武田薬品京都薬用植物園でネタになりそうなお話を聞けました!(2)
先日、武田薬品の京都薬用植物園(※1)の見学会に行ってきました。
友人が応募してくれて2回目で参加が叶い(希望者多数で落ちることもあります)、冬とはいえ温室と展示室が見ごたえのある内容でした!
前回は温室について書いたので、今回は展示室について。
この建物はモダン建築としても大変趣のある洋館です。
写真はnoteに投稿しております。
https://note.com/eagle9052/n/nddca5f79c68a
この洋館、もとは神戸の東灘区にあったもので、阪神淡路大震災で被災し、取り壊す寸前で武田が引き取って移築しました。
館内にあったパンフレット「武田薬品・京都薬用植物園 タケダの文化遺産保全運動のあゆみ」によりますと。
”住友銀行初代支配人などを務めた田辺貞吉が引退後の住居として住吉(神戸市)に邸宅を建設。設計は野口孫市”
その後住友家に譲渡され、住友の関連施設として利用されていました。
1995年の阪神淡路大震災の頃には使われておらず、人的な被害はなくてよかったんですが、建物が大きく損傷し住友としては復旧困難と判断し……。
この野口孫市という設計者は、日本の建築史の第一世代の辰野金吾(東京駅の赤レンガの人です)の次の第二世代です。
その貴重な作品を保存すべきだという声がありました。
そのころ、武田薬品が歴史的建造物の受け入れを希望しており、建築家のアドバイスで、この旧田辺貞吉邸を移築することになったのだとか。
そして、今は武田薬品の京都薬用植物園「迎賓館」として活用されています。
建物の特徴は。
辰野金吾のような第一世代から時代を経て、日本的な要素を取り入れ、木材を多く使っているところ。
天井は、和風建築の格子をモチーフにしたものとなっています。
あ、外壁もハーフティンバーですよ(梁や柱の木材=ティンバーを装飾材として外部に露出させる。半木骨造)。
外壁も「木質シングル葺き」(木でできた鱗が張り付けられてます)。
暖炉のそばにベンチを備え付けてくつろぎスペースとしたところ(イングルヌックとパンフレットにありました)を、案内人さんは「日本の囲炉裏端のようなものです」とおっしゃっていました。
また、同じ野口孫市の作品として、滋賀県に「伊庭貞剛邸(現在は住友活機園)」があります。
この薬用植物園迎賓館にも伊庭貞剛邸にもコの字型の階段があり、シャンデリアがかかっています。
鷲生もそこが素敵だなと思って既に写真を撮影していたので、あとで案内人さんの解説を聞いて「お、鷲生はちゃんと美術的な見どころを抑えてた!」とちょっぴり誇らしく思ってたんですが。
帰宅してみると下からの写真はありますが、写したはずの階段上部のシャンデリアの写真がない! 写し忘れていたのか消してしまったのか。
そのシャンデリア。滋賀の伊庭貞剛邸にもあったのですが、戦争中の金属供出で失われてしまったのだとか。
こちらは残って良かったです。
そう、第二次大戦中は金属供出っつーものがありまして。
金属でできた文化財とか結構なくなってるんですよ(兵庫大仏とかですね。あとお寺の梵鐘とかも)。
だけど、そんなの焼け石に水で……。
日本は資源的に戦争するのにまったく向いてない国なんですよね。
あ、この野口孫市の作品としては神戸の須磨の住友家須磨別邸というのが大規模で有名だったそうですが、神戸大空襲で焼失してしまったとか(「火垂るの墓」で有名な空襲です)。
この野口孫市さん。
見学会から帰ってきて、この記事を書くためにWikipediaで調べてみると、県立第一高等中学校のご出身。
あら、鷲生の母校になった学校です。一気に親近感がわきました。
辰野金吾からも将来を嘱望されていたそうですが、若くして亡くなり、作品も多く残っていません。
ただ、大阪の中之島図書館も野口孫市さんのものだそうです。
さて。
この野口孫市の素敵な洋館の各室に展示が並んでいます。
一室は、神戸の洋画家小磯良平と武田薬品とのかかわり。
武田薬品の広報関係に絵画を提供してたんですよ。
鷲生は神戸生まれの神戸育ちですから小磯良平さんは身近です。ただ、全国区でどれくらい有名なのかは存じあげないのですが……。
今、この文章を書くのにWikipediaで見ると、神戸出身で東京芸大を首席で卒業し、赤坂迎賓館の壁画を任されるなど、日本洋画家界で大きな存在だったようですね。
ただ、群像画を描く画家だったことから戦時中は戦争画を製作しており、戦後に「心が痛む」と振り返っておられたとか。
武田とのかかわりはwikiにも掲載されていました。案内人のお話では武田の偉いさんと個人的な面識があったからだそうです。
wikiの文章は以下のとおり。
”武田薬品工業の機関紙『武田薬報』の表紙に、1955年から約13年間薬用植物画を描き続けた”
展示室にはその13年間の最初の方と終わりの方とが数点並んでいて、案内人さんの解説によると「初めの頃はスケッチみたいなんですが、最後になるほど詳細な描き込みが見られる」とのことでした。
絵皿なんかもありましたよ~。
ええと。
「薬用植物園に行っとるのに、植物の話はないんかい」と思っておられる方もいらっしゃるでしょうか。
でも、案内人さんが結構な時間をかけて説明されていましたものですから(鷲生もモダン建築が好きなもので、それは良かったんですが。※2)。
ただ、そのために展示棟の植物の解説がやや短めになり、それは鷲生も残念に思います。
なお。薬用植物園で生薬を栽培するだけでなく、古文書の類も大阪・道修町に資料館をつくって保存している、とのお話がありました。
生薬の展示としては、古代から近代までのざっくりした解説パネルがありました。
その手前に大きなカンゾウ(甘草)の根がありました。
根がまっすぐなのは筒状の入れ物で栽培したからだとか。
植物園公式ページの「ウラルカンゾウ」の解説によると
「一般用漢方製剤294処方のうち、葛根湯、十全大補湯など最も多い212処方に配合されています。さらに、甘味剤として市販の味 噌・醤油などにも多用されています。」(※3)
別のところにもカンゾウの展示があり、乾燥したものの粒をいくつか案内人さんからいただきました。
その場で口に入れてみましたが、かみしめると甘味が感じられます。
案内人さんの話では上述の解説のように、漢方薬の7割に入っているそうですし、作用を和らげる目的もあるのだそうです。
この解説パネルにありましたが、昔はお薬の種類が多ければ多いほど効果があると考えられていたのが、キナ(マラリアの特効薬、キニーネ)で一変したのだとか。
うーん、歴史ファンタジー小説なら、「多剤処方にこだわる老薬師に特効薬で立ち向かう若き薬師、」んて場面がアリでしょうかね……。
別の部屋の植物の展示スペースに背の高い展示棚があり、上中下の三段に生薬が並べられています。
それぞれの段に並んでいるのが「上薬」「中薬」「下薬」。
「上薬」は日ごろの健康維持のためのもので毎日飲んでOK、「下薬」は病気の治療で作用性が強いものだそうです。「中薬」はその中間。
時間が押していたせいか、その中身についての解説はなかったですが、解説板の写真を撮ってきました。
歴史ファンタジー小説では、急病人を助けるシーンだけでなく、「体の弱いキャラのためにその薬草が欠かせない」などの設定を盛り込んだりできそうですね。
ほかにも、おそらく草木で染めたのであろう布なんかも飾られていましたが、ここで時間切れです。
とーーっても残念、こんなに、ものすっごく面白い展示なのに!
案内人さんにガイドされる見学時間は1時間ほどなので、あまりこの展示棟の植物の解説がありませんでした。
いや、もう、この展示棟だけで1時間くらい時間を取ってほしいです。
それか、ミュージアムみたいに見学者に自由に歩き回る時間をくださるか。
せめてと思い、展示パネルをなるたけ写真に撮影してきました。
ほんっとうにムチャクチャ興味深いところでした。
別のシーズンにも、ぜひぜひ来たい!と思いましたよ。
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※1 武田薬品・京都薬用植物園 https://www.takeda.com/jp/about/local-locations/botanical-garden/
※2 登場人物が京都の洋館をめぐる現代ものの小説も書いております。
「改訂版 京都市左京区下鴨女子寮へようこそ!親が毒でも彼氏がクソでも仲間がいれば大丈夫!」
https://kakuyomu.jp/works/16816927860159349467
※3 武田薬品・京都薬用植物園 「植物・生薬・漢方薬紹介」のア行のウラルカンゾウの項目。https://assets-dam.takeda.com/image/upload/v1746693004/Global/About/Botanical-Garden/Plants/takeda_%E6%A4%8D%E7%89%A9_%E3%82%A2_n.pdf




