クリスマスの約束
クリスマスイヴの翌朝--
キッチンで朝食の支度をしていた真紀のスマホにメッセージを知らせる着信音が鳴った。
ボールに入った卵をかき混ぜる手を止めた真紀。
スマホのトーク欄を開けると
『昨日は、ありがとう。よく眠れた?』という潤からのメッセージが届いていた。
そのメッセージを読みながら、まだ信じられないような気持ちになった。
長年待ち続けた人に会えて、こうやってメッセージまでもらえるようになるなんて……。
夕べのことは、夢じゃないわよね--。
スマホを持ったまま、しばらく放心状態になる真紀。
とりあえず、返事をしなきゃ……。
スマホを握りしめると何て打とうか、しばらく考える。
そういえば、今日はクリスマス当日なんだな……。
『潤さん、メリークリスマス!
お陰様でよく眠れたわ。
また、あなたに会えるのを楽しみにしてる。』
こうメッセージを送ると潤からも嬉しそうなメッセージが返ってきた。
『ありがとう。
言い忘れていたな--僕からもメリークリスマス!
また、すぐにでも真紀ちゃんに会いたいよ。
良いクリスマスを。』
真紀ちゃんか……。
昔のままの呼び方に少しくすぐったいような気持ちになった真紀だった。
笑顔でスマホを見ている真紀に気が付いた光恵が、「潤さんから?」と声をかけた。
夕べ光恵は、真紀と沙耶から、潤が見つかったことを聞かされていた。
「おばあちゃん、あのね……。
実はお父さんが見つかって、今日お母さんと会ってきたの。」
興奮して話す沙耶の言葉に心底驚いた光恵だったが、こんなに嬉しいことはないと涙を流した。
真紀のためにも沙耶のためにも潤さんが側にいてくれたら、私も安心できる--。
光恵は、長年待ったかいがあったと胸を撫で下ろした。
「お母さん、潤さんたら、私のことをいまだに真紀ちゃんって呼ぶのよ。」
真紀の嬉しそうな表情を見て……
「あら~、良いじゃない。気持ちまで若返りそうね。」
とつられて微笑んだ。
昨日までは、潤は真紀さんと呼んでいたのに、呼び方ひとつで一気に彼との距離が縮まったように感じた。
「今度、潤さんをここに呼ぼうと思うの。
お姉さんや壮一さん、隼人も一緒に呼んで、楽しく過ごしましょうよ。」
「それが良いわね。
久しぶりに潤さんに会えるのが私も楽しみだわ。」
「潤さん、皆に会うの、緊張しそう……。
大丈夫かな?」
少し潤を心配するような口振りの真紀。
「大丈夫よ。皆、その辺りは心得ているから。普段通り潤さんに接するわよ。」
と光恵は笑いながら応じた。
「お母さん、おばあちゃん、おはよう!」
元気よく階段を下りてきた沙耶。
沙耶は、昨日から冬休みに入ったばかりだった。
「お母さんもおばあちゃんも何だか楽しそうね。
何か良いことあった?」
沙耶の言葉に真紀と光恵が顔を見合わせて笑っている。
「やっぱり、良いことあったんだね。
これは、潤さん、いや、お父さん絡みかな?」
「察しの良い子ね~。」
光恵が感心している。
「沙耶ちゃん、今日はどこか出かけるの?」
真紀が聞いた。
「今日から数日、学校で冬期講習があるから行かなくちゃ。」
「あぁ、そうだったわね。お弁当は?」
「講習はお昼までだし、その後隼人たちと一緒にどこかで食べてくるから、気にしないで。」
「そう。わかったわ。」
その後、朝食を終わらせた沙耶は学校に向かった。
校門前で隼人と落ち合う。
「隼人、おはよう。」
「おはよう。待った?」
隼人は、走ってきたのか、白い息を吐いている。
「ううん、大丈夫。
隼人、走って来たの?」
「あぁ、ちょっとね。
昨日帰ってから、母さんに潤さんのこと色々聞かれて、なかなか寝かせてもらえなかったんだよ。
寝不足だったから、今朝、起きれなかった……。」
「なるほど……。
夕べお母さんからも由紀さんに電話してたよね。」
「うん。長電話だったな~、あの二人。」
「そうそう。」
そう言い合って、二人は笑った。
「今日、講習が終わってから、ちょっと寄り道しない?」
沙耶からの提案に
「寄り道?良いけど……。」
怪訝そうな隼人の顔。
「佐織と勇太君も誘ってさ、私たちのこと、打ち明けない?
二人に……。」
「あぁ、そういうことね。
わかった。」
講習を終えた後、学校前の歩道を並んで歩く四人。
「久しぶりだな、こうやって四人で帰るの。」
勇太がウキウキとした足取りで皆に話しかける。
「そうだな、学園祭以来?」
隼人がそう言うと……
「そうかも。今日は、私や勇太君も誘ってくれて嬉しいよ。
いつも沙耶と隼人君は一緒だったから、ちょっと私、二人に焼きもち焼いてたんだ。」
佐織が沙耶と隼人をふざけて軽く睨んだ。
「ごめんね、佐織……。」
沙耶が心配そうに謝ると
「冗談、冗談。そんな真面目な顔をしないでよ、沙耶……。」
佐織が沙耶をなだめた。
四人は、駅近くのファミレスに入った。
席に案内されると……
「あ~、俺、お腹ペコペコ。
隼人、何にする?
俺、ハンバーグステーキランチにするわ。」
勇太があっという間に注文したいものを決めた。
他の三人も各々、タブレットに自分の食べたいものを選んで打ち込んだ。
「よし、じゃあ、送信っと。」
勇太が最後に送信ボタンを押した。
「勇太君、お腹がそんなに減っているのなら、ハンバーグ、早く来ると良いね。」
佐織が笑いながら勇太を見た。
「いや、待てるし……。
子どもじゃないんだから。」
勇太がふて腐れて口を尖らせた。
「まぁまぁ、二人とも……。」
隼人が二人を見ながら、笑いを堪えている。
沙耶も「佐織、あまり勇太君を刺激しないでよ。」と隣に座っている佐織を肘でつついた。
「はぁ~い。ごめんなさい。」
佐織は、そう謝ると静かになった。
しばらくすると料理が運ばれてきて、勇太も気を取り直してハンバーグを美味しそうに食べ始めた。
食後、それぞれがドリンクコーナーに立って新しいドリンクを持ってきた。
四人が揃ったところで、隼人が
「あのさ、俺と沙耶から二人に話があるんだけど……聞いてくれる?」
と言いながら勇太と佐織の顔を交互に見た。
「えっ。隼人、何だよ、話って……。」
「え~、そんな改まって言われたら、私怖いんだけど……。」
勇太と佐織が動揺し始めた。
「俺と沙耶なんだけど……。」
「……うん。」
二人が隼人を見つめる。
「実は……双子だったんだ。」
「え~っ!双子?」
「嘘っ!」
勇太と佐織は驚いて思わず大きな声をあげた。
「ちょっと……二人とも声が大きいよ。」
沙耶が恥ずかしそうに周囲を見た。
「そ、それで?」
勇太が尋ねる。
「いや……それだけ。」
隼人の答えに
「それだけって……。何だよ、それ。
二人は、そのこと、いつ知ったんだよ。」
勇太の声のボリュームがまた上がる。
「いつって、ちょっと前かな?
学園祭が終わってから……。」
同意を求めるように隼人が沙耶を見た。
「そうなの。私のお母さんと隼人のお母さんが姉妹だって知らされて……。
隼人は、叔母さん夫婦の養子になってたってことだったんだ。」
沙耶の言葉に
「マジか……。隼人、お前、それ聞かされて大丈夫だったのか?驚いたよな。」
勇太が心配そうに隼人を覗き込んだ。
「う……ん。そうだね。ちょっと寝込んだ。」
「えっ、寝込んだって……まさかあの時?
隼人が初めて学校休んだ時……。」
隼人が頷く。
全てを悟ったように勇太は隼人の背中を軽く何度か叩いた。
「お前、大変だったんだな。俺、何にも知らなくて……ごめんな。
力になれなくて。」
「いや、そんなことないよ。
確かにショックは受けたけど、両親から俺が養子になった事情は聞いたし、ずっと変わりなく俺に接してくれてる。
それに学校に行ったら勇太がいてくれるし……凄く心強かったよ。」
「隼人君、強いね。
沙耶もびっくりしたよね。
二人はよく似てるから、何か関係はあるのかと思っていたけど……まさかね。
双子だったなんて……。偶然、同じ高校で出会ったの?」
佐織が沙耶に聞いた。
「そうなの。偶然……親たちも驚いちゃって。」
「沙耶も隼人君も何も知らずに出会ったんだね。
運命の出会いか……。」
佐織が呟く。
「それからね、最近、私と隼人の行方不明になっていた実のお父さんまで見つかったんだ。
それも……偶然。
キャンプに行った時に私と隼人がたまたまその人に出会って……。
後で、二人で詳しく事情を聞きに行ったら、やっぱりその人、私たちのお父さんだった。」
「なにそれっ!俺の頭、もう、ついていけないや。」
勇太の声は、叫びにも近かった。
「実のお父さんが見つかった?二人の……。」
佐織はびっくりし過ぎて後の言葉が続かない--。
「ごめんね、二人を驚かせちゃって。
でも、二人にはちゃんと伝えようって隼人と話し合ったんだ。」
沙耶がそう言って隼人を見る。
隼人は……
「俺たち、二人のことは信用してるからさ。
このこと、他の人には黙っておいてくれる?」と言って勇太と佐織を優しく見た。
「当たり前だろ。約束するよ。
俺は誰にも言わない。」
「私も……誰にも言わないわよ。」
「ありがとう。」
沙耶と隼人の声が重なった。
「……こんな……ドラマみたいな話、本当にあるんだな。
何だか喉がカラカラだよ。」
勇太がそう言ってストローでオレンジジュースを飲み干した。
佐織も「本当に……ドラマみたいよね。」と言いながら、コーヒーカッブをいつまでもスプーンでかき混ぜている。
「でも……。」
佐織が沙耶と隼人を見た。
「良かったよね、実のお父さんが見つかって。
それで……沙耶のお母さん、お父さんと再会できたの?」
「うん。昨日……。」
「そっか、良かったね、沙耶。
お父さんに会えて。お母さんもお父さんに再会できたなんて、すごいよ。
確か、前に沙耶のお父さんは、長いこと行方不明だったって聞いていたから……。
こんな素敵なことないよね。
奇跡みたい……。」
そう言いながら、佐織が目を真っ赤にしている。
「佐織……。」
沙耶も親友の言葉に涙が溢れてきた。
「おい、おい……そこの二人。
泣くの?今……。」
勇太はオロオロしている。
隼人はそんな三人を微笑みながら、黙って見ていた。
ここには、俺たち二人を本気で心配してくれたり、嬉しいことがあれば、一緒に喜んでくれる友だちがいる--。
それだけで、心が温かくなった。
「よし、今日はクリスマスだし、この後ケーキも食べるぞっ!」
勇太の威勢の良い声に泣いていた沙耶たちも思わず笑った。
「何ケーキが良いかな~。」
タブレットを操作する勇太。
「あっ、勇太君、私にも見せてよ!」
ここでまた、佐織と勇太の声のボリュームが上がってきたが……
今日はクリスマス。
大目に見てもらえるかな?
いや~、それはないか……
沙耶はそんな風に思いながら二人の様子を見守っていた。
「あの……タブレットだけじゃなくて、普通に紙のメニューもあるんだけどね。」
そう言いながら、隼人は困ったように笑っていた。




