再会した二人の母
沙耶と隼人が公園で会ってから、数日が経った。
学校での休み時間にクラスメイトたちが机を囲んで、楽しげに話していた。
「ねぇ、来週、佳奈ちゃんの誕生日だよね?」
「そうそう!プレゼントどうする?」
そんな声が聞こえてきて、自然と「誕生日」の話題が広がっていった。
「沙耶は、誕生日いつなの?」
友だちの一人が何気なく尋ねてきた。
「私?私は……8月20日。」
「へぇ~、夏生まれか。」
「うん、子どもの頃から誕生日が夏休み中だったから、友だちからはプレゼントをもらえないことが多かったかな。」
「そっか~。
大丈夫、これからも私が、夏休み中でもプレゼント届けてあげるよ。」
佐織が微笑みながら、沙耶に言った。
「ありがとね、佐織。」
「そういえば、隼人君の誕生日っていつなんだろう?」
「えっ?隼人君?」
沙耶がそういえば知らないなと思った。
ちょうど隼人が勇太と廊下を歩いてくるのが見えた。
「あっ、隼人君!」
佐織が手を振りながら、二人の元に走り寄った。
急に現れた佐織に勇太が驚きの声をあげた。
「あっ、佐織か。何か用?」
「隼人君の誕生日っていつ?」
「えっ、誕生日?
8月20日だけど……。」
戸惑いながら隼人が答えた。
「あっ、俺、10月1日!」
隣から勇太も答えると
「勇太君には聞いてないよ。」
と佐織がちょっと笑って言った。
「え~っ、何だよ、冷たいな。」
勇太が口を尖らせてふてくされる。
そんな勇太には構わずに
「今、隼人君、8月20日って言ったよね。
それって沙耶といっしょだよ!」
と佐織が興奮したように叫んだ。
佐織の後ろに立っていた沙耶が隼人の答えを聞いて固まっていた。
「隼人君の誕生日……私といっしょなの?」
隼人ともはっとして沙耶を見つめた。
「二人って不思議な縁だよね。
似ているところがいっぱいあるとは思っていたけれど、まさか誕生日までいっしょだなんて……。」
佐織が驚いたような顔をしている。
「本当だよな。
偶然にしちゃ、出来すぎてるんじゃね?」
勇太も面白そうに沙耶と隼人の顔を見比べた。
沙耶と隼人は、周りの反応を見てただ黙っていたが、心の中では、この偶然をもう、ただの偶然とは思えなくなっていた。
敢えて言葉にはしないが、二人の間に確かに同じ思いが通い合った。
私たちは、ただの偶然で出会ったんじゃない。
もっと深い何かで、結ばれている--。
沙耶はそう思い、隼人を見ると隼人も真剣な面持ちで沙耶を見つめていた。
沙耶と隼人が学校で複雑な思いを抱いていた頃……
昼下がりのカフェで窓際の席に座って誰かを待っていたのは、隼人の母、竹林由紀だった。
由紀は、カップに手を添えながら落ち着かない様子で外を眺めていた。
ドアベルが鳴り、柚木真紀が姿を現す。
真紀は、すぐに由紀を見つけた。
「久しぶりね、姉さん。」
「本当に……15年ぶり?
お互い、変わったわね。」
「私たち、老けたってことかな?」
二人は静かに微笑み合った。
お互いの瞳が合った瞬間、長い年月が経ったとは思えない程二人の距離はすぐに縮まった。
真紀は、由紀の前に座り、
「私もホットを一つ。」とオーダーした。
由紀はコーヒーに視線を落としながら、ぽつりと切り出す。
「まさか……沙耶ちゃんと隼人が同じ高校で出会ってしまうなんて。私、考えもしなかったの。
何も知らないで転校手続きしてしまって。」
「私もよ……。昨日、沙耶の口から隼人君の名前を聞いた時、心臓が止まりそうになったわ。」
二人の間に沈黙が漂う。
その沈黙を破ったのは、由紀だった。
「真紀……。あの子たちに、もう隠すことはできないと思うの。」
真紀は小さく頷き、話し出した。
「そうね……。でも、どこから話すべきか……。
私が大学を卒業してから数年後、潤と結婚の約束をしていたことからかしら?」
「あなたたち、順調にいけばあのまま、結婚していたわよね。」
由紀が懐かしく思い出すように言った。
真紀は遠くを見つめるように語り出した。
「大学時代、ワンダーホーゲル部で出会って……何度も彼と山に登った。
山に登りながら、綺麗な景色を見たり、鳥の囀ずりを聞いたりするのは凄く楽しかったわ。
あの日も、いつも通りの登山だったのに……。」
言葉をつまらせた真紀の手を由紀はそっと握った。
「潤は滑落して、姿が見えなくなったの。」
「うん。辛かったよね。」
当時を思い出し、由紀の目も真っ赤になっている。
「ずっと彼が見つかるのを待っていたんだけれど、結局彼は見つからなかった……。」
昔のことをもう一度口にすると、感情が高ぶり、真紀は、大粒の涙をぽろぽろこぼしていた。
「その後……姉さんも知っている通り、私は自分が双子を妊娠していることに気がついて、一人で産む決心をしたんだけれど……
産むまでは凄く不安だったの。」
真紀の喉が詰まり、なかなか次の言葉が出なかった。
「潤さんもいないのに、あなたは、よく二人を産む決心をしたわよ。」
由紀が涙を流している真紀を励まして言った。
「姉さんやお母さんが育児を手伝ってくれたけれど、結局、二人を同時に育てることは、若い私には難しかった。
必死に働かなきゃならなかったし……。」
「そうよね。」
「義兄さんがオーストラリアに転勤になって、姉さんもそれに着いて行くと聞いたとき、隼人を姉さんたちに託すしかないと思ったの。」
由紀も目を潤ませながら真紀の手を握り返した。
「私も……育児を手伝っているうちに二人が可愛くてたまらなくなったのよ。
あなたに頼まれて隼人を育てたいと心から思ったわ。」
真紀は、姉の言葉に頷いた。
「姉さんには、感謝してる。
隼人がどう思うかわからなかったから、お互い離れてからは連絡を取り合わないことにしたけど、沙耶と隼人が出会ったなら、もう、このままではいられないわね。」
「そうね。
こうなったからには私も二人には、真実を知らせなくてはいけないと思う。」
そう語った由紀は、すでに決心したような瞳で妹である真紀を見た。
窓の外では、秋の雲がゆっくりと流れていた。
長い年月を経て、離れていた双子の沙耶と隼人がまた、一緒になる時がやってきたのである。




