最高のクリスマスプレゼント
ランチを終えた後、潤は沙耶と隼人をまた車に乗せ、二人の最寄り駅まで送ってくれた。
駅のロータリーで車を停めて
「じゃあ、またね。」
と潤が言うと……
「今日は、ありがとうございました。
ランチ、すごく美味しかったです。」
「潤さん、帰りもまた送ってくださってすみません。」
口々に二人がお礼を伝えた。
車から二人が降りたのを確認すると車の窓を開け
「また、連絡するよ。気を付けて帰ってね。」
そう微笑みながら潤が言い、車をスタートさせた。
車が走り去っていくのを見送る二人。
「行っちゃった……。」
沙耶がぼんやりとした表情で立ちすくんでいる。
「そうだね、じゃあ、帰ろうか。」
隼人が先に歩き出した。
「ねぇ、隼人。お母さんに何て言ったら良いかな?」
「えっ、真紀さんに?
そうだな……。まずは、他の皆に会わせる前に潤さんと真紀さん、二人だけで会わせてあげたいよね。」
「そう……だね。
私、潤さんとお母さんがよくデートした場所があったら聞いてみるよ。
そこで、会わせてあげたらどうだろう?」
「あぁ、二人の思い出の場所かぁ。」
「うん。例えばカフェとか?」
「そうだね。沙耶ちゃんから、何気なく真紀さんに聞いてみたら?」
「そうしてみる!」
沙耶は急に元気になり、足取りも軽く家に向かった。
「隼人、送ってくれてありがとう。
場所が決まったら、また連絡するね。」
「うん。潤さんの予定は俺から聞いてみるよ。
真紀さんにも空いている日、聞いてみて?」
「OK!」
沙耶は隼人に手を振ると玄関の扉を開けて家に入っていった。
気付けばもう、クリスマスが目の前だった。
二人は、潤と真紀に最高のプレゼントをあげたいと考えていた--。
沙耶は、夕食を用意する母に何気なく声をかけた。
「お母さん、昔……お母さんとお父さんがよく会ったカフェとか覚えてる?」
「えっ、どうしたの?
そんなこと聞いてきて……。
そうねぇ、あのカフェ、まだあるのかな?」
夕食のシチューの鍋をかき混ぜながら、母が少し遠い目をして答えた。
「えっ、それ、どこなの?」
「う~ん、銀座にあるカフェ。
名前は……。
カフェ・ルーチェだったかな?」
「カフェ・ルーチェね。
わかった、ありがとう。」
沙耶は機嫌よくキッチンから出ていった。
「沙耶、何を考えているのかしら?
さっぱりわからないわ。」
沙耶の後ろ姿を見送りながら、真紀は頭を傾げた。
そして……クリスマスイヴの日に真紀は、沙耶と隼人と一緒にカフェ・ルーチェを訪れた。
そのカフェは、銀座の裏通りに静かに佇んでいた。
「まだ、あったのね~、このカフェ。
あなたたちと来れて嬉しいわ。」
晴れやかな真紀の笑顔に沙耶と隼人はそっと顔を見合せた。
「じゃあ、お母さん、お店に入ろうか。」
三人が扉を押して入ると……
店内には低く優しいジャズが流れ、窓からは午後の明るい日差しが入り込んでいた。
小さなクリスマスツリーも飾られていて、そのてっぺんに掲げられた星の飾りが日差しを浴びてキラキラと光っていた。
真紀たちは、四人掛けの席に案内された。
「お母さん、これからお母さんの大切な人が来るから、ここで待っていようね。」
「大切な人?誰なの?」
真紀が動揺し始める。
隼人がそっと席を立ち、カフェの扉を開けて外に出ていった。
カフェのホールスタッフがメニューと水を運んでくる。
真紀はその水のカップに口をつけることもなく、そわそわとしていた。
しばらく待っていた真紀の背後から……
「真紀さん。」と呼ぶ声がした。
その懐かしい声に真紀が振り返ると--
振り返った真紀の視線の先には、潤が立っていた。
その人は、以前よりも落ち着いた雰囲気に変わってはいたが、彼の目元は昔と同じままで、やわらかく笑うと少し小さくなった。
「潤さん……なの?」
「真紀さん、元気だった?」
「潤さん、あなた、今までどこにいたの?」
「ごめんね、ずっと会いに来れなくて……。」
それは、真紀の中で今まで抑えていた感情が一気にほどけていくような瞬間だった。
潤もやっと会えたという気持ちで胸がいっぱいになり、なかなかうまく言葉が出てこなくなっていた。
潤の後ろに立っていた隼人が沙耶に合図を送り、沙耶も席を立った。
沙耶と隼人は少し離れた席に移動し、二人で向かいあって座った。
「しばらく二人だけにしておこうね。」
隼人の言葉に沙耶が嬉しそうに頷いた。
その後は、真紀と潤が話し込む声が音楽に混じってところどころ聞こえてくる。
真紀は時々泣いているようだったが、次第に落ち着きを取り戻していた。
「お母さん、本当に良かったなぁ。
あんなに会いたがっていたお父さんに会えて……。」
いつの間にか、自然に潤のことをお父さんと呼んでいる沙耶を見て隼人も微笑んでいた。
潤が立ち上がって、沙耶と隼人のテーブルに近寄ってきた。
「二人とも、そろそろこっちのテーブルに来てくれないかな?」
遠慮がちな潤の申し出に沙耶と隼人もテーブルを移動して、四人で同じテーブルを囲んだ。
「沙耶、何で潤さんのこと、黙っていたの?
先に二人で潤さんに会っていたらしいじゃない。」
「お母さん、ごめんなさい。
でも、今日はお母さんとお父さんにクリスマスプレゼントをあげたくて黙ってたの。
ね、隼人。」
「うん、お二人をここで会わせることが僕らからのクリスマスプレゼントだったから。」
沙耶と隼人の笑顔につられて、潤と真紀も笑い出した。
「プレゼントね。」
潤と真紀がまるで恋人同士のように顔を見合せて幸せそうに笑っている。
沙耶にお父さんと呼ばれた潤も少し照れたような表情を見せていた。
最高のクリスマスプレゼントを子どもたちからもらった潤と真紀。
会えずにいた長い年月が溶けていくように店内は温かな光に満ちていた。




