父のぬくもり
沙耶が帰った後、隼人は少し元気が出て気分が良くなってきた。
夕方になって、パジャマのまま勉強机に向かった。
「今日、沙耶が持ってきてくれた数学のプリントでも見るか……。」
隼人がプリントを見始めると……
部屋の扉をノックする音が聞こえた。
「隼人、起きてるか?」
父親の壮一の声だった。
「父さん……?
うん、起きてるよ。」
壮一が部屋に入ってきた。
「具合はどうだ?
学校、休んだんだって?」
「朝は、ちょっと頭痛が酷くて……
でも、大分良くなったよ。
今日はずいぶん帰りが早いね。」
「うん、外出先で仕事が早めに終わったから、そのまま帰ってきたんだ。
さっき沙耶ちゃんが来ていたって母さんから聞いたよ。」
「父さん、沙耶を知ってるんだね。」
「うん、隼人と沙耶ちゃんが赤ん坊だった頃に会ってたんだよ。
二人とも凄く可愛いかったんだ。」
「へぇ。」
「特に隼人は僕ら夫婦に懐いてくれて、いつも会うとニコニコ笑ってたよ。
そんな隼人が僕らの元に来てくれることになって、母さんも僕もとても嬉しくてさ……僕たちも一生懸命働かなきゃって思ったよ。」
「そうなの?
父さんも母さんも俺が来て、嬉しかったの?」
「当たり前だろ。
こんな良い息子は他にいないよ。
だから、君に出会わせてくれた真紀さんには感謝してるんだ。
そして、隼人の実のお父さんにも……。」
「僕の実のお父さん……。」
隼人は、壮一の目をじっと見た。
「実は、僕は潤さんにも会ってるんだ。
真紀さんが結婚したい人がいるって僕たちに紹介してくれて……。」
「そうなの?
その人、どんな人だった?」
隼人に勢い込んで壮一に尋ねた。
「そうだなぁ……。」
壮一は昔を思い出すように語り始めた。
「彼は山が好きで、よく真紀さんと登っていたよ。
当時は日焼けしていて、精悍な顔立ちだった……。
真紀さんや僕たちに凄く優しくて、心の温かい人だったよ。」
「そうなんだ。
優しい人だったんだね。」
「うん。
潤さんとは、僕もいずれ義理の兄弟になる間柄だったからね。
彼が山で遭難したって聞いた時はとてもショックだった……。
今でもどこかで生きているんじゃないかって時々思うんだよ。」
「父さん、その人のこと、好きだったんだね。」
「勿論だよ。
隼人は、潤さんに似て男前だし、優しいな。」
そう言って壮一は微笑んだ。
「隼人、僕は潤さんの分もお前の父親として力になりたいと思ったんだ。
そして、隼人は僕たちの息子として立派に成長してくれた。
別に僕と血の繋がりがなくったって隼人は僕の息子だよ。
今までもこれからもずっと……。」
そう壮一が言うと隼人は涙ぐんだ。
「父さん……。」
「隼人、良いか。
変な遠慮はするんじゃないぞ。
何かあったら、いつでも父さんや母さんに相談してくれ。
いつだって僕たちは隼人の見方なんだからな。」
壮一は、軽く隼人の肩を叩くと……
「父さんも着替えるから、隼人もリビングに出ておいで。
一緒にお茶でもしよう。
直に夕食の支度を母さんがしてくれるさ。
久しぶりに三人で一緒に食べよう。」
そう言って隼人の部屋を出ていった。
隼人は壮一の優しさに触れ、胸の内がポカポカと温かくなった。
わだかまりが一気に溶けていく気がした。
涙を拭うと隼人はそっと立ち上がり、扉を開けた。
リビングには、夕方の穏やかな光が差し込み、優しい笑顔の母が待っていた。
そして、久しぶりに家族と囲む食卓。
隼人は、たとえ血の繋がりがなかったとしても、本当の両親でなかったとしても...…俺は大丈夫。
そう思えるようになった。
俺には、沙耶もついていてくれる--。
明日は学校に行こう。
そして、沙耶に会うんだと隼人は思った。




