表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
41/41

希望の扉

夏が過ぎ、少し高くなった空を時々見上げながら咲耶は商店街を歩いていた。

土曜の昼過ぎの商店街は、人の行き交いも多く、ほどよい賑わいを見せていた。


目的の花屋の前で足を止めるとそのまま真っ直ぐに店の中に入っていく。


店内には色鮮やかな花が並んでいた。

どの花が良いのか、選ぶのにしばらく時間がかかったが……。

ふと真っ白なかすみ草の花に目を留めた。

普段はメインの花を引き立てるために入れることが多いかすみ草だが、咲耶はこの花だけでブーケを作りたいと思った。


「あの……かすみ草だけでブーケを作ってもらえませんか?」

店員さんにお願いする。


「かすみ草だけですね。

綺麗なブーケになりますよね。

あっ、よろしければこちらの白いバラも少しお入れになったらどうでしょう?

バラの葉のグリーンがアクセントになりますよ。

お花にも淡くグリーンが入っていますし。」


実際にかすみ草と白いバラを合わせてくれたのを見て、咲耶はその美しさに見とれた。


「わぁ~っ、確かに凄く綺麗。

グリーンが入ると白が引き立ちますね。

じゃあ、それで作ってください。」


しばらくして、出来上がったブーケを抱えて店を出た咲耶が向かった先はカフェ・エスポワールだった。


扉を押すと珈琲の豊かな香りがして、思わず深く息を吸い込んだ。


「いらっしゃいませ……。

あっ、咲耶。」


隼人が柔らかく笑う。


「こんにちは。佐織たちは、まだ来てない?」


「うん、まだ。」


咲耶はそっとブーケを隼人に差し出す。


「えっ、お店に?」


「うん、綺麗だったから。

何回か来てるけど、まだ開店祝いみたいなものあげてなかったし……。」


「そう?じゃあ、ありがたくもらうね。」

隼人はブーケを受け取るとシンプルなガラスの花瓶に花を生けた。


「綺麗だな、真っ白で。グリーンが入って爽やかだし。」


「そうでしょう?」


「うん、この店に合ってる気がする。」


隼人の言葉に嬉しそうに花を見つめる咲耶。


「わぁ、綺麗なブーケ。」

扉が開くのと同時に佐織の声がした。


「隼人、久しぶり。」

勇太も佐織と一緒に店内に入ってきた。


「二人ともいらっしゃい。」

隼人が笑顔で佐織と勇太を迎え、店の一番奥にある四人掛けの席に案内した。


「いつ来ても良い店だなぁ。落ち着くわ。」

勇太がソファーに身を沈めた。


「あのブーケ、何だかウェディングブーケみたいね。」

佐織がうっとりとバラとかすみ草のブーケを眺めている。


「佐織たちも、結婚もうすぐでしょ。

私、ブーケならその時にまた、作ってあげるよ。」

咲耶がそう言うと


「な、何言ってんの。俺たち、まだ付き合って半年だよ。

結婚なんてなぁ……。」

慌てたように勇太が佐織を見た。


「そうよね。まだ、別にプロポーズもされてないし……。」

佐織がチラッと勇太を見てすぐに視線をそらした。


隼人が、珈琲を運んできた。


「どうしたの?二人とも……。もう、喧嘩?」

珈琲を配りながら、可笑しそうにくすくすと笑っている。


「いや、喧嘩じゃないし……。」

勇太がばつが悪そうに俯いている。


「飲んでみて。」

隼人がそっと促した。


「……美味しい。」

「うん、うまいな。」

口々に三人が隼人のブレンドコーヒーを褒めた。


「まさか、隼人がカフェの店長とはな。

何をやるのかと思っていたら……。

まっ、俺たちももう25歳だし、人生、色々変わっていくよな。」

勇太が感慨深げに呟いた。


「隼人君のカフェは、ただのカフェじゃないし。

皆の居場所になれるような、そんなカフェを作っちゃうんだから、凄いわよ。」

佐織も隼人を尊敬の眼差して見ていた。


「あっ、隼人。俺のクラスにちょっと心配な子がいてさ。今度この店に連れてきても良い?」

勇太が思い出したように隼人に言った。


「どうぞ。気軽に来てもらって良いよ。」


勇太は、母校の高校の体育教師になっていた。

初めてクラス担任を任されて日々奮闘している。


「あいつ、俺みたいに陸上部で走ってたんだけど足を怪我してさ……練習も出来なくて落ち込んでるんだよ。」


「男の子ね?」

咲耶が聞くと 


「うん。」と勇太が頷いた。


「俺さ、思うんだけど。

皆悩んでいても誰かに答えをもらいたいわけじゃなくて、本当は自分で答えを持ってる場合があるじゃん。」


ひと呼吸置いて、勇太が続ける。


「或いは答えが出そうだけれどはっきりしない時にさ、こんな場所で隼人みたいな人に話をただ聞いてもらえたら嬉しいんじゃないかなぁって。」


勇太の言葉に佐織も

「そうよね。話したかったら、話しても良いし。

黙ってここに座っていたかったらそれでも良い。

そんな場所があったら嬉しいよね。」

と言って微笑んだ。


咲耶はそんな二人を見て

「私もそう思う。」と隼人を見て言った。


「良かったよ、皆にそう言ってもらえて……。

あっ、ちょっとごめんね。他のお客さんが来たから戻るよ。

ゆっくりしていってね。」

隼人はそう言いおいて、カウンターに戻っていった。


その後ろ姿を見ながら

「隼人ってさぁ。

俺たちと会う前は、海の向こうにいたんだよなぁ……。」

勇太がふっと口にした。


「海の向こうか。そうよね。

オーストラリアは南半球。赤道を挟んで日本の反対側なんだよね。

隼人君はそんな場所にいたんだなぁ。

咲耶と隼人君は離れ離れで育って偶然同じ高校で出会った。

そう思うと不思議よねぇ。」


佐織の言葉に咲耶も

「本当に不思議。

私、隼人に再会してから急に家族が増えちゃったし。

お父さんまで出来たりして……。」

と言いながら明るく笑った。


「私、ここで結婚式したいかも。

ドレスは自分で作るし……。」

佐織が急にそんなことを言い出した。


「え~っ、ここで?」

咲耶が驚いていると


「おい、おい、待てよ。

俺はまだプロポーズもしてないぞっ!」

勇太がまた、慌てている。


「別に……想像してるだけなら構わないでしょ。

咲耶のお母さんみたいな素敵なドレスが良いなぁ。」

佐織は、どうやら夢の世界に入っているようだった。


咲耶はそんな二人を見ながら、友だちの幸せを自分のことのように嬉しく感じていた。


そして、甲斐甲斐しく働いている隼人に視線を移す。


隼人、良かったね……。

私も高校生になってから、また隼人と会えて良かったよ。

今度はおばあちゃんもここに連れてくるね。


心の中でそう呟くと祖母、光恵がよく言っている言葉を思い出した。


『皆が幸せじゃないとね。』


この言葉を叶えるのはなかなか難しい。

でも……このカフェ・エスポワールでだったら叶うかも?

いや、いきなり叶うんじゃなくても、少しでも幸せに近づけるかもしれない。


エスポワールはフランス語で希望だったよな……。


色々咲耶が想いを巡らせていると隼人がチョコレートケーキを運んできてくれた。


「えっ、うまそう。隼人、これ、サービス?」


「うん。せっかく来てくれたからね。

でも、次回からはちゃんと払っていただきますよ。」


隼人は茶目っ気たっぷりにそう言いながら、勇太にケーキを差し出した。


「え~っ、わかったよ。お前も経営者だもんな。」

怯えたような勇太の様子に咲耶も佐織も笑っていた。


「お兄ちゃん、こんにちは~っ。」

すっかりこの店の常連客となったたくちゃんが元気に扉を開けて入ってきた。


今日は親子三人での来店だ。


「今日は僕、アップルジュースにする!」

たくちゃんは、元気よくそう言うといつもの窓際の席に座った。

隼人は、二人掛けの席にそっともう一つ、椅子を置く。

たくちゃんのお父さんが小さく会釈するとその席に腰を下ろした。


カフェの壁には、ミニコンサートのチラシが幾つか貼ってあった。

今では、普段は静かなカフェも夜の時間にコンサートを開く場となっている。

バイオリンやフルートのクラシックコンサートだったり、ジャズコンサートだったり、歌を歌いたい人たちが自然と集まって好きな歌を披露したりすることもあった。


いつの間にか隼人の店は、地域に根差したカフェとなりつつあった。


『俺は、いつもここにいて、色んな人を見ていたいんだ。

そして、誰かの役に少しでも立てたらいいな……。』


隼人が咲耶にいつか言っていた言葉ーー。


隼人のそんな希望は少しずつ叶えられている。


カフェ・エスポワール。

誰にでも扉が開かれている、そんな店。


「いらっしゃいませ。」

隼人の落ち着いた優しい声が、今日も来る人みんなを迎えてくれる。


































評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ