「雪」の名前の、トルコの女性
いやー、先日2月8日の雪は凄かったですね。
衆院選挙の投票日。
高市政権続投とのことで、これから円安物価高、それに高額療養費制度の改悪と暗い展開が予想されますが、鷲生の応援していたチームみらいが躍進し、それは少し明るいニュースです。
その日曜日。
鷲生は期日前投票を済ませておりましたので、当日は教会でのミサと、それから英語ボランティアのワークショップに出席しました。
英語ボランティアでは、外国の方と会話をすることを目指し、講師の先生から振られた話題にこたえていきます。
この日、外はすっかり雪景色でしたから、当然このときの話題も「雪」について。
鷲生の順番がくるまで他の方のお話を聴いていて、ふと思い出したことがありました。
それは、オランダでトルコ人の女性とお話した時に、彼女の名前が「雪」にちなむものだったという話です。
ええと、時系列がこんがらがるので、整理してお話します(起こった順とは違います)。
鷲生はそもそも25年前にオランダに住んでいて、そこでトルコ系ドイツ人の友達ができました(雪の名前のトルコ人女性とは別人です)。
鷲生が帰国後もしばらくメールしてましたが、鷲生が子育てで忙しい時期に疎遠になってしまって。
そして8年前、大きくなった子ともども再びオランダに旅行に行きました。
家人はオランダに仕事があり、そこで同僚の方たちとディナーをとることになったのです。
あまり英語が得意じゃなく、夫の仕事仲間と共通の話題のない鷲生を気遣って、そのメンバー(トルコからオランダに来た大学教授)が奥様を連れてきて、その奥様が私の隣に座ってあれこれと会話をしてくださったのです。
そのトルコの女性とのお話で、鷲生の方から「以前オランダにいたときにトルコ系の友人がいたのだ」ということを告げると、「名前は何かしら? そこから再び彼女を探すことができるかもしれないわ」とおっしゃったので、私は覚えていた彼女の名前、Nurselを言ってみたのです。
ただ、Nurselというのは、トルコ女性の名前としてはとてもよくあるものだそうで、手掛かりにはなりませんでした。
それは残念なんですが、もともとあきらめていましたし、この場でこの話題が終わると会話が途切れてしまうので、このNurselで思い出した話をしてみました。
Nurselは、自分の名前は”holly flood”という意味なのだ、と語っていました。
彼女自身は近代社会で高い教育を受けていることに自負があってムスリムではないという自己認識でしたが、ご両親は普通にムスリムであったようで、おそらく「ノアの洪水」にちなむものではないかと思います(旧約聖書はユダヤ教、キリスト教、イスラム教に共通します)。
ともあれ、名前には意味があるということをNursel との話で知りましたので、その女性に「貴女のお名前の意味は?」と尋ねてみたのです。
すると”Snow”を意味するのだ、とお返事されました。
そこに、ご主人が会話に入ってこられまして。
「雪は雪だけど、雪景色っていうんじゃなくて」と、指先で小さなものを摘まむようなしぐさをされました。
おそらく、雪の結晶ではないかと思います。
さて。
このディナーのあと、日本に帰国して2週間たったころに、この女性からメールが届きまして。
「貴方たちとお別れして2週間たつわね。お元気かしら。また日本の文化について聞かせてくださいね」という感じの文面でした。細やかなお心遣いで恐縮ですw
鷲生も頑張ってお返事書きましたよ~。
夏の旅行でお会いしたので、そろそろ秋がやってくるころ。
「オランダ旅行から帰国し、夏が終わりに近づき秋の訪れを感じます。秋の次には冬が来ます。今年の冬、その冬初めての雪が空から舞い落ちるのを見たときに(知覚動詞を使いましたw)、私は貴女を思い起こすことでしょう、その美しい名前とともに」
↑
エエ文章やないですか(自画自賛w)。
これにもお返事が来て「私の名前を憶えていてくれてありがとう:-)」という文面でした。
最後の「:-)」は顔文字ですw
笑顔を横にしたものです。
外国でも絵文字ってあるんですねw
以上の話を、英語ボランティアのワークショップでお話しました。
懐かしいなあ~。
そして、今、思い出すのは。
そのトルコ人女性とご主人、両方とも「日本文化が好きだ」とおっしゃってくださるんですよね。
実際、奥様は「ミソ・スープの作り方」を真剣に訪ねてこられましたし。
昆布でだしを取ることもご存じでした(「ミソ・スープには海藻を入れるのよね?」と問われて、鷲生はワカメを具にするのかと最初思ったんですが、昆布だしのことをおっしゃっているのだと分かりました)。
ただ、こちらが日本文化を解説してばかりというのもバランスが悪いような気がして。
鷲生の方から「でも、トルコの文化もイイですよね。私の友人のNurselも誇りにしてましたし」と何回かトルコの話題に水を向けてみたのですが。
ご両人とも首を横に振るばかり。
何回目かで「今のトルコは……」と暗い表情でおっしゃるので、それ以上は聞かないことにしました。
Nurselはドイツのベルリン育ちで、江戸っ子がそれを誇るようにベルリンっ子であることを大いに誇りにしていましたが、自分のルーツのトルコ文化のことも大切にしていて喜んで教えてくれたのですが。
その後、トルコではエルドアン大統領が復古主義的な強権政治を敷くようになり、インテリであるこのご夫妻にとっては、複雑な思いを抱かせる空気があるのだろうと思います。
(ご主人が数学の終身雇用の大学教授、奥様も任期制の大学のポストについておられたインテリ層です)。
さて、当時の鷲生はトルコっていろいろ大変だなあ~と他人事のように思っていましたが、今後、高市政権の下で円安が進めば将来同じような葛藤を抱えるようになるのかもしれません。
まあ、日本にだけ軸足を置くのではない生活を目指すことくらいしか、個人にできることはなさそうですね……。
(てか、日本円でしか資産を持っていない、戦争になれば真っ先に前線に立たされそうな人ほど高市政権に入れ込んでるのはどうしてなんでしょうね?)。




