表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Flower  作者: Machio
7/18

第2幕 新入者<Second Intruder> Part 2

 上下を白と黒に塗られたの国産乗用車が右を走行している。近すぎて見えにくいが、フロントとリアのドアに渡る白地の部分に、おそらく〝 群馬県警 〟と記されていたと思う。

 助手席に座っている制服姿の警官が、夫を見ている。夫もまた、細かく何度も顔を向けていた。合図を送っているつもりだった。

「いけませんよ!」と、おばさんが甲高い声と厳しい口調で制した。

「それ以上やると、奥さんを撃ち殺さなくちゃなりません!」

 ドアに右肩をつけて、おばさんは両手で銃を構えた。サイレンサーの先は妻の頭に向けられている。

「き、聞いているんですか!? 奥さんの後は、あなたを撃ちますよ!」

「なにがいけないんだ! 言うとおりに運転しているだけじゃないか!」

 自分を撃つと言われてから、夫は反応した。

目くばせ(・・・・)を送っているでしょう!」

「そんな事していない! 隣にパトカーが来たら、つい見てしまうのは普通だ。わざと目を逸らせていたら、余計に怪しく思われる」

「大きな声を出さないで! そっ、そう言われればそうかも知れないですね。でも、もう十分でしょうから前を向いてください。それからゆっくり離れていって…」

「二車線しかないんだ。速度を上げるか下げるかしない限り離れられん」

「後ろを向かないで! じゃあそのまま、向こうが離れるまで安全運転を!」

 夫は返事せず、かといって歯向かわずに、顔の向きを前に固定した。パトカーはその後たまに前後にずれたが、しばらくの間並走した。警官は何度も夫の横顔に目を向けていた。

 夫は妻に横目で合図した。自分の代わりに警官に合図しろ、との意図だ。妻はわずかに振り返る。小刻みに震えている銃口を見て、夫の横顔を睨む事で返した。もちろん拒否だ。

 夫はハンドルから右手だけ離して、自分の鼻を掻いた。しかしそれはカムフラージュで、その人差し指は肩越しに後部座席を指さしていた。何度もそれを繰り返し、それと合わせて顔も小刻みに振って、警官に視線を送る事を繰り返した。

「ちょっと! 気づいていますよ!」

 おばさんが、本気で怒った口調になったが、夫はやめなかった。

「いい加減になさい! 死にたいんですか!」

 夫は賭けに出たのだ。おばさんに人を殺す度胸はない。銃が本物だとしても、それを扱う能力はない。たとえ妻を撃ったとしても、その後車外に出た夫を狙えるほどの腕前はない。そして警官に逮捕されるか、射殺されるだろう。

 今度は左手をハンドルから離した。シートベルトを外そうとしている。急ブレーキを踏んで、すぐさま車外に出ようとしているのだ。一応事前に合図らしき顔(眉と口をゆがめた)を妻に見せた。銃口を向けられているのに、ベルトを外す動作をできるはずがない。妻は小刻みに頭を振ったが、夫はさらにゆがめた、怒りを込めた表情を向けた。

 妻は気づいて、左手で指さした。それは夫を通り越して、窓の外に向けたものだった。道が混んできて、周囲を含めて速度はかなり落ちていた。異様に接近していたパトカーのウィンドウが開いて、助手席の警官が呼びかけている。

 夫が困惑していると、おばさんは「窓を開けて、適当に話してやり過ごしてください」と言った。ウィンドウを開けると、警官は「大丈夫ですかー!」と声をかけた。最大のチャンスであり、最大の危機でもあった。夫は「あ、はい」と答えた。言われた通りやり過ごすのか、また助かる機会をスルーしてしまうのか。

「安全運転でお願いしますよー!」

 大きな声を出した警官は、帽子を目深にかぶっていて、白いマスクを付けていた。運転席の警官もまた、陰に隠れて顔がよく見えない。警官はマスクの前に右の人指し指を立てて、それを左右に二度ゆっくり振った。その後ウィンドウを閉めた時、後部座席に視線を動かしたように見えた。

 交差点に差し掛かり、パトカーは右折するために停車し、距離が開いていった。

「窓を閉めて! ハンドルの上に両手を置いて!」とおばさんが怒鳴る。夫は従うしかなかった。


 それからも直進が続いた。渋滞が収まっていって、速度は時速50キロまで上がった。

「言う事を聞かないで、わたしを軽く見ていましたね。バカにしていましたね」

 ため息で返した夫に、おばさんはさらに怒りを募らせた。

「かわいそうですけれど仕方ありません、イエローカードです。2枚揃いましたので、ええ、罰です、ペ、ペナルティですね。ええ、これはもうね、仕方ありませんからね」

 泣いているかのように言葉は詰まり、声が震えていた。それからおばさんは身を乗り出す。左手で銃を持って、右手で上着のポケットから何かを取り出した。

「奥さん、ごめんなさいね。こ、こんな事、したく、ないんですけれど、ほんとに、ほんとにごめんなさい」

 何かを握ったままの右手を伸ばし、2本の指で妻のスカートを強引にまくると、グリップから飛び出した刃先をさっと滑らせて、白い太腿に赤い線を引いた。線はたちまち太く、広くなって、波を象った。

 ああっ!と妻は叫んで、すぐに両手を重ねて傷口を覆った。

「な、何をするんだ!」

 夫は怒鳴ったが、頭に銃を向けられて「黙って運転しなさい!」と凄まれると、硬直したまま前を向いた。

「あなたのせいですよ! 奥さんがこうして痛い目に合うの、あなたのせいです!」

 おばさんはさらにさっき傷つけた箇所の先、膝に近い部分に刃先に当て、✔を入れるかのように手首を回した。

 妻はまたうめき声をあげて、身をよじっておばさんに背を向けた。

「ああっ スカートに血が付いちゃうから動かないで!」そう言ってナイフをまたしまうと、同じポケットから出した青いハンカチを妻に差し出した。

「これで強く抑えて!」

「わ、わかった、謝るから、もう二度としないから、どうか、許してくれ」と、夫がかすれた声で懇願した。おばさんに向けてというよりも、神仏に縋っているようだった。

「夫の不始末をね、妻はいっつも辛い目に、痛い目に合いながら片づけているんですよ! それをわかっているんですか!? 奥さんが黙っておとなしくしているのに、どうしてあなたはそんなふうに反抗的なんです! 自分でなんとかできるなんて思ったんですか? 女相手なら勝てるなんて思ったんですか? 命を賭けるなんてできないくせに、妻の命ならどうなってもいいと? なんて卑劣なんでしょう! なんて自分勝手なんでしょう! それならほら、今この銃を奪ってごらんなさいよ!」

 右手に持ち替えた銃口を夫の腹に押し当てた。引き金に指がかかっている。

「す、すまん、言う通りするから、どうか落ち着いて、許して…ください」

 夫はかすれた声で懇願し続けた。脅えて、慄いている。無理もない。顔を隠していても伝わる。おばさんは興奮している。異常と言えるほどに怒っている。

「あ、あなたも、いつまでも痛い痛いなんて言ってないで、もっとしっかりしなさい! 女はね、主婦っていうのはこんな事くらいで泣いてちゃ、この先とても務まらないものなの! あなたがもっとしっかり夫にね、わたしの言う事に従うよう強く言っていたら、こんな事にならなかったのよ! まったく、二人ともだらしないのよ!」

 先の侵入者と比べて、危険度ははるかに高いと知った。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ