転校生
「沙耶、おはよう!」
橘佐織が、登校してきた柚木沙耶に声をかけた。
「おはよう、沙織。
何かあったの?
やけに嬉しそうだけど……。」
「えっ、わかる?」
「うん、佐織の弾んだ声を聞いたら、すぐに気がついたよ。」
「あのさぁ、隣のクラスに転校生が来たんだって。」
「転校生?
それって女子?」
「ううん、男子だって。」
「そうなんだ。」
「ねぇ、ちょっと見に行かない?」
「えっ?
う……ん。良いけど。」
佐織は沙耶の手を引いて廊下に出た。
隣のクラスを廊下から二人が覗くと……
ざわつくクラスの中に、窓辺に立つ少年の姿があった。
黒髪は光を受けて柔らかく揺れ、憂いを帯びた瞳が遠くを見ている。
その横顔を見た瞬間、沙耶の心臓がドクンと鳴った。
――昨日の横断歩道で老紳士を助けていた、あの少年だ!
驚きに言葉を失う沙耶。
廊下には、沙耶と佐織以外にも数人の友人が集まっていた。
友人たちは囁き合いながら、ふと彼の目元に気づく。
「ねえ……あの人、沙耶に似てない?」
「ほんとだ、目の感じとか、雰囲気そっくり!」
ざわつく声に彼がこちらを振り向く。
一瞬、沙耶と目が合った。
その瞳は驚いたように揺れ――
彼も何かを感じたようだった。
彼が沙耶の方に近づいてくる。
沙耶の前で足を止め、
「ねぇ、前にどこかで会った?」と聞いた。
「えっ?」
ドキドキしながら、沙耶は必死に答えた。
「私は……昨日、偶然あなたを見たけれど。」
「昨日?」
「この近くの横断歩道で。」
「あぁ。」
と彼が頷いた。
「でも……私たち、今まで会ったことなんてないよね。」
「そう……だよね。
でも、何だか君に見覚えがあるような気がして。
君、名前は?
僕は竹村隼人。」
「私は、柚木沙耶。」
「沙耶……。」
隼人は何かを思い出そうとしている様子だった。
周りの世界が遠ざかり、沙耶と隼人だけの世界がそこには広がっていた。
ただただ二人はお互いに見つめあっていた。
しばらくすると周囲のざわめきが沙耶の元に戻ってきた。
「あの二人、知り合い?」
「何か話してるよね。」
「沙耶、隼人君のこと知ってたの?」と佐織が沙耶に近づいて聞いた。
「あ……別に知り合いというわけじゃないんだけど。
昨日、たまたま会ってたんだ。
私が彼を見かけたというか。」
「そうなんだ。
あまりに二人の雰囲気が似ていて驚いちゃった。」
佐織の言葉に
「自分でもそう思うよ。」
と呟いた沙耶。
「また、ゆっくり話そう。」
と隼人に言いおいて、沙耶と佐織はその場を離れた。
呆然と二人を見送る隼人。
昨日の出会いは、偶然だと思っていたけれど偶然ではなく、必然だったのかも?
沙耶は、そう思い始めていた。