第2幕 新入者<Second Intruder> Part 3
あの制服警官…達は、おばさんの、最初の男の仲間だったのだろうか。しかし、犯行目的は不明として、パトカーの擬装だなんて、そこまで大掛かりな仕掛けをするほどのものなのか。本物の警官がグルという可能性は?…偽パトカーや偽警官よりも考え難い。単に危険な運転をしていた夫に対して、厳重注意を促しただけのものだったのか。
もしも他に仲間がいるとすると、監視されていたと考えられる。最初の侵入者が現れた時から、あるいはその前から、そして今もずっと…。
周囲を取り囲んでいる車のどれか、あるいは複数台が、交代を繰り返してずっと後をついてきているのかもしれない。おばさんは、最初の男もまた、時おり帽子で覆ったこめかみや耳に手をあてて、何かを考えているような仕草をしていた。あれは耳にイヤホンをつけていて、指示を聞いていたのではないだろうか。だとすれば、仲間はどれくらいいるのだろう。いずれにせよ、夫婦より多い事は間違いない。
ハンカチは血を吸って濃い紫色になっていった。おばさんは皮膚を薄く切っただけと言って、実際そのとおりではあるが、浅くともそれぞれ3~4センチの切創に対して、圧迫止血のみの処置ではあまりに不十分だった。
16時17分。雨は小康状態だが、さらに暗くなっている。ヘッドライトを点灯させる車が徐々に増えていった。オーディオはおろか、ラジオも許されなかったため、その後はおばさんの声以外、夫のため息や舌打ち、妻の呻きは、息を止めているかのように消えていた。
おばさんの昂った感情はなかなか収まらず、指示以外に、荒い息づかいとマスクが収縮する音を鳴らし、また無関係な話をぶつぶつと口走っていた。その内容はおばさんの身の回りの事に対する不満…愚痴のようだった。やはり結婚していて、子供が、息子がいるみたいで…いや、離婚しているのかもしれない。
住宅街らしき通りに入っていった。狭く、街灯も少ないため運転が難しくなっている。
「ゆっくり、慎重にね! 事故を起こしたり、擦ったりしたら許しませんからね!」
夫は時速20キロ以下で運転させた。徐々に上り坂になっている、また登山道路なのだろうか。さっき走っていた道にあった案内標識の地名や道路名はいずれも馴染みがなく、また緊張とパニックの連続のせいでなかなか冷静になれないため、夫婦は自分たちがどこにいるのかまったく分からなかった。
またも左側に約200平方メートルほどの半月型の空き地があって、端に仮設トイレが置かれてあった。今度はプレハブがない。案の定、おばさんは「そこへ車をとめなさい」と言った。
やはり仮設トイレまでまだ20~30メートル程の距離がある位置で止まり、エンジンを切るよう言われて、夫は素直に従った。
「トイレ休憩です。かわりばんこでね。はい、どちらから行きますか?」
「…つ、妻を先に」
「はい正解、レディーファーストです。少しは夫の役割をわかっているのね」
まるで教育者のような口ぶりだ。
「わたしは…いいです。この足じゃあ、2分で戻れないかもしれないから」
「何よ~、わたしが悪いって言うの? べつに何分かかったって構いやしませんよ」
「いいです」
「そう、勝手になさい。ったく、嫌みったらしいわね」
その後も小さい、しかし聞こえるボリュームで愚痴を言い続けた。
〝 優しくしてあげてるのにつけあがって 〟
〝 だから若い人は嫌いなのよ、甘ったれた事ばかり言って 〟
「じゃああなた、さっさと行ってきなさい」
「は、はい」
最初の頃と随分気性が変わっている。こっちが本性なのだろうが。
〝 これからっていう時に、もう終わりだなんて 〟
〝 こんなんじゃ碌な評価をしてもらえないじゃないの 〟
〝 もっとできるのに やる気あるのに 〟
シートベルトを外して、夫は車から降りた。が、おばさんは降りなかった。車から1メートル離れても、5メートル離れても。しかし、妻には銃口が向けられているだろう。走っている車は少ない上にすべて通り過ぎていってしまうし、歩いている人はいない。住宅もかなり離れているだろう。身を隠すならば森林に紛れるしかないが、そんな事をすれば妻がどういう目に遭わされるか。撃ち殺されるか、それとも切り刻まれるか。 夫は度々車を振り返りつつ、小雨の下を歩いた。そして1分近く熟考した後、仮設トイレに入る事を選択した。
また5分かかって、夫はトイレから出た。助手席のドアが開いていて、妻が体を外に向けていた。その手前で、地面に片膝をついてしゃがんでいる人がいる。黒い服を着て、帽子を被っているが、女の体格じゃない。つまりおばさんじゃない。
またか… まだ続くのか、と夫は後悔した。
次回
幕間<Interlude>
&
第3幕 熟練者<Expert>Part 1
は3月上旬投稿予定です




