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揺れる想い

新しい年が明け、新年の挨拶を兼ねて潤が皆に会いに来ることになった。


「あ~、お父さんがこの家に来る……。」

そわそわとする沙耶。


「そろそろかしらね?」

祖母、光恵がリビングの掛時計を見る。


真紀も光恵と一緒に時計を見上げて……

「もう、着く頃じゃない?」


「何だかドキドキするわ。潤さんに会うのは、十数年ぶり?

緊張するわね、やっぱり。」

先に来ていた姉の由紀も落ち着かない様子だった。


そんな由紀の様子を夫の壮一がそっと見守っていた。



そこに……

潤の来訪を告げるチャイムが鳴った。


玄関の戸が開くと、冷たい外気と一緒に、懐かしい声が家の中に流れ込んだ。


「……明けまして……おめでとうございます。

すっかりご無沙汰してしまって……。」


潤は、柔らかな笑みを浮かべてはいるが、その声は緊張して少しくぐもっていた。


「お父さん……明けましておめでとうございます。」

沙耶が少し照れたような表情で潤を迎えた。


真紀も「おめでとう、潤さん。待っていたわよ。」ととびきりの笑顔を見せた。


「おめでとうございます。

潤さん、久しぶり。」 

そう言う壮一を見て……


「壮一さん!」

潤は、壮一を見つめると懐かしさから、目を少し潤ませた。


「さぁ、どうぞ、上がってください。」

壮一に優しく促されて、潤は室内に入った。


「潤さん、預かりますよ。」

隼人が近づいてきて、潤の脱いだコートを預かり、ハンガーにかける。


リビングのテーブルには、湯気の立つお雑煮と、色鮮やかな重箱が用意されていた。


「潤さん、本当に久しぶりね。待っていたわよ。

何だかちっとも変わってないような気がするわ……。」

光恵が感慨深げに潤を見つめていた。


「お義母さん……今日はお招き頂きありがとうございます。

本当に長い間……お待たせしてしまって……すみませんでした。」

深々と潤が頭を下げる。


「そんな……水くさいわよ、潤さん。

さぁ、頭を上げて。

今日は一緒に楽しく食事しましょうね。」


「お父さんの席はそこよ。」

沙耶に案内されて、真紀の隣に設けられた席にかけた潤。


「今日は、潤さんの好物を真紀が用意しているからね。

たくさん、召し上がって。」


笑顔で話す由紀の言葉に……


「お義姉さん、ありがとうございます。」

そう答えながら、潤は、徐々に緊張がほぐれてきた。



笑い声がこぼれ、箸が進む。

温かな食卓。

誰一人欠けることなく、集まることができた家族の食卓--。


潤は、懐かしい人々の笑顔に心から癒されていた。


そんな中に、一人、どこかその笑顔に哀愁を漂わせている人物がいた--。


そのことに真っ先に気がついたのは、隼人だった。


潤と壮一は、楽しそうに会話しているように見えたが、

よく見ると壮一は優しく笑ってはいたが、その瞳は潤を通り越して遠くを見ているような力のない感じがした。


隼人は、二人の父親を眺めていて心配になった。


母、由紀は壮一の異変にあまり気がついていないようだったが……。


由紀が急須にお湯を入れるために席を立った時、壮一はふと箸を置き、湯呑みを両手で包んだ。


あぁ……この輪の中で自分だけが血の繋がりがないんだな……。


と、声にもならない思いが胸の奥に沈んでいく。


決して恨みでも、不満でもない。

ただ、ふと気づいてしまったのだ。



隼人が潤に笑顔を向ける度に自分の影が少し薄れていくような気がした。


顔立ちもちょっとした仕草も実の父親、潤に似てきたように見える隼人。


それは、当たり前のことだ--。

しかし、潤が現れる前には具体的に本当の親子の結びつきについて、あまり考えたことはなかった。


今こうして二人が並んでいるところを目の当たりにすると実の親子であることを実感させられる。


食卓の笑い声が続く中、

隼人はそっと壮一の横顔を見つめる。


その横顔は、いつもと同じように優しいのに、

どこか、少しだけ、寂しさを感じる。


隼人まで内心、悲しくなってきた。

決して表情には出せない。

こんなに皆、楽しそうにしているのに……。


潤さんもあんなに嬉しそうにしている。

久しぶりに皆に会えたんだものな……。

潤の今までの苦労を思えば、どれだけ今日という日を待ち望んでいたか……。

あの人がいなかったら、俺も沙耶もこの世には生まれていない。


だけど……

父さんは--。

父さんの気持ちはどうなるんだろう--。


明るい笑い声を立てている沙耶。


沙耶のようには喜べない自分。


誰が悪いわけじゃない。

誰も悪くない--。

でも--。


やり場のない想いにかられ、そっと隼人は席を立った。


「隼人、大丈夫?」

隼人の様子に気がついた光恵が隼人について来ていた。


「うん、別に大丈夫だよ。

ちょっとトイレに行くだけだから……。」


「そう?」

孫の翳りのある顔が気になった光恵。


「皆が幸せじゃなければ……困るわよね。」

隼人の後ろ姿を見送りながら、光恵は小さく呟いた。



隼人にとってこの葛藤をまだ言葉にすることは出来なかった。

トイレの中で一人ではぁっとため息をつく。

けれど隼人の胸の中で、確かに何かが揺れ始めていた。


ドアの外からは、賑やかな声が聞こえてくる。


「父さん、俺、どうしたら良い?」

声にならないほど小さく囁きながら、隼人は、しばらくトイレから動けなくなった。



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