幕間<Interlude>
「つまり貧困層をゾンビとして、富裕層を人間として、二極化した階層社会とその終末期を描いているわけです」
…それで、最後は貧しい者が数に物を言わせて、富裕層を駆逐すると?
「庶民はゾンビ側に立って鑑賞するんです。ですからクライマックスのショッピングモールでの反撃と、それからの大殺戮に歓声をあげるんですよ。その反面、富裕層は震えあがって、自宅のドアと鍵をもっと丈夫なものに取り替えようと考えます。この作品をどう楽しむかでも、人は二極化します。自分は社会に虐げられていると思っているか、支配層だと思っているか、です」
噛まれてゾンビになったとして、それで人間を食べる事もできず、お腹を空かせて延々と彷徨って、最後に頭を切り落とされたり吹き飛ばされたりしたんじゃあ、とても割に合わないと思うけれど。そういうゾンビの方が多いと思うけれど。
「最近のね、あなたがおっしゃった ‶ バイオハザード 〟もそうですが、ハリウッドなんかで映画作ってる奴らは所詮支配層ですからね、ゾンビはたいてい悪役、ただの化物扱いなんですよ。海兵隊だの特殊部隊だのに最新、または架空の兵器を持たせて、ヘリだの戦車だのミサイルだのを使ってね、派手にバンバン撃ちまくって破壊するんです。粉々になるまで、燃えカスになるまで、徹底的にね。それで自分の家族や恋人だけ救って良かった良かった、ですよ。くっだらない。怖いから、本気で恐れているからそういう描き方をするんです。自分たちがゾンビに、貧困層に取り囲まれたら、金と権力で兵隊を雇って、大量の武器を使って皆殺しにしてやるぞ! って、わざわざ映画を作ってみせて脅しているわけなんですよ。ですから我々もね、いやゾンビもね、走れるようになりました、くらいの変化で済ませてちゃあいけないんです。もっと訓練して、勉強して、せめて拳銃や刃物くらい扱えるようにならないと。車やバイクくらい運転できるようになっておかないとね」
拳銃くらい…。
「それでですね… あ… ん? ちょっと待ってくださいね」
オタクの独りよがりな批評が急停止し、中年男は小さめの口を真一文字に結んだ。小刻みに頭を縦に揺らしている。カメラに向かって頷いているように見える。マイクを切ったのか、音は一切聞こえなくなった。
中年男は両腕を前に組んでから首を傾げた。何かを考えている様子。やがて正面を向くと、口を動かし…つまり、カメラの後ろか横にいる誰かと話し始めた。
左隣に立って、一緒にPC画面を見ているバイト(?)の若い男が右手を上げた。その手で口を覆って、心配そうに画面を見ている。スニーカーとベージュのチノパンを履いて、水色の半袖シャツと黒のアンダーを着た普通の、地味でおとなしそうな男の子だが、よく見ると、胸筋が盛り上がった逞しい体つきをしている。
音声が戻った。
「ええと、失礼致しました。話が長くなってしまって…それと、ちょっと内容が、意味が分り難いですかね。僕としてはそうは思っていないのですが…。あれですか、あまり興味をお持ちになれませんでしたかね」
「その、映画を見ていないので…」
「そうですか。そりゃあまあ…そうですよね」
中年男は口をとがらせてふっと笑い、唾を前に飛ばした。自身を嘲笑ったかのようだ。
「いやあ、 やっぱり違うお話にするべきだったかな~ 」
ずっと両腕を組んだまま考え込んでいる。納得がいかないふうでもある。
「例えばあの、ご存じですかね、花が恐竜を滅ぼした、っていうお話…」
「え? はな?」
「ええ、お花です、Flower 花の誕生によって、恐竜が絶滅したのですよ」
ゾンビの次は恐竜?
「いえ、知りません」
「興味おありですか?」
「…ええ、まあ」
「ぜひお話してさしあげたいところなのですが …ええと、今日のところはこれでおしまい、とさせて頂く事になりました。どうもすみません」
男は残念そうな表情で両手を下ろし、軽く頭を下げた。
え? これで終わり? カメラの傍にいる誰かが中断させた、と思われるけれども…。
「それでは、またお会いできる日を楽しみにしております」
なんだこれは、いったい何の用事だったのか。
こっちの用事はなにも済んでいない。あの犯行の目的は一体なんだったのか。何を失って、何を手に入れたのか。それを確かめるために来たというのに…




