後夜祭のひととき
二人が学園祭を楽しんでいる間に次第に陽は傾き、いつの間にか空は茜色に染まった。
そして、その美しい色がみるみる消えて、空は真っ暗になった。
「隼人君、そろそろ後夜祭の時間だね。」
「そうだね。
校庭に行ってみようか。」
校庭の真ん中には大きなキャンプファイヤーが焚かれ、夜空をオレンジの炎が照らしている。
周囲では生徒たちが輪になって踊ったり、ステージから流れる音楽に合わせて歓声をあげていた。
沙耶と隼人もその輪の端に立ち、火を見上げていた。
「わぁ……すごいね。昼間の学園祭とは全然雰囲気が違う。」
沙耶の瞳に炎が映り、揺れている。
「うん。何か……不思議な感じがするな。
さっきと同じ場所だとは思えないよ。」
隼人もパチパチと音を立てて揺らめく炎を黙って見つめていた。
やがて校内放送で流れる音楽が少し落ち着いた調子に変わり、生徒たちは、自然とキャンプファイヤーの周りを歩き出した。
仲間同士で歩く者、カップル同士で歩く者……。
その輪の中に隼人と沙耶も入り、並んでゆっくりと歩いた。
二人の目の前で仲間たちとふざけていた男子が、よろけて尻餅をつくと周りの生徒たちから笑いが起こった。
沙耶と隼人も目を合わせて笑った。
風が吹くと炎は、ますます勢いを増して燃え上がり、黒い煙が空高く昇っていく。
その時、沙耶の頭の片隅にふと幼い頃の記憶がよぎる。
誰かが自分の隣にいて、こうして同じものを見つめていた記憶……。
「……あれ?」
沙耶は思わずつぶやいた。
「どうした?」
隼人が沙耶の顔を覗き込む。
「ううん。何だかちょっと懐かしい感じがしたの。
昔……いつも誰かが私の隣にいて、同じものを見ていたような感覚が残っていて……。」
「俺もさ。なんか、ずっと前からこうしていたような気がする。」
二人の視線が重なり、炎の揺らめきの中で時間がゆっくりと巻き戻されていく。
私たちの幼い頃に何かがあった--。
はっきりとはわからないが、二人はそう思い始めていた。
やがて打ち上げ花火が上がり、後夜祭もクライマックスを迎えた。
夜空に光の輪ができては、煌めきながら消えていく。
「花火、綺麗だね。」
「うん。」
沙耶の言葉に隼人も頷いた。
全て花火がうち上がったところで、拍手や歓声が沸き起こった。
生徒たちの賑やかな声が空に溶けていく。
キャンプファイヤーの火が次第に小さくなり、片付けが始まった。
こうして楽しかった学園祭が終わった--。
沙耶と隼人の胸には、新たな思い出の1ページが刻まれたのである。
後夜祭を終え、沙耶と隼人は勇太や佐織と一緒に校門を出た。
「じゃあ、また学校で。」
沙耶は、皆に別れを告げた後、横断歩道を渡り始めた。
渡り切ってから振り返って三人に手を振った。
「沙耶~、お疲れ様!
またね~。」
佐織も手を振る。
隼人と勇太も沙耶に手を振り返した後、連れだって帰っていった。
「お帰り~。」
沙耶が家に帰り、玄関を開けると母の声がした。
「お母さん、ただいま。」
沙耶がリビングに入ると母と祖母の光恵が待っていた。
「今日、昼過ぎに私もあなたの学校に行ったのよ。
そうしたら、あなたが男の子と校内を歩いているのを見たわ。」
そう母に言われて沙耶は少し驚いた。
「お母さん、来てたんだ?」
「うん。
あなたのクラスにも行ったんだけれど、あなたはいなくて……。
あの男の子は誰?
お母さんの見たことない子だったけれど……。」
「彼は隣のクラスの同級生。今年の春、オーストラリアから転校してきたんだ。
名前は、竹村隼人君。」
「えっ?転校生?
竹村隼人……。」
母は凄く驚いた顔をして、そのまま黙ってしまった。
静まり返ったリビングに時を刻む時計の音がやけに大きく響き渡っている--。
しばらくして、母が再び口を開いた。
「あなたは、その隼人君と仲が良いの?」
「うん。
何だか気が合って仲良くしてる。」
「そうなのね……。」
母は、そう呟くとまた、黙ってしまった。
そんな母を少し困ったように見つめる祖母、光恵。
何なの、この空気は?
沙耶は、何故母がそんなに驚くのかわからなかった。
ふと、母の驚きぶりを見て、隼人の母親の顔を思い出した。
同じ反応……。
二人は、何か関係があるの?
沙耶はソファーに腰を下ろすと
「お母さん、変だよ。
そんなに驚いて……。」
母は顔を上げると普段の表情に戻っていた。
「あなたが誰かと付き合っているのかと思ったから、ちょっとね……。
ただの友だちだったんだ。」
「うん、そうだけど……。」
「あっ、もう、ご飯にするわね。
手を洗ってらっしゃい。
お母さん、お茶碗出してもらえる?」
「わかったわ。」
祖母が食器棚に向かう。
母は、キッチンに行き、お味噌汁を温めだした。
いつもの雰囲気に戻ったリビング。
沙耶は手を洗いに洗面所にたったが……。
何かがおかしいと思う気持ちを抑えられなくなっていた。
その晩、沙耶はうまく寝付けず、何度も寝返りを打った。
お母さんもおばあちゃんも私に隠していることがあるのかな……。
沙耶は、そう思うとますます目が冴え渡り、眠れなくなった。
沙耶の母と隼人の母--。
二人の母親の驚いた顔がそっくりだった。
隼人君は、何か感じているのかな。
沙耶は、早く隼人に会って話をしたいと思った。
隼人君も母親に自分と同じような違和感を感じているかもしれない……。
そこには、長い夜が重く横たわっていた。
月明かりを受けて白く光る天井を眺めながら、夜が明けるのをこんなに待ち望んだことは、かつてなかったと思う沙耶だった。




