それぞれの春 ー未来の扉ー
「陽子さん、お久しぶりです。」
窓の外に目を向けていていた陽子が振り向いた。
「隼人君、来たの?」
陽子は、隼人の笑顔を見て全てを悟った。
「合格おめでとう、隼人君。」
「わかりましたか?」
「そりゃあ、その顔を見たらわかるわよ。
長い間、よく頑張ったわね。」
「はい……。
長かったです、ここまで来るのは。」
開け放たれた窓からは、桜の花びらが時折ひらひらと舞い込み、そっと床に落ちた。
ベッドには、貴史が横になっていた。
「あなた、隼人君が試験に合格したそうよ。」
陽子が声をかけると、貴史がゆっくりと頷いた。
「貴史さん、俺やりましたよ。
やっと良い報告ができて嬉しいです。」
貴史は言葉は発しなかったが、寝ながら隼人の方を見つめてニコニコと笑っていた。
「陽子さん、あのことは……。」
隼人がそう言いかけると
「大丈夫よ。みんな、潤さんにお願いしてあるわ。」
陽子さんが微笑みながら答えた。
「潤さんに?」
「そう。楽しみよね、どんな風になるか……。」
「そうですね。
潤さんに任せたのなら、きっと雰囲気があってお洒落な感じになるんじゃないかと……。」
「きっとそうね。」
陽子もワクワクしている様子だ。
「陽子さんには是非来て頂かないと。」
「絶対行くからね。頑張って。」
「はい。
うまくいくかは、わかりませんが……。」
「それは、やってみなくちゃわからないでしょ。」
「そう……ですね。」
二人は、窓の外の桜の木を見ながら、思いを巡らせていた。
時折白いレースのカーテンが揺れ、暖かな風が室内に入り込む。
「ずいぶん、暖かくなりましたね。」
隼人が眩しそうに明るい日差しに目を細める。
「そうね。桜も満開で……
今年は特に気分の良い春だわ。」
「はい……。」
隼人と陽子は、目を合わせて静かに笑った。
さっきまで起きていた貴史の寝息が聞こえてくる。
「あら、貴史さん、寝ちゃったわね。」
陽子が貴史の寝ているベッドの側に行き、貴史の布団をかけ直した。
「さぁ、隼人君はこれから忙しくなるわね。」
陽子さんの張りのある声に励まされるように隼人は、頷いた。
「それじゃあ、陽子さん、また来ますね。
潤さんにも俺から連絡してみます。」
「わかったわ。来てくれてありがとう。」
陽子が小さく手を振った。
部屋から出る隼人の足取りはとても軽かった。
これから未来の扉が開こうとしているーー。
その扉の向こうには何が待っているのか、隼人自身もまだはっきりとは想像できなかった。
一方、咲耶は潤の会社で商品を開発する部門で忙しく働いていた。
学生時代からずっと夢見ていた女性向けのアウトドアの服を開発することを任されていた。
具体的にどんな生地が良いか、洋服のデザインも含めて友人であった佐織が今では咲耶の善き相談相手、仕事の相棒となっていた。
「こんなデザインなら、どうだろう?」
佐織のデザイン画に目を通す咲耶。
「ここは、雨に濡れても良いような素材にしたいね。」
「うん、フードやポケットもつけたいよね。」
二人は顔を付き合わせてアイディアを出し合う。
休憩時間には、二人でランチしながら雑談したり、また仕事の話になったりした。
「そういえば、隼人君、試験に合格したんでしょ?」
佐織の問いに
「うん、この間、連絡もらった。」と咲耶が続ける。
「公認……心理師だっけ?」
「そうそう。」
「でっ、隼人君、どこで働くの?」
「それがさ、まだ具体的なことを聞いてなくて……。
お父さんも何か知っていて、動いているようなんだけ ど教えてくれないんだ。」
「えっ、どういうこと?」
佐織が怪訝そうに聞いてくる。
「二人で秘密にしているみたい。サプライズ的な?」
「そうなんだ……勇太君も隼人君から何も聞いてないみたいだし、どういうことかな?」
「さぁ……。私にもさっぱりわからないんだ。」
咲耶の少しくぐもった声。
「咲耶、心配しなくても大丈夫よ。
咲耶のお父さんも関わっているんだし、きっとびっくりするようなことになっているのよ。
一体何が始まるのか、私も楽しみにしてるね。」
佐織は、咲耶を元気づけるように快活に話した。
「そうだね。私も隼人が打ち明けてくれるのを待つよ。」
咲耶もやっと笑顔を見せた。
「じゃあ、仕事に戻ろうか。」
佐織がソファーから立ち上がり、それに咲耶も従った。
咲耶と佐織の歩く先にも街路樹が続き、美しい桜のアーチが出来ていた。




