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ゲート ~白き英雄~  作者: 閃天
クレリンス大陸編
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第100話 天鎧の息子

 時が止まる。

 目の前に広がる光景に、冬華はただ呆然としていた。

 そこに平伏す約五万の人。その殆どが龍魔族だった。死んでいる様に見えるが、血は出ていない。それに、血の臭いも全く漂っていなかった。その事から、皆意識を失っているだけなのだと、冬華は分かった。

 それでも、魔族の数が人間よりも上回っているのは変らない。そんな魔族の真ん中に二つの人影が見えた。その二人は他の兵とは違う異様な空気を漂わせていた。

 この二人が、天鎧の最も信頼する第一、第二部隊の隊長、天童てんどう剛鎧ごうがいだった。


「さて……まだ大分残っているな」


 天童がチョンマゲにした黒の長髪を揺らす。色白の老けた顔だが、これで二十代前半だと言うから驚きだった。

 天童は細長い糸目で周りを囲う龍魔族を見回した。そこには、まだ十万以上の龍魔族がそこにはいた。


「大分……減らしたと思ったんだけどなぁ……」


 左手で紺色の逆立てた短髪を掻き毟る剛鎧は、引きつった笑みを浮かべる。天童と違い、綺麗な小麦色の肌で、その顔には何処か幼さが残っていた。淡い青色の瞳をゆっくりと動かす剛鎧は、深く息を吐き、隣りに並ぶ天童へと目を向ける。

 両手に一本ずつ刀を握った天童は落ち着いた面持ちで、ゆっくりと体を左へと向ける。


「私が左半分を……」

「じゃあ、俺が右半分か……」


 静かに笑みを浮かべた剛鎧は右へと体を向ける。その肩に両刃の大剣を担いで。

 異様な二人の風貌に息を呑む冬華は、その手に槍を転送する。真っ白な柄に淡い青色の刃を模した槍を。

 その瞬間に空気が変る。冷たい風が吹き、その風に天童と剛鎧は視線を冬華へと向けた。

 肩口で黒髪を揺らす冬華は、深く息を吐き意識を集中する。すると、天童は不思議そうな顔をする。


「アレが、父上の言っていた……」


 細い目を見開く天童に対し、ジト目を向ける剛鎧は小さく首を傾げる。


「どっからどう見てもただの女の子にしか見えないぞ? 本当に、英雄なのか?」


 と、剛鎧が疑問を投げ掛ける。すると、天童は小さく首を振る。


「人を見かけで判断するのは良くない」

「いや、まぁ……そうだけど……女だぜ?」


 剛鎧は苦笑する。まさか、英雄が女だとは思っていなかった。

 だが、冬華はそんな二人の話し声は聞こえていない。その目が見据えるのは、二人の更に奥、龍魔族の中で佇む二つの影。小柄な和服の少年水蓮と、淡い蒼の髪を揺らすエルドの姿だった。

 二人を救う為に必要な事。それは、神の力。あの力を使わなければ、二人を取り戻す事は不可能だ。恐怖が冬華を襲っていた。あの時の痛みが蘇る。それでも、冬華は深く息を吐き、心を無にする。


(大丈夫……きっと、大丈夫……)


 自分に言い聞かせ、冬華は槍を強く握った。

 そして、天童と剛鎧の二人は理解する。その強い意志を宿した瞳を見て、彼女が本当に英雄なのだと。


「では、予定通り、私はこっちを片付ける」

「なら、俺はこっち側を。英雄さんの道を切り開こうじゃねぇか」


 二人は知っているのだ。彼女が目的とする人物を。それは、直感――いや、冬華の強い眼差しで、気付いたのだ。彼女がここに来た理由と、目指すモノを。

 だが、二人が動き出す前に、龍魔族の間を縫う様に小柄な影が駆け抜ける。一瞬の事で、冬華も気付くが遅れた。水蓮が瞬功を使い、駆け出したのに。それを探そうと、冬華はエルドから視線を切る。だが、それが間違いだった。視線を外した瞬間にエルドも動き出し、完全に冬華は二人の姿を見失う。


(しまった……二人の姿を……)


 冬華もようやく、自分のミスに気付く。視線を激しく動かし、何人も居る龍魔族の顔を確認する。

 だが、冬華が、二人の姿を見つけるよりも先に、天童と剛鎧が二人とぶつかり合った。

 一瞬の後に龍魔族の間を駆け抜けた水蓮が、二人へと飛び出す。いち早く反応を示したのは天童だった。右手に持った刀を振りきり、水蓮の放つ太刀を受け止める。金属音の後に広がる衝撃が、二人の髪を揺らす。


「兄貴!」


 広がる衝撃に、剛鎧が思わず天童の方へと視線を向ける。だが、すぐに天童が怒鳴った。


「気を抜くな! 来るぞ!」


 轟く怒声で、剛鎧も気付く。迫る一つの足音に。そして、すぐさま放つ。その肩に担いでいた大剣を一直線に、地面へと。

 重い轟音と共に、衝撃が広がる。それから僅かに遅れ、砕石が弾け、土煙が舞う。一瞬で距離を取るエルドと水蓮に、天童と剛鎧も土煙の中から飛び出す。


「どうやら、あの二人が、主力か……」

「でも、あのちっこいのは、魔族じゃないぞ?」


 剛鎧が訝しげな表情を水蓮へと向ける。天童も聊か納得できないと言う表情だったが、考えている余裕はなかった。一瞬にし、土煙の中を突っ切り水蓮が二人の視界へと飛び出してきたのだ。

 天童も剛鎧も突然の事に反応が遅れる。


「剛力」


 水蓮の僅かな声が二人の耳に届く。そして、その腕が薄らと光を帯びる。


(肉体強化!)

(兄貴の刀じゃ、防げねぇ!)


 剛鎧が一瞬で判断し、二人の間へと大剣を振り下ろす。だが、刹那――。更にエルドが土煙から飛び出した。


(くっ! 誘い込まれた!)


 剛鎧は表情をしかめる。すでに、エルドは剛鎧の懐へと潜り込んでいた。そして、無防備な腹部へと剣を突き出そうと肘を引く。

 だが、その瞬間、天童は右手で剛鎧の頭を引く。剛鎧もこの行動を予期したのか、そのまま身を低くする。すると、天童がその背中に反転し背を預け、そのまま、左手の刀をエルドへと振り抜く。

 僅かな金属音が響き、剛鎧の大剣が水蓮の刀で強打され、弾かれる。同時に剛鎧の体勢が崩れ、背中に乗る天童もバランスを崩した。


「くっ!」

「チッ!」


 二人は単音の声を吐く。そして、天童はそのまま更に反転し、地面へと着地しエルドをけん制する。一方で、地面へと手を着いた剛鎧はそのまま地面を蹴り、前転しすぐに立ち上がった。


「はぁ……び、びびった……」


 僅かに肩を揺らす剛鎧が、ゆっくりとその顔を水蓮とエルドの方へと向けた。流石に、今のは間一髪だったと、天童も安堵した様子で肩を落とす。

 静まり返る。先程の攻防が嘘のように、沈黙していた。

 武器を構えなおす天童と剛鎧は、息を整える。と、そこに、一つの足音が近付いてきた。二人の背後からだった。すぐにその足音の主を理解し、剛鎧は大剣を肩へと担ぎ、天童は二つの刀を下す。そんな二人の間で足を止めたのは、冬華だった。


「ごめんなさい。この二人は……」

「話は、父上から窺っています」

「父上?」


 右隣の天童へと顔を向けた冬華が不思議そうに呟く。すると、その反対側で剛鎧が胸を張り鼻から息を吐き答える。


「天鎧が俺らの親父なんだよ」

「…………俺ら?」


 冬華が更に訝しげな表情を浮かべ、剛鎧の方へと顔を向けた。ニシシと無邪気な笑みを浮かべる剛鎧は、自分の顔と天童の顔を交互に指差す。

 頭が働かず、何を言っているのか上手く理解出来ない。そんな冬華に対し、天童が困ったように笑う。


「私達は、天鎧さんの養子なんですよ」

「え、えぇぇぇっ! よ、養子!」

「そうそう。ニシシッ」


 悲鳴のような声を上げる冬華に、剛鎧が子供の様に笑った。

 緊迫した戦場の中で、その一帯だけ明らかに空気が違っていた。

 驚き混乱する冬華は目を回し、天童と剛鎧の顔を交互に見据える。そんな三人の光景を黙って見据える水蓮とエルドに、天童は訝しげな表情を浮かべていた。

 まるで、何かを待っている様に思えたのだ。

 冷静に状況を分析する天童は、静かにその視線を水蓮とエルドへと向ける。


「おかしいですね……」

「だな。攻撃してこないなんて――」


 と、剛鎧が呟いた時だった。静かな笑い声がその場を包む。幼い子供の様な笑い声が。


「な、何?」


 驚き顔を上げる冬華の視線の先に、一つの影が映る。空中に浮く真紅のローブをまとう男の姿が。魔術師の様な服装のその男に、冬華は眉間にシワを寄せた。

 水蓮とエルドの間に、魔術師は降り立つ。フードを被っている為、顔は見えない。だが、その体が放つ異様なまでの魔力に、天童と剛鎧は思わず武器を構える。


「な、何だコイツ……」

「まさに、化け物……」


 額から汗を滲ませる天童は、その手を震わせる。そして、剛鎧も、その瞳が揺らいでいた。

 天童も剛鎧もそれなりに力を持っているからこそ、その魔術師の強さをハッキリと分かる。この魔術師の力に、自分達が遠く及ばない事を――。

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