序幕<Prologue>
中編(全15エピソード予定)
リアルサスペンス
合計4~5万文字程度になる予定です
13インチほどのノートPCのボリュームは、フル画面に映る男の徐々に大きくなっていった、やや耳障りな濁声に見合っておらず、それを用意した若い男はタッチパッドで調整した。画面が縮小されてちらりと見えたデスクトップ画面には、いっさいアプリが表示されていない。その後若い男の頭が画面を覆い、動画がインターネットを介したものなのか、Bluetooth等の近距離無線で繋げられたものなのか判別できなかった。映っている男は構わない様子で話を続けている。ディスプレイの上部にカメラが備わっていた。
オフィスビルのようだが、入居者がいるのかわからない。見かけはずいぶん古くて汚れた…ほとんど廃ビルに見えたが、この5階にある、中央に長机とリクライニングチェアが1脚だけ置いてあった部屋に来るために乗ったエレベーターは、ちゃんと稼働していた。
室内灯がなく、ブラインドが閉じられているが、昼間なので薄明るい。ここに自分を案内した男はまだ二十代前半に見える。もしかするとまだ学生かもしれない。彼はただ私をここに連れてきて、用意されていたPCを操作するだけで割のいい報酬を得る…だけの存在らしい。つまりアルバイトだ。だからたとえ彼が逮捕されたとしても、きっと何も知らないし、何の罪にもならないだろう。
フルサイズに戻った画面に映る…左右に乱雑な白髪交じりの髪を残した禿頭、太いアセテートフレームの眼鏡をかけた、おそらく四十から五十代前半と思われる丸顔の男は、さっきから何を言いたいのか、とりとめのない話を早口で続けている。眼鏡のフレームと色を合わせたかのような茶色の丸首セーター、バストショットだけで冴えないと断罪できるルックスからは、とてもあのような大それた犯罪を企み、主導した人物とは思えない。そもそも、こうして顔を晒すような真似をするはずがない。つまりこの男もまた、ただのアルバイトなのかもしれない。
ここまでおよそ10分間、休まずにずっと話しつづけている。顔の大きさに反した小さい口から度々唾を飛ばしながら熱っぽく語る口ぶりに、私は不快感を覚えている。スポークスマンだとしたら、人選を間違っているとしか思えない。
内容はつまり、彼らの仲間はかなり多く、日本全国に散らばっている、という事だろう。それを何度も、まわりくどい言い方で繰り返している。信憑性についてはまだわからない。
「〝 ゾンビ 〟という映画をご覧になった事はありますか?」
「え?」
「ゾンビです」
「〝 バイオハザード 〟とか?」
「あ、質問はちょっと…」
とバイト学生らしき男が遮る。これで3度目だ。質問したのはあっちの方じゃないか。
「いや、もう構わんよ。聞かれちゃまずい話は、これまでもこれからもないから。でしょう?」
「え? ええ」
これで動画が録画ではない事が判明した。もしかしたら同じビル内に居るのかもしれない。
「バイオハザードは、あれはあれで面白いけれど、娯楽アクションって感じで、ゾンビを用いて描く恐怖については浅いっていうか、薄いっていうか…」
次はどこへ回り道をするのか。
「 原題〝 Dawn of the Dead 〟1978年、ジョージ・A・ロメロ監督による3部作の2作目にして、ゾンビ映画のマスターピースです。ご覧になられていないとしても、知ってはいるでしょう?」
首を左右に軽く振った。
「そうなんだ。へえ~、 あれはもはや一般教養と言っていいと思うけどなあ」
そんなわけない、たかが映画じゃないか。
「ゾンビってLiving Dead、生きている死体、つまりあくまで人間なんですよね。これを忘れて単に怪物として描いてしまうと、却って恐怖が薄れてしまうんですよ。その点ロメロは…」
早口で相手が興味ない話を得意げに、延々と語り続ける。間違いなくオタクだ。
「…あの映画の恐怖は、ゾンビの造形やカニバリズムだけにあるのではなく、少数派に属している事が、圧倒的に不利であるところに気づかされる点なんです」
「え?」
「少数派は、つまり映画においては生者です。ゾンビは死んでいるわけで、脳はほとんど機能していません。だからバカで、愚鈍で、当然刃物や銃は扱えないし、車も運転できない弱者です。だからひどい目に遭うんです。銃で撃たれて、車で轢き潰されて、頭を割られ、首を切られて、人間よりもずっと多く、惨たらしい目にあっているんです。凶暴で残虐なのは、むしろ生きている方なんですよ」
ああ… そういう事か。
「でも、最後はゾンビが勝つんですよ。圧倒的な数で生者を蹂躙し、その腸を貪り食うんです。映画ではわずかに逃げおおせますが、時間の問題、世界はゾンビに支配されるという事を示唆して幕を閉じます」
つまり、そっちはゾンビ側だと言いたいわけだ。
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