再びめぐり逢う二人
隼人の自宅--。
窓から夕暮れの柔らかい光が差し込むリビングで、由紀は隼人が帰宅するのをソファに座って静かに待っていた。
隼人が帰宅し、リビングに入ってくると
「隼人……ちょっと話があるの。」
由紀から声をかけられた。
由紀の声は落ち着いているが、どこか決意がこもっている。
「話って何?」
隼人は少し緊張しながら、制服のまま由紀の隣に腰を下ろした。
心臓が少し早く打っているのを感じる。
「実はね……あなたが仲良くなった柚木沙耶さんは、あなたの双子の妹なの。」
「双子……?
俺に兄妹がいたの? 」
すでにそのことは、知っていたような気はする。
しかし、いざ母親の口からその真実を聞かされると隼人の胸の奥がざわついた。
「そうよ。あなたは生まれた時は双子だったけれど、1歳を少し過ぎた頃、事情があって私はあなたを育てることになったの。
私たちと名字が違うと生活上で支障があるから、あなたのことは、養子にしたわ。」
由紀も緊張しているのか、声が少し震えていた。
隼人は言葉を失い、視線を床に落とした。
しばらく黙っていたが、やっと声を絞り出すように
「養子って……じゃあ……僕の本当の両親は誰なの?」と尋ねた。
「あなたの本当のお母さんは沙耶さんのお母さんである真紀さんよ。
私は、真紀の姉なの。
お父さんは……もうずっと前に山で遭難して行方不明になったままで……。
名前は、緒方潤。
真紀は潤さんのことを今でも諦めきれず、帰ってくるのをずっと待っているみたい。」
由紀が隼人を見つめる。
「でも、隼人、これだけは信じて欲しいの。
私もお父さんもあなたを心から愛して育てた。
これからもずっと、あなたのことを息子として愛し続けるわ。」
隼人の胸に、複雑な感情が押し寄せる。
何故、俺だけが養子に出されたのか?
自分を愛して育ててくれた母の言葉に嘘はないとは思うが、この真実をどう受け止めたら良いのかわからなかった。
「急にこんな話を聞かされても……まだ整理できない……。」
隼人の声もかすかに震えていた。
「あなたがそう言うのも……もっともだと思うわ。
あなたがもっと大人になってから打ち明けるつもりだったけれど……沙耶ちゃんとあなたが出会ってしまったから、もう、隠しておけなくなったのよ。」
「そうなんだ……。」
そう答えた隼人は、それ以上は言葉が出てこなかった。
沙耶と双子の兄妹であったことは嬉しい気もするが、今の父と血の繋がりがなかったことは、悲しい気持ちになった。
母だと思っていた人は実は叔母さんで、父とは他人だったなんて……。
大好きな父と母のことをそんな風に考えたくはなかった。
昔、俺を育てることになった事情ってどんな事情なんだよ……。
まだ母に聞きたいことは山ほどある。
でも、今はこれ以上何も聞きたくないと隼人は思った。
隼人は、ゆっくりと立ち上がるとそのまま、リビングを出て行った。
リビングの扉が閉まる音が静かな室内に響き渡った。
由紀はそんな隼人の後ろ姿を黙って見送ることしかできなかった。
こんな日がいつか訪れるような気はしていたが、実際迎えてみると……やはり、悲しいような真実を話せてほっとしたような何とも言えない気持ちになった。
隼人は、大丈夫かしら?
息子を気遣う優しい母の気持ちが由紀の心をふさいでいた。
時を同じくして、柚木家でも、沙耶が真紀に呼ばれてダイニングテーブルに座っていた。
「沙耶……話さなきゃいけないことがあるの。」
沙耶は不安そうに母を見つめる。
「うん……お母さん、改まってどうしたの?」
「実は、あなたには双子の兄妹がいるの。
あなたは妹で、お兄ちゃんは隼人っていうのよ。」
沙耶の胸に小さな衝撃が走り、自然と言葉が漏れた。
「双子……?隼人って……。」
自分の胸の奥が熱くなるのを感じる。
「そう。
竹村隼人君よ。
彼を私の姉の由紀と姉の旦那さんである壮一さんが育ててくれたの。」
真紀の声は穏やかで落ち着いている。
「なんで……どうして、今まで何も教えてくれなかったの?
お母さんには、お姉さんがいたのね?
私には双子の兄がいたなんて……。」
一筋の涙が沙耶の頬を伝った。
戸惑いと驚きが入り交じった感情が押し寄せてくる。
隼人とは、特別な縁で結ばれているとは思っていたが……。
「今まで本当のことを言わなかったのは、隼人のことを考えてのことだったの。
大人の事情であなたたちを引き離してしまったことは、申し訳なく思ってる。
でも、隼人とあなたは、こうしてまた、出会った。
多分、出会う運命だったのよ。」
「運命……。」
まだ整理はつかないけれど、母の言葉に信頼できる何かを感じた。
母が隼人君をお姉さんである由紀さんに託したのには、余程の事情があったのだろう。
「お母さん、ちょっと……いえ、大分驚いたけれど本当のことを話してくれてありがとう。」
その後、自分の父親についても沙耶は話を聞いた。
いまだ行方不明であるということは、ショックだった。
しかし、どこかで生きているかもしれないという微かな希望が湧いた。
沙耶と隼人は、似ていて当たり前だったのだ。
隼人と兄妹だったことは、沙耶にとっては嬉しい気持ちが大きかった。
ただ、隼人が今頃どうしているのかが気になった。
母からは、隼人もこのことを母である由紀さんから今日、伝えられているはずだと聞いた。
私よりきっとショックを受けているだろう。
沙耶は、そっとスマホを手に取り、隼人にメッセージを打った。
『隼人君、大丈夫?』
電気もつけずに暗いままの部屋にいた隼人のスマホの画面が光った。
「沙耶?」
そう口にした隼人は、スマホを手に取り、じっと光る画面を見つめた。
これは、双子の妹からのメッセージなんだなぁと思うと何だか心がじんわりと温かくなった。
俺は、別に不幸というわけじゃない--。
妹がいたんだから--。
隼人は沙耶からのメッセージを心から嬉しいと思った。
真っ暗な部屋に灯るメッセージの光。
それは、希望の光かもしれなかった。




