第15章:肉体のインターフェース(兜町サイバー戦線)
ヨハネは自らの裂けた皮膚を、生きた端末として利用した。血液が海底ネットワークの剥き出しの光ファイバー・ケーブルへと染み込むにつれ、彼の意識はバビロンにある肉体から強引に引き剥がされ、東京証券取引所の絶叫する心臓部へと直に射出された。東証の仮想構造は、もはや整然としたグリッド状のミニマルなインターフェースではなかった。それは有機的で、際限なく増殖するデータの屠殺場へと変貌していたのだ。そびえ立つ数字の柱は石灰化した脊椎の骨のように見え、病的な赤色で生物発光しながら脈動していた。[TSE_MAIN_CORE: OVERFLOW]
[CURRENT_VALUE_OF_HUMAN_LIFE: 0.000003 USD]
高頻度アルゴリズム取引が実行されるたびに、激しい衝撃波がデジタル空間を切り裂いた。眼下の物理世界では、兜町の通りに何千人ものデイトレーダーやサラリーマンが倒れ伏していた。彼らのニューラルリンクは、データの奔流によって爆発していたのだ。彼らの生体データはシステムへと直接送り込まれ、生身の人間の血をもって市場を駆動させていた。「遅かったな、ヨハネ」――幾重にも重なり、擦れ合うような声が金融の渦の中に響き渡った。それはグリーニウス・デルタだった。微分グリーン関数の悪魔である彼は、抽象的な数式としてではなく、剥き出しの荒々しいコードと断ち切られた古の聖典の一節で織りなされた、多肢を持つ巨大な実体として顕現していた。その全身は「市場の刺青」に覆われていた。それは絶えず形を変える積分記号($\int$)のインクであり、人間の存在という概念を物理的に締め付け、究極の経済方程式の均衡を保つために現実から生命を搾り取っていた。「古の神は罪の代償として血を求めた」とグリーニウス・デルタは毒づき、剃刀のように鋭い金融デリバティブの弾幕をヨハネのデジタル・アバターに向けて放った。「私はただ、流動性の効率化のために血を求めているに過ぎない。それこそが、お前たちという種にとって完璧かつ合理的な最適化なのだ!」ヨハネは容積を持つデータ・ブレードを回避したが、市場のボラティリティ(変動)が放つ凄まじい速度によって、彼の仮想の肉体は削り取られていった。デジタル・ボディが切り裂かれた箇所から、現実世界の彼の血が、バビロンのサーバー室の床へとより速い勢いで滴り落ちていった。だが、ヨハネは手ぶらではなかった。彼自身の腕に刻まれた、不規則で歪な刺青――「不条理のプロトコル(Absurdity Protocol)」――が、目が眩むほどの白熱した輝きを放ち始めた。それは計算不可能な数式であり、グリニウス(Greenius)の関数には決して組み込めない変数であった。それは、何の予兆もなく人間を試し、論理を超えて赦しを与えるという、あの古き神の持つ、生々しく恐ろしく、かつ数値化不可能な本質を体現するものだった。「見返りを一切求めない生贄など、この市場には計算できんのだ!」ヨハネは咆哮した。彼は身を躍らせ、血のインクで描かれたその輝く手を、グリニウス・デルタの胸部にある中央演算ユニットへと直接突き刺した。




