていた。

 どれ程、寝ていたのか、体は重く頭はクラクラとしていた。


 ボンヤリと天井を見上げる冬華に、一番最初に声を掛けたのはクリスだった。

 何も出来ず、ただ部屋の隅で膝を抱えて座っていたクリスが目に涙を溜めていたのを、冬華は鮮明に記憶していた。

 自分がどうしてこんな所で寝ているのかも、どうしてクリスが涙を溢れさせたのかも、最初の内は全く理解出来なかった。

 それらを理解したのは、目を覚ましクリスの説明を聞いた後だった。

 記憶が曖昧で、所々で記憶が途切れていた。これも、神力を多用した副作用なのかもしれない。冬華はそう考え、右手で頭を押さえた。

 体中に巻かれた包帯から、自分が重傷だったのだと理解し、小さく吐息を漏らす。クリスの目が赤く充血している事から、彼女は心配で寝ずに傍にいてくれたのだと分かった。

 その後、レッドが部屋に姿を見せ、水蓮やエルドと言った面々も冬華へと顔を出した。だが、シオだけはその部屋に来る事はなかった。


 静まり返った一室でシオは座禅を組んでいた。

 シオ以外誰もいないその部屋は広く、普段は道場として使われる部屋だ。天童と剛鎧の二人もこの部屋で修行を積んだのだ。故に壁の至る所に深い傷が残っていた。

 その傷だけでどれだけの修行をしてきたのか、シオは分かった。だから、この場所でシオは座禅を組んでいたのだ。

 静かに精神力を全身に纏わせ心を鎮める。瞼を伏せ鼻からゆっくりと呼吸を続ける。

 金色の髪が緩やかに揺れた。部屋の扉が開かれ、室内へと風が流れ込んだのだ。シオの獣耳がピクッと動くと、その瞼が静かに開かれる。


「こんな所に居たんですか」


 静かな声と共に、部屋へと姿を見せたのはエルドだった。淡い蒼の髪が揺れ、耳の付け根から生えた角が見え隠れする。

 エルドの体は冬華の放ったゴッドプレスで完全に癒え、龍化の副作用も殆ど出ていなかった。それでもエルドは右足を引き摺る様にシオの方へと近付く。膝には僅かだがダメージが残っていたのだ。

 そんなエルドの足音に、シオは深く息を吐きゆっくりと立ち上がる。シオの行動にエルドは足を止めた。その背中が物語っていた。これ以上近付くなと。

 シオの体には痛々しく包帯が巻かれていた。ゴッドプレスの影響をシオは受けなかったのだ。その為、腹部の傷はまだ癒えておらず、包帯には血が滲んでいた。それでも、シオは表情一つ変える事無く、ゆっくりとエルドへと振り返る。


「何の用だ?」


 いつとも明らかに違う静かな口調のシオが、赤い瞳をエルドへと向ける。感情など押し殺したそのシオの表情に、エルドは表情をしかめた。

 エルドもあの戦いの事を少なからず聞いていた。天鎧の死の事も。だからこそ、シオが一番責任を感じているのだと分かった。

 眉間にシワを寄せるエルドは、右手を腰にあて深く息を吐く。


「そうやって、ずっと自分を押し殺し、偽るんですか?」


 エルドの言葉に、シオの右の眉がピクッと動いた。だが、それだけで、表情は変らなかった。


「何の話だ? オイラは――」

「どうして、知ってたんですか?」


 シオの言葉を遮り、エルドがそう述べる。不可解そうな表情を浮かべるシオは、静かに鼻で笑うと、肩を竦める。


「何の事だ? 一体、オイラが何を知ってたって言うんだ?」

「彼女が英雄だと言う事ですよ」

「誰でも知ってる事だろ?」

「いえ。少なくとも私はあなた方を屋敷に導いた時点で、彼女が英雄だと言う事を知りませんでした。

 いや……恐らく、私の島の者達は英雄の姿形は全く知らないはずです。

 なら、記憶を失ったはずのあなたが、どうやって彼女が英雄だと知ったのですか?」


 落ち着いた声でエルドが畳み掛ける様に問う。すると、シオは僅かに俯き肩の力を抜いた。深く息は吐き出され、シオの顔がゆっくりとあがる。

 表情は変らないが、シオの眼差しは悲しげにエルドには見えた。


「オイラには、誰も守れない。今回もそうだった……。なら、オイラがアイツの傍に居る意味って何だ?」

「理由が必要なんですか? 人の傍に居る事に?」


 エルドが真剣な顔でそう告げる。だが、シオの表情は変らず、小さく頭を振る。


「それに、オイラの力は、アイツらを傷つける……」

「獣化の事ですか?」


 険しい顔でエルドが尋ねる。すると、シオはその言葉を肯定する様に小さく頷く。エルドもその力を目の当たりにしている為、それが危険なモノだと理解していた。そして、シオと同じように龍化出来るからこそ、エルドはその気持ちが分かった。

 エルドも同じような悩みを持った事があったからだ。


「怯えていては、前には進めませんよ」

「分かってる! んな事、言われなくても! でも、現にオイラは暴走して、クリスに襲い掛かった!

 あの時はあんたが不意打ちとは言え、止めてくれたからよかったが、オイラは……」


 唇を噛み締め、シオは拳を強く握り締めた。震える手を見据え、頭の中に過ぎる。冬華やクリスの顔。大切な者達の事を思い、瞼を強く閉じた。

 そんなシオへともの悲しげな目を向けるエルドは、静かに口から息を吐き、ゆっくりと言葉を紡ぐ。


「あなたは、獣王の息子。ならば、使いこなせるはずです。その強力な魔獣の力を。

 守るべき者を傷つけたくないなら、その力を使いこなせる様になりなさい。

 守るべき者を失いたくないなら、尚更その力を使いなさい。守る者を失ってからでは後悔しますよ」


 落ち着きのある穏やかなエルドの声が、静かな部屋に響いた。

 俯いてたシオの顔はゆっくりエルドへと向けられ、閉じられてた瞼は開かれる。噛み締めた唇は犬歯で切れ、血が滲む。

 やがて、その目から戸惑いが消え、いつもの強い眼差しが戻っていた。その眼差しにエルドはふふっと、静かに笑いゆっくりと背を向けた。


「覚悟は決まった様ですね。では、私はこれで……」

「あぁ……ありがとう……」


 シオは小さく頭を下げた。そんなシオへとエルドは小さく右手を振り部屋を後にした。

 エルドが廊下に出ると、扉の横の壁にレッドが背を預け立っていた。腕を組みニコニコと笑みを浮かべるレッドに、エルドは扉を閉めた後にジト目を向ける。


「立ち聞きですか? 趣味が悪いですね。勇者さんは」


 皮肉交じりにそう言うエルドへと、レッドは困った様に笑みを浮かべた。


「い、いやだなぁ……。立ち聞きなんて……第一、その呼び方やめてくださいよ」


 苦笑するレッドに対し、エルドはフフッと含み笑いをする。そのエルドの笑みにレッドは一層困った表情を浮かべると、右手で頭を掻いた。しかし、すぐにレッドは穏やかな表情を見せると、鼻から息を吐いた。


「まさか、エルドさんに先を越されるとは思いませんでしたよ」

「まぁ、ハーフのあなたよりも、龍魔族の私が言う方が説得力があるでしょうしね」

「ははっ……さ、流石ですね。でも、意外ですね。獣王の息子に肩入れするなんて」


 レッドがそう言うと、エルドは「そう?」と静かに告げた。

 人間同士に差別や偏見など溝がある様に、魔族間にも差別や偏見が存在する。特に獣魔族と龍魔族には大きな溝があった。互いに姿形が違うと言う事もあるが大きな違いは、龍魔族も獣魔族も自分達が魔族では一番強いと言う自負があるからだ。

 それに、獣王ロゼと竜王プルートの仲は最悪だった。身体能力が高く怪力自慢で好戦的なロゼと、自信家で身体能力も魔力も強力なプルート。互いに自らが最強だと譲らなかった。そんな二人を仲裁しまとめていたのが、デュバルだった。

 王同士の仲が悪かった事もあり、獣魔族と龍魔族の溝は大きく広がっていた。

 そう言う事もあり、レッドはエルドがシオに助言した事を大いに驚いていたのだ。


「まぁ、私には龍魔族と獣魔族の溝なんて関係ないですから。お互い、同じように強力な力に苦しんでいる仲ですしね」

「龍化も獣化も同じように強力ゆえにコントロールが難しいですからね」

「えぇ。あなたも、大概お人よしよね。こんな場所までウロウロと」

「ははっ……。まぁ、彼は良き友人ですから」


 レッドが半笑いでそう言うと、エルドは呆れた様に笑みを浮かべ、その場を去っていった。

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