ドキドキの学園祭
体育祭が終わった後、次なる行事に向けて校内は準備に入っていた。
次の大きな行事とは--学園祭である。
「あっ、隼人君のクラスは何をするの?」
廊下で隼人と出会った沙耶が聞く。
「えっ、俺たちは……お化け屋敷だって。」
「本当に?」
「うん。沙耶ちゃんも遊びに来てよ。」
「お化け屋敷はちょっと……。」
そう口ごもる沙耶の隣にいた佐織が、
「隼人君、大丈夫よ。
沙耶のことは私が連れていくから、任せて。」
と笑いながら言った。
「じゃあ、よろしくね。
そっちのクラスは何をするの?」
「私たちは、クレープを焼いたり、飲み物を出したりするみたい。」
「へぇ、うまそうだね。」
「でしょ。隼人君もうちのクラスに来てね!」
「うん、勇太と行くよ。」
そう爽やかに答えて隼人は自分のクラスに入って行った。
「ちょっと、佐織、勝手にあんなことを言って……。」
文句を言う沙耶。
「沙耶、私と一緒なら大丈夫だって。」
クスクスと笑っている佐織を沙耶が困ったような顔で見ている。
「まぁ、まぁ、私たちもクラスの出し物の準備、頑張ろうよ。」
佐織に背中を押されて、沙耶も
「うん。それはまぁ、頑張るけど……。」
「具体的に誰が何を買ってくるかとか、決めなきゃね。
お揃いのTシャツやエプロンなんてどうだろう?」
「あっ、それ、良いかも。」
機嫌を直した沙耶が佐織の提案に嬉しそうに耳を傾け始めた。
こうして、美術部にも所属する沙耶と佐織は、各々の作品作りにも精を出しながら、クラスの出し物の準備を進めていった。
11月に入り、校内の銀杏の木が黄色く色づき始めた頃、沙耶と隼人は学園祭当日を迎えた。
隼人のクラスには、お化け屋敷に入ろうとする人たちの長い列ができていた。
「わぁ~、凄い人気。」
沙耶と佐織は目を丸くした。
「私……やっぱり入るのやめて良い?」
沙耶が佐織に頼んだが、佐織は聞く耳をもたない様子で
「大丈夫、私が一緒に行くから。」
と楽しそうに笑っている。
仕方なく沙耶は中に入る決心をし、列に並んだ。
順番が来ると沙耶は、佐織に手を引かれて、暗闇の中を歩いた。
急に飛び出してくる幽霊たち。
彼らは、顔を白く塗り、血糊がついた衣装を身にまとっている。
のっぺらぼうのお化けやフランケンシュタインまでいた。
ひゅ~と鳴る風の音、遠くから聞こえる誰かの悲鳴。
歩いている沙耶の頬にふいに冷たい物が触れた。
ひやりとした感触が全身に走り、背筋がぞくりと冷える。
「いやぁぁ……何これ?
佐織、早く出ようよ!」
沙耶は目をつぶり、佐織の手を掴む手に力が入った。
「沙耶、そんなに力を入れたら痛いよ。」
佐織が文句を言った。
「ごめん、でも……私、余裕がなくて……。」
沙耶が泣きそうな声を出す。
教室内は、迷路のようになっていて、なかなか出られない。
沙耶は、何度もお化けたちに驚かされて、悲鳴をあげた。
二人が必死に出口を探して歩き続けると、やっと外の明かりが見えてきた。
黒いカーテンをめくり、沙耶と佐織が外に出ると、出口で待っていたのは、受付係の隼人だった。
「お疲れ様、二人とも。
何だか凄い声出してたな。」
「だ、だって…暗闇もお化けも、すごく苦手なんだもん!」
ほっとして胸を押さえる沙耶に、隼人は少し照れくさそうに笑って答える。
「俺もだよ。だから中には入らない。受付のほうが安心。」
「えっ、隼人くんも苦手なの?」
「うん。暗闇は昔からダメ。落ち着かなくてさ……。」
「わたしも…。
私たち、同じだね。」
顔を見合わせて、小さく笑い合う二人。
「隼人君まで、暗闇苦手なんだ。
本当に二人は気が合っているよね。」
佐織が呆れたように沙耶と隼人を見つめた。
「隼人、そろそろ俺、交替するよ。」
教室から幽霊の衣装を着た男子が一人出てきた。
「だ、誰?」
ぎょっとした沙耶と佐織。
「俺だよ、分かんない?」
二人は、じっと白塗りの顔を覗き込んだ。
「何だ、勇太君か。」
「何だは、ないだろ。」
ちょっと怒ったような勇太の声に沙耶と佐織は、笑ってしまった。
「二人ともすっごく驚いてくれて、ありがとな。
特に濡らしたガーゼの布、あれ、きいたな。」
「全く~、驚かせ過ぎ!
沙耶、泣きそうだったんだよ。」
佐織がそう憤慨すると
「成功、成功。」
と勇太は嬉しそうだった。
沙耶と隼人は、二人の掛け合いを楽しそうに見守っていた。
沙耶は、隣にいる隼人を見て……
何だか隼人君といると落ち着くなぁと感じていた。
暗闇から必死に出てきて、隼人の姿を見つけた時のホッとした気持ち。
こんな気持ちになる人、他にいないな……。
そう沙耶は思った。
開け放った窓からは、賑やかな音楽が聞こえてくる。
焼きそばやたこ焼きの香ばしい匂いも風に乗って漂ってきた。
「隼人くん、後で学園祭、一緒に廻ろうよ。」
沙耶がそう言うと
隼人も穏やかな笑みを浮かべて
「うん。」と頷いた。