第10話 魔族の襲撃
昼過ぎ、二度目の鍛錬の時間を向かえ、冬華は兵団宿舎前へと急いでいた。
隣りでは膨れっ面のセルフィーユが浮遊する。まだ、冬華が鍛錬を受ける事を認めていないのだ。確かにこの世界で生きていく上で、冬華にはそれなりの戦闘技術が必要になってくる。その事はセルフィーユ自身も良く分かっていた。だが、それでも、冬華に危ないマネはさせたくなかった。
自分でもどうしていいか分からず、結局冬華の鍛錬を認めるしかない状況だったのだ。
それ故に、不機嫌な顔で冬華の横を浮遊しているのだ。
「もう。そんないじけないでよね。私だって、必死なんだから」
『そんな事分かってます。けど、だからって、毎度あんな怪我をされては……』
「分かってる。けど、光鱗って言う自己防衛の技も使いこなせる様になりたいし、実践で使えなくて死ぬのは嫌でしょ?」
ニコッと笑みを浮かべた冬華に、『それはそうですけど……』と、上目遣いでセルフィーユは呟いた。
諦めた様に両肩を落とすセルフィーユに、「大丈夫よ」と笑う冬華。光鱗が完璧に使える様になれば、実践でも戦えると確信があった。それが、セルフィーユにとって一番の心配でもあった。
英雄と呼ばれる冬華が実践でも戦える程の力をつけたとなれば、間違いなく――。
「あっ! 英雄様! こちらに居ましたか」
若い兵士が一人、冬華を見つけると、駆け寄り深々と頭を下げた。
「えっ?」
「失礼します。国王がお呼びです。謁見の間にお越しください」
突然の事に困惑する冬華だが、兵士は気にせず言葉を続けた。
兵士のその言葉に、セルフィーユの表情が僅かに曇り、下唇を噛み締める。
(まさか、こんな早く……)
嫌な予感にセルフィーユは眉間にシワを寄せたまま冬華の横顔を見据える。そんなセルフィーユの心配を他所に、冬華は腕を組み顎に右手を添えると、「何だろう?」と可愛らしく首を傾げた。
その後、兵士は一度頭を下げ足早にその場を去って行った。冬華も軽く会釈し、兵士の背中を見送った後、謁見の間の方へと向きを変えた。
「とりあえず、行ってみようか」
明るく冬華がそう言う。だが、セルフィーユは返答しなかった。胸騒ぎがして、冬華の声など聞こえていなかった。そんなセルフィーユの態度に、まだ鍛錬をする事を怒っているのだと思い、冬華は気にせず謁見の間へと急いだ。
謁見の間へと近付くと、僅かに開かれた扉の向こうからクリスの怒鳴り声が聞こえた。
「どう言う事ですか! 私はその様な話、聞いていません!」
「貴様に話す必要は無い。決定権はワシにあるんだ」
荒々しいクリスの口調に対し、国王ザビットは僅かに濁りのある声で一喝する。
悪いと思いながらも、冬華は扉の後ろに身を隠し、僅かに開いた隙間から中を窺う。そこには、玉座に腰をすえるザビットとクリスの姿があった。
白銀の髪を乱しながら、呼吸を荒げるクリスは、大きく腕を振るい更に怒鳴る。
「現段階で部隊の出撃に対し、決定権があるのは私です! あなたではない!」
「ふっ。何を言う。ここはワシの国。最終的な決定はワシが下す。一兵士の分際でワシに逆らう気か?」
そう言い放ち、ザビットは鋭い眼差しをクリスに向けた。その言葉に「くっ!」と声を漏らし、クリスは唇を噛み締める。所詮は兵士。例え部隊の副隊長と言えど、国王の前ではそれだけの存在でしかない。拳を握り、怒りを堪える。
「分かったら、とっととあの英雄を連れて来い。今すぐにだ」
「…………」
強い口調のザビットに、クリスは返答しなかった。これからの事を考えると、まだこの国でやらなければならない事が沢山ある。だから、ここでザビットに逆らって、ここを追い出されるわけには行かなかった。しかし、現段階で冬華を戦場に出すなど、死なせに行く様なモノだと分かりきっていた。
俯き、考える。今、自分にとって何が大切なのかを。自分のすべき事を。
そして、覚悟を決め顔を上げる。ザビットの目を真っ直ぐに見据え、唇が僅かに開く。と、突然扉が開かれ、冬華が謁見の間へと転がり込んだ。
「あいたたたっ……」
「と、冬華様!」
振り向き、慌てた様子で冬華に歩み寄るクリスの横を一人の兵士が通り過ぎ、ザビットの前へと跪く。
「ザビット様! た、大変です!」
兵士の声と同時に爆発が起き、城が僅かに揺れた。
「な、何事だ!」
玉座から立ち上がったザビットの怒声が響き、セルフィーユが冬華の前へと姿を見せた。
『た、大変です! 魔族の襲撃です!』
「襲撃?」
体を起こし頭を抑えながらそう呟くと、クリスが真剣な表情を浮かべ、部屋を飛び出した。廊下に出てすぐ傍の窓から外を見回す。冬華は立ち上がると、すぐにクリスの後に続いて廊下へと出た。「いててて」と小声で呟きながら窓の外へと目を向けると、先程の兵士の声が耳に届く。
「魔族が、断崖絶壁を越え、城内へ侵入した模様です! 数は一。現在、城内に居る兵、総動員で討伐に向かっています!」
「くっ。あの崖を越えてじゃと……。貴様等は何をしていたんだ! そんな奴に何故気付かなかった!」
「す、すみません! 上手く死角を突いて登ってきた様でして……」
ザビットの怒声に、ビクビクしながらそう返答した兵士を突き飛ばし、ザビットはクリスの方へと足を進める。現在、この城内にいる兵士は殆ど戦力になるとは言えぬ者ばかりだった。防衛に対し、絶対的な自信があったザビットは、戦力の殆どを魔族討伐に行かせ、城の防衛をないがしろにしていたのだ。
ゆえに現段階で一番の戦力となるのは――
「クリス! 貴様、何をしている! とっとと、英雄殿を連れて城内に侵入した魔族を始末しろ!」
ザビットの言葉に、クリスは静かに振り返り、
「お断りします。私は本日、この時を持って、この騎士団の脱退し、冬華様の配下となります!」
「えっ! えぇぇっ!」
クリスの突然の宣言に、一番に声を上げたのは冬華だった。力になりたいと言っていたが、まさかこんな事になるとは思っていなかった。
動揺し、「えっ? えっ?」と声を上げザビットとクリスの顔を交互に見る。ザビットの額に青筋が浮かび、握った拳を振り怒鳴る。
「ふざけるな! そんな事認めん! 貴様は、ワシの――」
ザビットが言葉を呑んだ。喉元に向けられた切っ先が僅かに日光を浴び輝く。
一体いつ、何処から抜いたのか分からなかった。前にも思った事がある。クリスは突如として剣を抜く。初めて会った時も、いつの間にか剣を抜き、いつの間にか納めていた。幾ら抜刀が早いと言っても、これは早過ぎだ。武芸に優れたわけじゃないが、それ位冬華にも分かった。
息を呑むザビット。喉仏が僅かに上下し、切っ先に触れる。薄らと皮膚が裂け血が滲んだ。
冷ややかで鋭い眼差しがザビットへと向けられ、周囲は緊迫した空気に包まれた。ザビットの斜め後ろに立つ兵士は、僅かにうろたえながらも腰の剣を抜き叫ぶ。
「お、おやめください! クリス副隊長! い、幾らあなたでも、ザビット様に刃を向けるなら――」
「…………斬れるのか? 私を?」
静かな口調で述べると、兵士は「ひっ!」と声を上げ半歩下がった。
勝ち目が無い事など、彼は分かっていたからだ。この城に残っている兵士は皆、彼女クリスの部下。彼らに戦い方を教えているのも、クリスだ。ゆえに、彼女の強さ、恐ろしさを一番知っているのも彼ら兵士達だった。
「くっ! 何をしておる! 早くコイツを斬れ!」
臆する兵士を鼓舞する様にザビットは怒鳴るが、若い兵士は手を震わせ、ただそこに立っている事しか出来なかった。それ程までにクリスの放つ威圧感が周囲を支配していた。
暫く『ゲート~白き英雄~』の更新が滞ると思います。
今回からクライマックスが近い『クロスワールド』の更新ペースを本格的に上げていこうと思っています。
なるべく、更新していくつもりですが、本当、申し訳ないです。