第104話 光り輝く剣 ―各地の戦い―
不気味なオーラを放つ巨大な門。
それを、苦しげに見上げる冬華は、背筋に嫌な汗を掻いていた。本能的にその門が自分にとって危険なモノだと分かったのだ。
奥歯を噛み締め、意識を集中する冬華は、激しい頭痛と吐き気に表情をしかめた。目を細め、噛み締めた歯の合間から熱気の篭った吐息を漏らす。
あの門が何にしろ、今、冬華に出来るのは、この場にいる人数分の光の剣を生み出す事だけだった。だから、意識を集中し、全ての神力を注ぐ。
次々と輝く剣が空を彩る。美しいその剣を見上げ、魔術師の少女は不適な笑みを浮かべ、召喚した羅生門へと歩み寄る。ゆっくりとした静かな足音が冬華にはハッキリ聞こえた。それは、神力により五感が研ぎ澄まされた所為だろう。
鋭い眼差しを向ける冬華に、魔術師は静かに羅生門の柱に手を着き告げる。
「開門まで十分。さぁ、それまでに、どれだけ剣を生み出せるかな」
「ぐっ……」
声を漏らす冬華の表情は苦悶に歪む。直感的にあの門が開門する前に、全てを終わらせなければならないと、冬華は思った。だから、冬華は全神経を光の剣を生み出す事に集中し、堅く瞼を閉じた。
静けさ漂う東の森林で、クリス、龍馬、秋雨の三人は足を止め、空に浮かぶ光の剣を見据えていた。
「な、何だアレ……」
龍馬が驚愕し、思わずもらした言葉に、クリスは表情をしかめた。それが何を意味するのか、クリスは分かっていたからだ。
険しい表情を見せるクリスだが、すぐにその視線は魔人族、長のレオルへと向く。冬華の事は気になるが、クリスには余裕がなかった。
すでに、龍馬、秋雨の部隊の半数以上が戦闘不能にされていた。それに比べ、魔人族は一向に減る兆しが見えない。主力であるクリス、龍馬、秋雨の三人が、レオル一人に抑え込まれていると言うのがその原因だった。
すでにどれ程魔力を消費させたかは定かではない。だが、それでも、レオルの顔に疲れなど一切見えなかった。
一方で、クリス達三人はすでに呼吸が上がっていた。レオルの強力な魔術を相殺する為に、三人も大分精神力を消費していたのだ。
肩で息をするクリスは、白銀の髪を揺らし肩を激しく上下させる。目の前にいるレオルをどうにかして、冬華の下へと急がなくてはと、クリスに焦りが見えていた。
「何を焦ってるんだ?」
肩を上下させる龍馬が、灰色の長い髪を掻き揚げクリスへと尋ねる。龍馬の黒い瞳が斜め前に立つクリスの背へと向けられていた。
呼吸を乱す秋雨は、そんな二人の声に耳を傾けつつも、レオルへと真っ直ぐに目を向ける。自分が口を出す事ではないと分かっていたのだ。
そんな三人へとレオルが右手を向け、その手の平に魔力を圧縮した。
「来ます!」
秋雨の叫び声に、龍馬は舌打ちをしレオルへと目を向ける。
圧縮された魔力を風の属性へと変化させ、レオルは静かに口を開く。
「ウィングカッター」
「風なら、俺がやる!」
踏み出した龍馬がそう叫び、長刀を頭上に構える。
「紅蓮一刀――」
精神力を刃へと集めると、その刃を炎が包む。そして、迫る風の刃へとその剣を振り下ろす。
「火斬!」
燃え上がる剣が風の刃と衝突し、激しい爆発が起きる。炎は風の刃を焼き払い、風の刃は長刀ごと龍馬の体を弾き返した。
後方へと大きく弾かれた龍馬は、両足を地面に踏ん張り、吹き飛ぶのを堪える。
何とか相殺したが、威力が格段に上がっていた。その為、龍馬の腕は痺れ、長刀の刃も震えていた。
表情を強張らせる龍馬に対し、クリスは唇を噛み締め静かに告げる。
「あの剣は冬華が出した、神の力によるものだ」
「冬華? 神の力? いきなり何を――」
「冬華と言うのは英雄の事だ。神の力は、その英雄のみが使えると言う力の事」
秋雨がそう返答すると、龍馬は複雑そうな表情を浮かべ、「し、知ってたから!」と、強がった。
そんな二人にクリスは更に告げる。この力のリスクを。
「なっ! んな危険な力を使用してるってのか?」
「しかも、ここに居る魔族達全員を助けるつもりと? 幾らなんでも無謀だ」
驚く龍馬に、冷静に秋雨がそう言う。もちろん、クリスも分かっている。それがどれだけ無謀で、どれだけ危険なモノかと言う事を。
だからこそ、二人に深く頭を下げる。その行動に龍馬は驚き、秋雨は訝しげな表情を浮かべた。
「お、お前が頭を下げるなんて、不気味だな」
「黙れ。今は、お前と言い争っている場合じゃない」
そうクリスは告げた後、更に言葉を続ける。
「私は、冬華の所へ行く。すまんが、ここは任せる」
クリスの言葉に、龍馬と秋雨はキョトンとした表情を浮かべる。やがて、龍馬は爆笑し、秋雨も小さく笑った。
二人の行動にクリスは訝しげに顔をあげ、二人へとジト目を向ける。
「な、何だ?」
「いやな。まさか、んな事で頭を下げられるとは思ってなかったからな」
「そうですね。元々、ここを任されたのは私達ですから、あなたが頭を下げる必要は無いんですよ」
龍馬と秋雨の二人の言葉に、クリスは複雑そうな表情を浮かべる。
すると、龍馬はクリスへと真剣な顔を向けた。
「行って来いよ。ここは俺達が何とかする」
そんな真剣な龍馬の顔に、クリスは鼻から静かに息を吐き、口元に薄らと笑みを浮かべた。
「…………ああ。任せる」
いつに無く頼りになる龍馬へとそう告げ、クリスは走り出した。それに反応する様にレオンも動き出す。だが、その前に龍馬と秋雨が立ちはだかる。
「わりぃーな。ここから先は通せねぇ」
「あなたの相手はもとより私達ですよ」
道を塞ぐ二人に対し、レオンは鼻筋にシワを寄せ咆哮を轟かせた。
西の砂浜で獣魔族と戦うレッド、葉泉、雪夜の三人も、空に突如として現れた光り輝く剣に、目を向けていた。
両刃の剣を片手に握るレッドは、その剣の出現に嫌な予感を覚え奥歯を噛み締める。
一方で、葉泉と雪夜は突然出現した刃を警戒していた。魔族側のなんらかの攻撃呪文。そう考えていたのだ。
リボルバー式の銃を空へと向けた雪夜は引き金を引いた。銃声が轟き、弾丸が空へと昇る。だが、それが光り輝く剣へと届く事はなかった。それ程、高い位置に剣は浮かんでいるのだ。
「あかん……。弾丸一発無駄にしてしもうた……」
雪夜がそう呟くと、葉泉が呆れた様な眼差しを彼女へと向けた。
「雪夜。リボルバーの弾丸は数が限られてるんだ。無駄に使うなよ」
黒髪を揺らし静かにそう言う葉泉に、「せやな」と雪夜は穏やかに微笑する。
妙に和む二人に対し、レッドだけが真剣な表情で辺りを警戒していた。
こっちもすでに軍の半数がやれていた。しかも、獣魔族の長、ガウル一人に。
何故か、ガウルはレッド、葉泉、雪夜とは直接戦わず、他の兵を次々を襲っていた。一体、何が目的なのか良く分からないが、三人はその動きに翻弄されていた。
赤紫の髪を潮風に揺らすレッドは、眉間にシワを寄せる。その瞳は往来し、砂浜を駆けるガウルの動きを追う。
黙りこむレッドの姿に、葉泉は訝しげな表情を浮かべた。
「おい。さっきからずっとそうしているが、何か策でもあるのか?」
「策は無い。ただ、今、ガウルの動きを止めれるのは僕だけだから――」
レッドがそう言い放ち駆ける。ガウルへ向かって。
その動きにガウルも気付き、すぐにレッドから距離を取る。
「くっ!」
この繰り返しだった。まるで、時間を稼いでいる様にも感じる。何を企んでいるのか分からず、レッドは僅かながら焦りを見せていた。
リボルバー式の銃を構える雪夜は、静かに息を吐き、引き金へと指を掛ける。その動きに葉泉はジト目を向け吐息を漏らした。
「雪夜」
「わかっとるよ。でもなぁ、いつ隙が出来るかわからへんやろ?」
ふふっと、艶かしく微笑む雪夜に、葉泉は吐息を漏らす。
「そうだな……ジッとしていても仕方ないしな」
葉泉も矢を弓へと掛け構えた。
北の密林で和服の男と交戦するシオもまた、その現象に空を見上げていた。拳を握り、険しい表情を浮かべるシオは、「くっ」と声を漏らす。
「あのバカ! 何考えてんだ!」
声を荒げるシオに、和服の男は肩に刀を担ぎ不適に笑う。
「どうやら、計画は第二段階に移行したみたいだな」
「第二段階?」
衣服の所々が裂け、血を流すシオが眉間にシワを寄せ呟く。
すると、和服の男は左手を腰にあて肩を揺らし笑った。
「くくくっ……下手したら死ぬかもな」
「死ぬ? 何の話だ?」
「テメェーらの大切な――」
男が全てを言い終える前に、シオも気付く。そして、その拳で横に並ぶ大木を殴打し、真っ二つにへし折った。
大木が崩れ落ちる音だけが森の中へと響き、男は鋭い眼差しをシオへと向ける。二人の視線が交錯し、数秒が過ぎた。
「冬華に何をした」
「残念だが、俺は何もしてねぇよ。まぁ、してる奴は知ってる奴だけどな」
肩を軽く竦めると、和服の男は不適な笑みを見せる。そんな男に、シオは表情一つ変えず、拳だけを強く握り締める。
奥歯を噛み締め、怒りを鎮めようとシオは深く息を吐く。冷静に状況を判断し、行動しなければならないと、シオ自身分かっていた。だが、何故だか脳裏に過ぎる嫌な予感。冬華の苦しむ顔だけが頭を巡る。
瞼を閉じ、小さく俯くシオの奥歯が軋む。それ程まで強い力で噛み締めていた。
「さぁ、どうした? 早く続きをやろうぜ?」
「くっ!」
身を翻すシオが男へと背を向け走り出す。だが、その瞬間にシオの右足脹脛に激痛が走り、鮮血が散る。
「ぐっ!」
表情を歪め、シオは地面へと倒れた。鋭利な刃物に裂かれた様に裂けた脹脛は、鮮血を流し痙攣を起こしていた。
「逃げるなよ。俺の相手はテメェだろ」
不適に笑みを浮かべ、和服の男は刀に付いた血を払う。そして、冷めたその目でシオを見下し、薄気味悪い笑みを浮かべた。




