第107話 空より降り注ぐ剣
次々と光り輝く剣が地上へと降り注ぐ。
一本一本が地形を変えるほどの衝撃を広げ、地響きを起こす。
西の砂浜では、大量の砂を水飛沫と共に巻き上げ、傷付く人間、操られた魔族、関係なくその剣は突き刺さる。あまりの激しい衝撃に、レッドも葉泉も雪夜もその場から動く事など出来なかった。
そして、東の森でも、地面を砕き、木々をへし折る程の衝撃を広げ、無差別に人の体を貫いていた。この光景に、龍馬と秋雨は声を荒げる。だが、二人の声は呑まれる。降り注ぐ刃が地面へと突き刺さる衝撃音によって。
冬華のいる南の港。降り注ぐ一本の光の剣が、魔術師の施した多重防壁を貫き、その切っ先を天童へと突き刺す。それに遅れてもう一本が多重防壁を砕き剛鎧の背中を貫いた。だが、血は一滴も流れない。それどころか、二人の傷はみるみる内に引いていき、光の剣は赤く染まり弾ける。
一方で、光の剣で貫かれた魔族の体からは緑色の霧が噴出し、緑色に染まっていた肌は、元通りの肌へと戻っていた。
「くっ! これが、ゴッドブレスか……」
降り注ぐ光の剣をかわしながら、魔術師はそう呟く。直で降り注ぐ剣を見たのは初めで、これ程の威力があるとは思っていなかった。目の当たりにする凄まじい衝撃は、魔術師の小柄な体を吹き飛ばす。
「ぐっ!」
地面を転がった魔術師が顔をあげると、その視線に光の剣が映る。切っ先を向けて突っ込んでくるその剣が。
その瞬間、魔術師は瞳を赤く輝かせ、右手をかざす。
「多重防壁!」
右手をかざすと、五重の壁が魔術師の前へと現れる。それに遅れ、魔術師は左手をかざす。
「防壁硬化!」
魔術師が声を上げると、五重の壁は輝き硬化される。しかし、その強化された壁ですら、光り輝く剣は止められず、刃は壁を貫く。そして、鮮血が散る。
「ぐっ!」
魔術師は表情を歪めた。右の袖が裂け、鮮血を噴出す。袖と共に宙を舞う魔術師の右腕が、飛沫を上げ海を赤く染めた。
呼吸を乱す魔術師は奥歯を噛み締め、左手で傷口を押さえる。止め処なく流れ出す血がその手を赤く染めた。
「ゲホッ! ゲホッ!」
血を吐いた魔術師は、膝を落とした。血が地面を赤く染め、魔術師の目が冬華へと向く。
「くっ……運に助け、られた……みたいだが、次は……こう……上手く、行くと……思うな」
魔術師はそう告げると、その姿を消した。完全に姿も気配も消え、その場には血だけが残されていた。
光の剣は、半日に渡り降り注いだ。人間を――、魔族――、地面を――。激しく貫き、怒号だけを轟かせ、衝撃と土煙が島全体を覆った。
――北の密林。
「どうやら、アイツはしくじったらしいな」
妖刀、血桜を肩に担いだ和服の男がそう呟き、空を見上げた。木々の葉の合間から覗く、青い空から降り注ぐ光の剣に、彼は不適な笑みを浮かべる。
周囲では轟々と爆音が轟く中、この密林だけは静まり返っていた。それは、あの光の剣が、対象者である魔族をこの密林に感じ取っていなかった為だった。
しかし、その激しい地響きは離れたこの場所まで届き、激しく揺らす。木々は葉を散らせ、地面には亀裂が走る。その破壊力に、和服の男はくくっと笑う。
「見てみろよ。お前の治める大切な島が壊れていくぜ……って、もう見る事はできねぇか」
和服の男はそう言い、足元に転がる天鎧の頭に右足を乗せた。首から下が無いその頭の上へと。血だけが地面に広がっていた。離れた場所に横たわる体は、もう動く事も無く、その血も凝血しつつあった。
そんな天鎧の体の更に向こうで大木に背を預け、座るシオは「ケホッ、ケホッ」と吐血する。血で赤黒く染まった金色の髪が揺れ、額から顔の右半分を血が覆っていた。
深く息を吐き、肩を激しく上下させるシオは、痛みに表情を歪める。腹部に置かれた左手が真っ赤に染まり、衣服も血の色で染まっていた。鋭利な刃物で斬られた痕があり、出血の量から傷は深い。左膝もすでに限界で震え、力が入らなくなっていた。
もうろうとするシオは、目を細め和服の男へと目を向ける。霞む視界に天鎧の頭を踏み締める男の姿に、シオは奥歯を噛み締めた。
(また……守れなかった……)
地面に突き立てた右拳を、シオは強く握った。天鎧を守りに来たのに、結局守る事が出来なかった。身体能力では圧倒的に和服の男を凌駕していた。だが、彼の剣術の前に手も足も出なかった。ただの一撃も攻撃を与える事が出来なかった。
眉間にシワを寄せるシオに、和服の男は不適な笑みを浮かべ静かに歩み寄る。
「獣王の血も大した事ねぇな。この程度とは」
「ぐぅ……ざけ……」
「おっと。喋らない方が身のためだろ? お前の腹部の傷は重傷だからな。
この血桜は血吸いの刀。血の凝固を防ぎ、出血を止まらなくする。このままだと、あと数時間でお前は死ぬな」
和服の男が静かにそう告げるのを、シオは黙って見据える。すでに、その視界には男の顔など映っていないが、それでも目を凝らし必死に男を見据えようとしていた。
動く事の出来ないシオへと、男は血桜の切っ先を向ける。
「ここで、テメェを斬るのは簡単だが、どうやら邪魔が入ったらしいな」
男がそう言うのとほぼ同時に、背後に一人の少女が降り立つ。白銀の鎧を纏い、長い白髪を揺らし、背に白翼を広げる少女が。
冷ややかな眼差しが真っ直ぐに和服の男へと向けられる。流石の男の表情も、その眼差しに引きつった。
圧倒的なその威圧感に、和服の男は呑まれていた。その為、息を呑んだ和服の男は、肩を竦めると血桜を鞘へと納めた。そして、その手を顔の横まで上げ、首を振る。
「おー怖い怖い。ここは撤退させてもらうよ」
「させると……思う?」
少女の静かな声に、和服の男は不適に笑みを浮かべ、ゆっくりとその姿を消す。
「幻影……。流石に、これは追えない……」
眉間にシワを寄せ、少女は呟く。そして、瀕死のシオへ向かって歩みを進めた。音も立てず静かに歩みを進めた少女は、シオの前で足を止め右手をかざす。
「獣王の息子シオ。あなたはこんな所で死んではいけない。彼女にはあなたの力が必要」
シオの耳に届いたのはここまでだった。瞼は完全に塞がり、弱々しい呼吸音だけを吐き出す。だが、その音は轟く轟音に完全にかき消されていた。
彼女は静かに唇を動かす。すると、かざした右手が光り輝き、シオの体をその光が包む。傷が徐々に癒されていき、腹部の出血もやがて止まる。傷が完全に塞がっていた。それ程、彼女が扱う聖力が強力なモノだった。
「これで、一命は取り留める。でも、彼は残念ながら……」
首をはねられた天鎧の姿を見て、少女は瞼を閉じた。そして、ゆっくりとまた白翼を広げると空へと飛び立った。光り輝く刃が降り注ぐその合間を縫って。
シオが目を覚ましたのはそれから暫くして、未だ鳴り止まぬ轟音と地響きでだった。
頭がボンヤリし、暫く呆然とその場に座り込んでいた。手に付着していた血は完全に乾燥し、赤黒くなっていた。
「ぐっ……か、体が……」
体を少し動かし、シオは気付く。自分の体の傷が塞がっている事に。僅かに痛みはあるが、出血はしていない。それに、左膝の震えも止まっており、痛みも殆ど無くなっていた。訝しげな表情を浮かべるシオは、気を失う前の光景を思い出す。
「あの女……一体……」
彼女の姿を思い出し、シオは呟いた。一体、何者で何をしようとしていたのか、疑問だけが頭の中に残された。