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陽子との涙の約束

隼人は、長谷川夫妻に会ってから、何となく雰囲気が変わった。

沙耶からは、そう見えた。


学校でも、友だちと快活に話をしているところをよく見かける。


勇太と歩いていても、時々、二人でおかしそうに笑っていた。


「隼人君、何だか最近、楽しそうね。」

佐織も気がついたように沙耶にそう話しかけてきた。


「うん。」


「良かったじゃない。

一時、あまり話もしなくなって暗かったし。

色々あったから、一人で悩んでたのかなぁ。」


「そうかもしれない……。」


沙耶は、ひとまず安心していた。


ただ、隼人は時々、一人でホームにいる陽子を訪ねているようで……

後でそれを知った沙耶は、何で私には声をかけてくれないんだろうと一抹の寂しさを感じていた。




ある時、沙耶も一人で陽子に会いに行ってみようとホームに向かった。


陽子は、嬉しそうに沙耶を迎え入れてくれた。


「あら、今日は沙耶ちゃん一人?」


「はい。」


「ちょうど美味しいお饅頭を頂いたから、今日は緑茶にしましょうね。」


温かい緑茶を飲みながら、リビングの窓の外を見ると緑の向こう側には、眼下に広がる街並みが見えた。


「ここから、遠くの街が見えるんですね。」


「そうなの。このホームは丘の上に建っているからね。」


「えぇ。凄く綺麗な景色ですね。」


沙耶はしばらく外の景色に見とれていた。


貴史は、車椅子に座りながら、うつらうつらと船をこぎ出している。


それに気がついた沙耶が

「貴史さん、よくお休みですね。」と言うと


「そうなの。この人、最近気持ち良さそうにすぐに寝ちゃうのよ。」


そう言いながら、陽子は明るく笑った。



「あの……最近、隼人はよく陽子さんに会いに来ているようですね。」


「隼人君?そういえばそうね。」


「私のことは、ちっとも誘ってくれなくて。」


沙耶の少し落ち込んだ様子に……

「沙耶ちゃんは、それを寂しく感じていたのね。」

と陽子は労るように答えた。


「沙耶ちゃん、隼人君も誰にも言えないことがあるのよ。特に家族には……。

私は、ほらっ、何にも関係ない他人だから話せるの。

そういうこと、あるじゃない?」


「そう……ですね。」


「沙耶ちゃんは、今、幸せ?」


「はい、幸せです。

生まれて初めてお父さんもできたし……

隼人という兄にも再会できました。」


「そうね。潤さんもあなたたちが生まれていたこと、凄く喜んでいるのよ。

ただね、何も知らなくて、真紀さんにもあなたたちにも何もしてあげられなかったって悔いているみたい。」


「そんな……

お父さんは、何も知らなかったんだし、仕方がないですよ。」


「でも、そう思ってしまうみたい。

あのね、あなたにお願いしても良いかしら?」


陽子が沙耶をじっと見て言った。


「私が言うのも何なんだけれど……

潤さんのこと、お願いね。

私たちがいつまでも見守ってあげたいけれど、こんな歳だし……。

いつどうなるかもわからないじゃない。」


沙耶は陽子の言葉に胸の奥がじんと熱くなった。


「そんな……そんなこと言わないでくださいよ。

まだまだずっとお元気でいてください。」


必死で陽子に訴える沙耶の姿に

陽子は目を細めた。


「ありがとう、そう言ってくれて。

沙耶ちゃんもとっても優しいわね。

隼人君にそっくり。」


沙耶は、陽子の手をとった。

「お父さんのこと、私、一生大事にしますから。

陽子さん、安心してください。

お母さんも私もやっとお父さんに会えたんだし。

隼人だって……。」


陽子は、沙耶の手をぎゅっと握った。


「そうよね、やっとあなたたちに会えたんだものね。

潤さん、記憶が戻ってから実家に帰ったら、ご両親がすでに亡くなっていて……。

行方不明になった息子さんのことを心配されて、お二人はご病気になったのかもしれないわね。」


「そんなことが……。

お父さん、何も言ってなかったから、私、知らなくて。」


「ご両親のことがわかった時に自分はもう、たった一人になりましたって、潤さん、泣いてね。

だから、あなたたちに会えたこと、凄く喜んでいるのよ。」


「はい……。

お父さん、ショックだったでしょうね。」

沙耶は、ぽろぽろと涙をこぼした。


それを見ている陽子さんの目も涙に潤んでいた。



「あれ……どうしたの?

二人して泣いたりして……。」


貴史の声に陽子と沙耶は、はっとして振り向いた。


「あら、あなた起きたんですか?」


「あの……すみません、私、泣いてしまって。」


「いやいや、何か大事な話をしていたの?

僕が起きちゃまずかったかな?」


貴史の少しおどけたような口調に陽子と沙耶も笑い出した。


一気にその場の空気が明るくなる。


「貴史さんもお饅頭、食べてください。

美味しいですよ。」 


沙耶が貴史に声をかけると貴史も包みを開けて、お饅頭を頬張った。


「うん、これは上手い!」


「良かったわ~。」


陽子の優しい笑顔を見ながら、沙耶は隼人が何で一人で陽子に会いに来るのかがわかったような気がした。


誰をも皆、包みこんでくれるようなほっとできる空気をまとった人--。


それが陽子さんだった。


「また、遊びに来ますね。」


ホームの玄関で沙耶がそう言うと長谷川夫妻は、にこにことしながら、手を振って見送ってくれた。



ホームからの帰り道、沙耶は潤の今までの辛い道のりを思い、少しでも自分が父の力になれればと考え始めていた。


沙耶の足取りは、自然と軽くなり、一度遠ざかっていた隼人との距離もまた、近づいたような気持ちになった。


大丈夫。

いつも話していなくても、一緒にいなくても--

私と隼人は、兄妹なんだよね。



冬の風は冷たく吹き付けるが、沙耶の心はポカポカと温かかった。








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