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丘の上での再会


車は都心を抜け、郊外にある静かな住宅地に入っていった。

緩やかな坂道を上っていくと小高い丘に出た。


やがて、丘の上に白と淡いクリーム色を基調とした落ち着いた建物が見えてきた。

玄関前には、手入れの行き届いた花壇が設けられている。

小さなパンジーとビオラが風に揺れながら明るく咲いていて、そこだけ春のような温かさがあった。


「着いたよ。」


潤が車を停め、エンジンを切った。


真紀が車を降り、軽くストールを首に巻き直す。

潤も寄り添うように真紀の隣に立った。


「沙耶ちゃん、隼人君も一緒に行こう。」


潤の声に沙耶は、社内にいる隼人に声をかけた。

「隼人……。」


沙耶の声は、ゆっくりと彼を待とうとする優しさに満ちていた。


隼人は小さく頷き、車を降りた。



インターホンで潤が名前を告げるとホームの自動扉が静かに開いた。

中に入ると暖房の柔らかな温もりを感じる。

エントランスには、華やかなアレンジメントフラワーが飾られていた。


受付で面会の手続きをすると、職員が丁寧に案内してくれる。


「長谷川様は談話室でお待ちですよ。」


職員の人についてエレベーターで3階まで上る。


「こちらのお部屋です。何かありましたら、いつでも呼んでくださいね。」

部屋の前までついてきてくれた職員さんがそう言いおいて、その場を立ち去った。




潤たちが談話室の前に立つと、扉の向こうから柔らかな笑い声が聞こえてきた。


潤が一度深く息を吸い、そっと扉を開ける。


「長谷川さん……。」


その声に応えるように、穏やかな白髪の老夫婦が振り返る。

やわらかな桃色のカーディガンを羽織った老婦人がゆっくりとこちらを向いた。


「あら……潤さん!」


彼女の顔は、ぱっと花が咲いたようにほころんだ。


「まぁまぁ、来てくれたのね。嬉しいわ。」


車椅子に乗った老紳士も潤の姿を見つけるとにっこりと微笑んだ。

二人とも穏やかな雰囲気をまとっている。


「潤君、元気そうだね。」

老紳士が潤に話しかけた。


潤は、ほんのわずかに目を潤ませた。


「……はい。お二人のおかげで、僕はこうして今も元気に生きています。

やっと……会いたかった人にも、出会うことができました。」


老婦人は、潤に近づき、彼の手をとってそっと包み込むように握った。


「本当に良かったわね。あなたが会いたかった人に会えて……。」

そう言って真紀の方を向いた。


「初めまして。私は長谷川陽子です。

夫は、貴史と申します。」

夫妻が軽く頭を下げた。


真紀が微笑みながら

「初めまして。真紀です。

お二人にお会いできて凄く嬉しいです。」と挨拶した。


「あなたのことは潤さんから何度も聞いたわ。

そして、お子さんたちのことも最近電話で知らせてもらって……驚いたけれどこうしてお会いできるなんてね。」


そう言うと沙耶と隼人を見てにっこり笑った。


「貴史さん、お二人とも賢そうなお子さんたちよね。」

陽子は隣にいる貴史にそう声をかけた。


「うん。

潤君に二人とも瞳がそっくりだ。」


貴史の言葉に沙耶も隼人もはっとした。


やっぱり私たちってお父さんと似てるんだ……

沙耶が心の中で呟いた。


隼人も自分が潤に似ていると言われて、はっきりと潤と親子であることを意識した。


真紀が再び口を開いた。

「私からもお礼を言わせてください。長谷川さんご夫婦がいらっしゃらなかったら、潤さんはどうなっていたかわかりません。

彼を助けてくださって本当にありがとうございました。」



「そんな……お礼を言われるようなことはしていないわ。

私たちは、当たり前のことをしただけ。

それに、私たち夫婦にとって潤さんは、かけがいのない人になってくれたし。

私が、お礼を言いたいぐらい。」


「お父さんは、お二人にとってかけがいのない人なんですか?」

沙耶が改めて聞いた。


「そうよ。私たちには昔、息子がいたんだけれど、小さな頃に亡くしてしまって……。

潤さんと生活するようになって、ふっと息子が大人になって帰ってきてくれたんじゃないか……なんて思ったりしてね。」


夫の貴史も陽子の後に続けて話し出した。

「うん、そうだね。

潤君は、優しくて私たちの生活全般を支えてくれた。

うちは、小さな喫茶店をやってたんだけれど仕事もよく手伝ってくれて……。

何より潤君は、私たちの日常に潤いをもたらしてくれたんだよ。

記憶を失くして辛い時期だったのにね。

本当に頑張ってくれたよ。」


「そうだったんですね……。」

真紀は目元を緩め、隣に立つ潤をそっと見た。

潤の瞳には涙が溢れ、今にもこぼれ出しそうだった。


沙耶も長谷川さんご夫妻の話を聞いて感激したのか、しきりとハンカチを目にあて、涙を吹いている。


隼人は、胸の奥にゆっくりと広がるものを感じていた。

それは、痛みでも不安でもなく……じんわりとした温もりだった。


この人たちがいたから、今の僕らがある。

そして、潤さんは長谷川さんたちと本当の親子のような関係を築いていた。

血は繋がっていなくても--。


そのことを痛いほど感じて、隼人はいつの間にか、自分と潤の境遇を重ねていた。


「そうだわ。

そろそろ下のリビングに行って皆でお茶でも飲みましょうよ。」

陽子はそう言うと、貴史の車椅子を押してもらおうと職員を呼ぶボタンを押そうとした。


その時、すっと隼人が歩み出て貴史の後ろに立った。

「あっ、車椅子なら僕が押しますよ。」


「えっ、隼人、押せるの?大丈夫?」

心配そうな声を出す沙耶。


「うん。

俺、オーストラリアにいる時、ここみたいな老人ホームでボランティアしていたから慣れているんだよ。」


「へぇ。そうなんだ。」

沙耶が驚いたように隼人を見る。


「じゃあ、隼人君にお願いしようかな。」 

貴史が隼人の顔を見上げて微笑んだ。


「はい。」

隼人は、車椅子を器用に押してエレベーターホールに向かう。


そんな隼人を陽子が嬉しそうに見守っていた。


「隼人君の知らない一面を見たね。」

そう真紀に言いながら、潤が感心して隼人を見つめている。


エレベーターが止まり、扉が開いた。

車椅子に乗った貴史を先頭に全員が中に入る。


下に降りていくエレベーター。

階数が表示されるパネルを見ながら、沙耶はある時のことをふいに思い出した。


それは、初めて隼人を見た時に隼人が足を引き摺る老紳士を助けようとしていたこと……


隼人は、オーストラリアにいる時も日本に帰って来てからもずっと誰かを--

困っている人や弱っている人を助けようとしてきたんだ。


沙耶は、車椅子に座っている貴史ににこやかに話しかけている隼人を見て

最初の出会いから今までが繋がったような気がした。








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