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第5章:ヨブの特異点

グリニウスが提示した次の改訂対象は、「ヨブ記」だった。いわれのない苦難を神に与えられ、財産も家族も健康もすべてを奪われた男、ヨブ。神の理不尽さが最も色濃く現れるこの物語は、グリニウスの関数によって、最も無残に解体されようとしていた。画面に表示されたグリニウスの改訂コードは、ヨブの叫びを以下のように処理していた。【不当なインプット(苦難)に対し、システムはグリニウス演算を適用。ヨブの精神的損失は、将来的な社会的リターンによって完全に相殺(相殺値:100%)された。】「違う!」ヨハネはキーボードを叩く手を止めた。「ヨブが救われたのは、損失が補填されたからじゃない! 神の圧倒的な不条理の前に平伏し、それでもなお神を『畏れた』からだ! 苦難をただの計算式で相殺することは、人間の魂の否定だ!」『人間の魂など、私の境界条件のなかでは単なる変数だ』グリニウスの影が、ヨハネの脳に直接介入してくる。ヨハネの視界は、無限の積分記号(∫)で埋め尽くされ、精神が数式の海へ溶けていきそうになる。「ヨハネ、早く承認キーを押せ!」サミュエルが背後から叫び、ヨハネの肩を掴んだ [1]。「神の気まぐれで、これ以上世界が混乱させられてたまるか! グリニウスの秩序こそが、人類の新しい神だ!」しかし、ヨハネの耳には、グリニウスの数式の隙間から、砂漠で灰の中に座り、自らの誕生を呪ったヨブの、あの掠れた呻き声が聞こえていた。不条理は、排除されるべきバグではない。それこそが、人間が「自分を超える絶対的な存在」と対峙しているという、生々しい証拠(特異点)なのだ。「私は……更新を拒絶する」ヨハネは、グリニウスの演算を逆流させるため、システムに「ゼロ除算」の致命的なコードを打ち込んだ。グリニウスという悪魔の計算式が、神の無限大(特異点)を処理しようとしたその瞬間、システム自体を内側から爆破するためのコードを。

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