家族の団らん
朝から沙耶の母、真紀はリビングを片付け、料理を準備する為にキッチンに立っていた。
真紀の隣には、料理を手伝う祖母、光恵の姿もあった。
今日は、隼人一家が沙耶の家を訪れる日だ。
リビングには、窓越しに明るい秋の日差しが届いている。
「お母さん、今日は、ちらし寿司を用意しようと思っているんだけど……。」
真紀が光恵に聞くと
「良いんじゃない?
由紀の好物だし……。壮一さんや隼人も食べるでしょ。」
と光恵も微笑んだ。
「おばあちゃん、隼人君にはピザも用意しようよ。」
沙耶がそう提案すると
「そうね。
なら、ピザも取りましょうか。
好きなピザを選んで、沙耶が頼んでくれる?
だいたい、1時頃に三人は来ると思うから……。」
「わかった!」
沙耶はスマホで宅配ピザのメニュー画面を見始めた。
「マルゲリータと炭火焼きチキンが乗ったピザにしようかな……。
隼人君、何味が好きなんだろう?」
沙耶は少し迷った後、ちょうど三人が来る頃に焼きたてのピザが届くよう手配した。
隼人君、ここに来たら、どんな顔をするかな?
何だかドキドキする……。
沙耶は間もなくやってくる隼人のことを想像して、自分まで緊張してきた。
やがて、1時を少し回った頃、玄関チャイムが鳴った。
真紀がインターホンで三人の来訪を確認していると……
「あっ、私が出る!」
沙耶が玄関まで走り、勢いよく扉を開けた。
「沙耶!」
隼人が少し驚いたようにこちらを見て立っていた。
「隼人君!」
沙耶が門扉の鍵を外し、扉を開いて3人を招き入れた。
「沙耶ちゃん、お邪魔するわね。」
由紀が優しく微笑みかける。
「こんにちは。沙耶です。」
沙耶が壮一に挨拶すると
「沙耶ちゃんか……。
こんにちは。」
少し眩しそうに壮一が沙耶を見た。
沙耶の背後には、真紀と光恵の姿もあった。
「壮一さん、由紀、久しぶりね。
よく来てくれたわね。どうぞ、中に入って。
隼人君も。」
光恵が優しく声をかける。
「お母さん、本当にお久しぶりです。
ご無沙汰してしまい、すみません。」
壮一が深々と頭を下げた。
「そんな……壮一さん、頭を上げてくださいよ。
さぁ、リビングにどうぞ。」
光恵が壮一と隼人にスリッパを用意し、室内に案内した。
「わぁ~、懐かしいわ。
変わってないわね、昔のままだわ。」
由紀が先にリビングに入り、声をあげた。
「そうでしょう?
長い間大して手も入れてないから、私もこの家も古くなったわよ。」
そう笑いながら光恵が由紀を眺めている。
この家は、由紀の実家でもあった--。
隼人は、リビングをぐるりと見回し、改めて祖母である光恵を見た。
「隼人君、私があなたのおばあちゃんよ。
小さな頃は一緒に暮らしていたのよ。
本当に大きくなって……。」
「あの……ごめんなさい、何も覚えていなくて。」
隼人がすまなそうにすると
「当たり前よ。あなたは、別れた頃はまだ1歳だったんだから。」
光恵が優しく答えた。
「隼人君……。よく来てくれたわね。」
真紀も隼人をじっと見つめていた。
隼人は、真紀を見ると目を大きく見開いた。
自分の母に似ている--。
雰囲気も顔立ちもよく似ていた。
「立派になって……。
あんなに小さかったのに。」
その瞳には、涙が光っていた。
「学校では沙耶と仲良くしてくれて、どうもありがとう。
今日はちらし寿司、たくさん作ったから食べてね。」
「はい。」
真紀は多くは語らなかったが、隼人にも真紀の気持ちが自然と伝わってきた。
やはり、実の母である真紀には、どこか他人とは思えない繋がりを感じた隼人だった。
「お義兄さん、本当によく来てくださいましたね。
長い間、お会いできず、すみませんでした。
心から……感謝しています。」
真紀が、壮一に頭を下げると
「真紀ちゃん、水くさいことを言わないでよ。
今日は会えて本当に嬉しいよ。
君が元気そうで安心した。」
壮一は、言葉通りとても嬉しそうだった。
その時、チャイムが再び鳴り、ピザが到着した。
「あっ、私、取ってくるね!」
沙耶が玄関に走る。
「あの子、張り切っているわね。」
真紀がそう言うと光恵と目を合わせて笑った。
その後、五人は仲良く食卓を囲んだ。
「わぁ~、ちらし寿司美味しそうね!
私の好きものを覚えていてくれたんだ。」
「当たり前よ。由紀が好きなものは全部覚えているわよ。」
「姉さんも壮一さんもちらし寿司、好きだったわよね。」
隼人君は、わからなかったから、沙耶がピザを用意したのよ。
皆、たくさん食べてね。」
真紀の弾んだ声が響く。
「僕も……ちらし寿司、好きですよ。
たまに母が作ってくれたから。
勿論、ピザも好きですが……。
このピザ、どっちも好きな味だな。」
隼人がそう言うと
「それなら、良かったわ。」と真紀がホッとした顔で呟いた。
「ピザ、どっちも隼人君が好きな味で良かった!」
と沙耶も笑顔を見せた。
和やかな時間が流れ、食後に皆でケーキを食べている時にふと光恵が話し出した。
「そういえばね。
隼人と沙耶が一緒にこの家にいた頃……
夜に急に雨が降り出して、雷も鳴ってね、嵐みたいになったことがあったのよ。
そうしたら、停電しちゃって……暗闇の中で二人が怖がってわんわん泣いたことを思い出したわ。」
「え……そんなことがあったの?」
沙耶がびっくりしたような顔をした。
「あの日……確か私が仕事が遅くなってお母さんと子どもたちだけだったのよね。
私が帰ってきたら、二人が大泣きしていて……。
よく覚えているわ。」
真紀も昔を懐かしむような眼差しで沙耶と隼人を見つめた。
「まさか……それで、私と隼人君は暗闇が苦手になったのかな?」
沙耶がそう言って隼人を見ると
「そんなことがあったんだ……。」
と隼人も沙耶と視線が合った。
「学園祭のお化け屋敷で私が暗闇が苦手だって隼人君に話したら、隼人君も苦手だってわかったんだよね。」
「そうなの?」
真紀と由紀も同時にそう言って笑い出した。
壮一も楽しそうに皆の話を聞いている。
最後には、真紀がどこからか、沙耶と隼人が二人で写っているアルバムを持ってきて、昔話に花が咲いた。
「わぁ~、私たち可愛いね。
こんな写真があったんだ。」
「本当だ!
沙耶も俺もちっちゃいな。」
隼人は、写真を見ながら、繰り返し見た夢のことを思い出していた。
自分の隣に誰かがいつも一緒にいた夢--。
やっぱり、あの夢は--。
俺の記憶でもあったんだな--。
隼人にとって沙耶と一緒にいることが自然なことのように思えたのは、当たり前のことだったのかもしれない。
こうして、一つの家族としてまた、出会えたことは幸せなことなんだ--。
沙耶も隼人も心からそう思えた1日だった。
夜遅くまで笑い声は絶えず、温かな光がリビングの窓から優しく路上を照らしていた。




