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食卓を囲む家族の時間

いよいよ潤と真紀の新婚生活が始まった。


潤は、真紀が沙耶と光恵と住んでいた一軒家に自分が同居する形を選んだ。


ただ、自宅から潤の職場まで少し離れていたので、仕事で遅くなる日は、潤は結婚前まで住んでいたマンションに泊まっている。


「潤さん、今日はここに帰ってくるの?」

光恵が真紀に聞くと


「えぇ。今日はこっちよ。

夕御飯、何にしようかしらね。」

と真紀がのんびりと答える。


「そうね~。潤さん、最近お肉続きだったって言ってたから、今日はお魚のほうが良いかしら?」


光恵が冷蔵庫を開けながら言うと、真紀が小さく笑った。


「うん、良いと思う。昨日職場の会食でステーキだったって言ってたし。

じゃあお煮付けにしようかな。カレイならすぐ煮えるし。」


光恵は「じゃあ、私はほうれん草のおひたしを作るわね」と言って、慣れた手つきでほうれん草を茹で始める。

二人が台所で並んで立つのは、もうすっかり日常の景色になっていた。


ふと、真紀は小さく息をついた。


「……同居って、どうかな。潤さん、気を遣ってないかなって時々思うの。」


光恵は手を止め、優しく娘を見る。


「大丈夫よ。あの人、ここに帰って来るとすごくほっとした顔してるもの。」


真紀は少し照れたように笑った。


真紀と母が料理に取り掛かってから2時間ほど経った頃……


玄関の鍵が回る音がした。


「ただいま。」


低く落ち着いた声が聞こえた。


「おかえりなさい、潤さん!」

光恵が明るく声をかけると、真紀はいそいそと玄関へ向かった。


スーツ姿の潤は、少し疲れた目元をしていたが、真紀の顔を見ると表情がふっと和らいだ。


「ただいま……あぁ、良い匂いがするね。」


「お帰りなさい。今晩はお魚の煮付けにしたの。」


「そうなんだ。ありがとう。」


靴を脱ぎながら、潤はふと家の中を見回した。リビングに灯る温かな光、台所から聞こえるお鍋の煮立つ音。

その全てがまだ実感として湧かず、少し不思議な気がした。

と同時に以前両親がいた頃に戻ったような懐かしさを覚えた。


「……こういうの、良いな。」


ぽつりと漏れたその言葉に、真紀の胸がじんわりと熱くなった。 

真紀は、潤のカバンを受け取ると一緒に廊下を歩きながら、

「先にシャワーを浴びてきたら?」と潤に声をかけた。


「うん、じゃあ、そうするよ。」


数分後、潤は、真紀から渡された着替えを持って浴室に向かった。


そこに

「ただいま~。」と沙耶の元気な声が玄関から響いた。


「お帰り、沙耶ちゃん。」

光恵が温かく出迎えた。


「お父さん、帰ってるの?」


「ええ。」

母、真紀の声に「やった!」と喜ぶ沙耶。


「私、着替えてくるね。」

そう言うと沙耶は自室に向かった。


父、潤が家にいる生活に大分慣れてはきた--。

ただ……いきなり私たちと同居になってお父さん、大丈夫かな?と沙耶なりに潤を気遣っていた。



「沙耶ちゃん、ご飯よそったわよ、早くいらっしゃい。」

真紀の声がした。


「は~い、今いく~。」


沙耶がリビングに向かうと潤もちょうど浴室から出て、リビングに入ってきたところだった。


「あっ、お父さん。シャワー浴びてたの?」

潤の髪が濡れている。


タオルで髪を拭きながら、潤も

「うん。沙耶ちゃん、お帰り。」とにっこり笑った。


「さぁ、二人とも席についてね。」

光恵が潤と沙耶に声をかける。


光恵の声に促され、潤と沙耶はダイニングテーブルに向かった。テーブルの上には、真紀と光恵が腕を振るった料理が並んでいる。


湯気を立てるカレイの煮付けからは、醤油と生姜の甘い香りが漂い、食欲をそそる。


つやつやと光る煮汁が魚の身によく染みているのが見て取れた。

付け合わせにはほうれん草のおひたし、そして彩り豊かなきんぴらごぼう。

真紀が炊いた白いご飯と、光恵が丁寧にとっただしが香るお豆腐とわかめのお味噌汁が、それぞれ定位置についている。


「わあ、美味しそう!」

席に着くなり、沙耶が目を輝かせた。


「お魚、久しぶりだね。そろそろ食べたかったかも。」


「沙耶ちゃん、良かったわね。潤さんも、ゆっくりどうぞ。」

光恵がにこやかに言うと、潤は深く頭を下げた。


「いただきます。良い匂いだ、本当に。

真紀さん、お義母さん、いつもありがとうございます。」


「良いのよ、潤さん。さあ、冷めないうちにどうぞ。」


真紀はそう言いながら、潤の隣に腰を下ろした。


四人が揃い、「いただきます!」と手を合わせる。


「これ、カレイだよね?

ちょうど良い味付けですごく美味しい!」

潤がまず煮付けを一口頬張ると、すぐに顔がほころんだ。

身離れが良く、上品な甘さの煮汁が口いっぱいに広がる。


「良かった。昨日、職場の会食でお肉だったって聞いたから、今日は魚にしようと思って。

カレイの味付け、気に入ってくれて良かったわ。」


真紀は嬉しそうに微笑んだ。


「気遣ってもらったんだね、ありがとう。

この優しい味が、今の僕には一番染みるよ。

疲れていたけど、一気に疲れが吹き飛んだなぁ。」


潤がいたく感激している様子を見て

「真紀、作ったかいがあったわね。」

と光恵が真紀に笑顔で言った。


「そうね。」

真紀も喜びを隠せず素直に頷いた。


「お父さん、疲れてたの?」

隣で黙々とご飯を食べていた沙耶が顔を上げた。


「ん?ああ、ちょっとね。」

潤は光恵がよそってくれたお味噌汁を一口すすった。

ふわりと香るだしの旨みに、心まで温まるのを感じる。


「このお味噌汁は、お義母さんが作られたんですか?

本当に美味しいですね。」


「私が作ったんだけど……美味しい?

それなら良かったわ。」

光恵も嬉しそうに潤を見た。


「だしを丁寧に取ってあるから美味しいんですよね。

真紀さんの煮魚もそうだし……。」


「ええ、まあね。でも、母にはまだ敵わないわ。」


「あら、そうかしら?」と光恵はまた、笑った。


「沙耶、骨には気を付けるのよ。これは特に骨が取りやすいから食べやすいでしょう?」


「うん、ありがとう、おばあちゃん。

私、このきんぴらも大好きなんだ!」

沙耶は箸できんぴらを摘み、シャキシャキとした食感を楽しんだ。


食卓は、各々の今日の出来事を話し合う場でもあった。


潤や真紀の仕事の話、沙耶の学校の話、光恵が近所のスーパーで見つけた掘り出し物の話……。

特別な話題はなくても、互いの存在を感じながら食べる夕食は、何にも代えがたい温かさがあった。


真紀は、潤が心からくつろいだ表情で食事をしているのを見て、

『大丈夫よ。あの人、ここに帰って来るとすごくほっとした顔してるもの。』という光恵の言葉を思い出した。


同居で気を遣わせているかもって心配してたけど、潤さんは、自然に私たちの生活に馴染んでるのかもしれない……。

そう思いながら、真紀は潤の楽しそうな横顔を見つめた。


沙耶は、そんな両親と光恵のやり取りを横目で見ながら、もうすっかり当たり前になったこの光景に、本当に良かったなと心の底からほっとしていた。


テーブルの上から、あっという間に料理が減っていく。


「ふぅ。ごちそうさま。あっという間に食べちゃった。本当に美味しかったよ。」

潤が満足そうに息をつくと、真紀も「良かった」と安堵の息を漏らした。


食後には、真紀が近所のケーキ屋で買ったチーズケーキを皆で食べようと用意した。


「うん、このケーキ、美味しいね。」

沙耶が一口食べて感嘆の声をあげる。


「本当に。美味しいから、また買いたくなっちゃうわ。」

真紀も満足そうに微笑んだ。


ふいに沙耶がケーキを食べる手を止め、潤を見た。


「私……大学に入ったらね、お父さんの会社でバイトしたいんだ。

お父さん、バイトできる?」


「沙耶ちゃんが……うちでバイトしたいの?」

潤が意外だという顔で沙耶を見た。


「うん。

色々、仕事をしてみたくて……。

私、お父さんの会社の仕事、興味あるんだ。」


「そうなんだね。」

潤は嬉しそうな顔で沙耶を見た。


「大学の学部は?どんな勉強がしたいの?」

潤がちょっと前のめりで沙耶に尋ねる。


「えぇと……。経営学部かな。」


潤と真紀は、初めて沙耶の進学したい学部を聞き、驚いた様に顔を見合わせた。


「あなた、何も言ってなかったから、知らなかったわ。」

真紀が呟く。


「あら~、沙耶ちゃん、楽しみね。

将来は、お父さんの会社に入れるかしらね?」

光恵が和やかに会話に入ってきた。


「入れてもらえたらね。

私、まずは大学に入れるよう勉強、頑張るよ。」

沙耶の意気込みに潤も真紀も頼もしさを感じた。


「僕も沙耶ちゃんの勉強、応援するよ。」


「お母さんも。」


両親の言葉に沙耶は、勇気が湧いてくるような気がした。


「沙耶ちゃん、良かったわね。」 

光恵もニコニコしている。


「さぁ、このケーキ食べ終わったら、勉強するぞっ。」


沙耶が気合いを入れるのを見て、真紀や潤、光恵も微笑み、楽しいティータイムの時間が流れて行った。






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