05. 扉の向こう側
使い魔登場
「なっ……はぁっ!?彩乃!彩乃!返事して!どこにいるの!彩乃!」
周りに誰もいないと分かって、大声で彩乃を呼ぶ。居ない、居ない…どこにもいない。うそ、逸れた?手まで繋いでたのに、扉をくぐっただけでこれなんて、冗談じゃない!探さなきゃ、と思えば、感じていた僅かな恐怖心なんて消え去って、自然と足が動いていた。
「彩乃!彩乃ぉー!!どこ!返事して!あやのぉー!」
最初は小走りだったのに、どんどんスピードが上がっていく。叫んでも、名前を呼んでも、彩乃は居ない。ていうか……廊下、おかしくない?間違いなく空央西高校第1校舎の廊下なのに、先が見えないくらい、長い。下に降りるのも手?けどこんな、先が見えないくらい長いんじゃ、無闇に下に降りても彩乃が探せないんじゃ…
頭の中でぐるぐる考えが回る。どうすればいいか分からない。こういう時、どうすれば正解に辿り着けるのか全然分かんない!
迷って迷って、結局頭を回すより先に足が動く。階段がある、と思った。でも考えがまとまんないうちに、短距離走レベルの勢いで走っていたから、急に止まれなくて。そのまま階段を無視して、廊下を走るつもりだった。
──けど、それは突然、階段と廊下の死角からぬるっと出てきた。
それが何か判断する間もなく、減速しきれなかったうちは、飛び出してきた何かにぶつかってしまった。
「うわっ!?」
ぶつかったと同時に、カンッと何か硬いものが当たった音。手からホウキがすっぽ抜けて、宙を飛んでいく。慌てて止まろうとしたら、こんな時に限って足が滑って……ゴシャッ、と。何かを踏みつぶした音が聞こえた。
最初に思ったのは、「ヤバッ!」だった。音と踏んだ感触だけで、何かを踏み潰してしまったというのはまぁ、分ったから。
慌てて、けどそぉっと振り返る。廊下にはうちが放り投げたホウキが転がっていて、その下には首なしの人体模型、じゃなくて骨格標本…?その流れで踏んづけたままのものを見る。ぐしゃっと潰れた何か。何か分からないから、そぉっと踏み抜いていた右足を上げる。
…うん、ちょっと想像はついてた。多分、骨格標本の頭、かな?原型が残ってないから判断しきれないけど。多分、そう。
てか、なんで骨格標本がこんなところに…
「…って、いやいや。ここはダンジョンなんだから、もしかしてモンスター……スケルトン、とか?」
本物の骨にしては、踏み抜く感覚が軽かったような、そうでも無いような…いや骨なんて実際に触ったことがあるのなんてケ〇タのチキンくらいだし。そもそもうちに骨を砕く程のパワーがあるとは思えない。ていうか、踏んづけた残骸がプラスチックっぽかった気がする。
ポッケに入れてたカッターを取り出して、刃を最大まで伸ばす。それで、今更ながらツンツンと残骸をつついてみる。
そしたらこう、──サラッと、砂みたいに崩れた。
流石に予想外で、カッターを持ったままフリーズする。固まりつつも、砂に埋もれるように、キラッと何かが光ったのを見て、直に触るのはちょっと抵抗があって、そのままカッターで砂を掻き分ける。
出てきたのは、宝石が付いた何かと、小さなコインの様なもの。
コインの方は、色は10円玉っぽいから多分銅?サイズは小指の爪くらい。横の宝石は親指の第一関節くらいで、コインの方をよく見つけたなって感じ。
宝石がついてる方も堀だそうと、砂にカッターを差し込む。──その瞬間、もやもやとした黒い煙が立ちのぼる。一瞬止まったかと思ったら、それは墨を水に溶かしたみたいに、ふわっと広がって、こちらに向かってくる。
「は?ちょ、ちょっと待って!なんでこっちに!?第2のモンスター的な!?困るんですけど!」
反射的に後退るけど、うちより煙の方が速い。煙は大きく広がりながら、体を包み込んでくる。
「っ……!」
咄嗟に息を止めて目をギュッと瞑る。
やばいやばいやばい。これは笑えない。何?毒?呪いとか?死ぬやつ?やだやだやだ!死にたくない!
そう思って自分を守るように腕をクロスして息を止めて苦しくなってきたぐらい。うちに覆いかぶさっていた、煙の若干ジメッとした感じが消えた。
それでもうちは、両腕を前に出してクロスさせたまま、動けない。暫くしても、何もアクションが起きないから、そぉっと目を開く。
黒い煙は、目の前にあるままだった。それともモンスターなら、いる、が正しいのかな。顔どころか目もない煙は、うにょうにょと形を変えて、やがて矢印の様な形になった。
その矢印が指す先は、元々骨格標本の頭蓋骨だった砂の山。
逃げ出したくなるけど、攻撃してこないなら……なんかこう、チュートリアル的なやつだったり、しない?
ダンジョンが出来てから、現実にダンジョンが現れるタイプのネット小説、彩乃におすすめされて読んだりしたけど、そういうのじゃ最初の何かを周りの人間や世間は見逃してたけど、主人公は見逃さずに特別な力を手に入れたりしてるし。特別なアクションを起こせば、特別な力が手に入ったりするかもしれないし。
──頭の中で言い訳をしながら、意を決して、砂山に近付く。カッターを握りしめたままそっと近付くけど、煙が攻撃してくる感じはない。ていうか、煙なら物理攻撃無効かも?カッター武器にならない?
一度、目を瞑る。やっぱり怖い。怖いけど、もし力が手に入るなら、彩乃を探す助けになるかもしれない。それなら、手を伸ばさないと。
カッターの先で、宝石のついていた何かを持ち上げる。それは、ブレスレットに見えた。黒と濃い紫の紐でミサンガみたいに細かく編み込まれたバングルの中心部分に、赤みがかった紫の宝石が輝いてる。おしゃれだとは思うけど、こんな状況だとなんか禍々しい。持ち上げたまま煙をチラッと見ると、ぐにゃぐにゃと動いてブレスレットにまとわりついたと思ったら、今度はうちの手の方に寄ってくるから、咄嗟にカッターを手から離して後退する。
そのままジリジリ下がるけど、煙はうちが後退するより早く手首にまとわりついたかと思うとブレスレットの方に戻って、再度手首にまとわりついてくる。
「……なに?ブレスレット付けろってこと?」
当然、返事があるわけない。独り言のつもりだったけど、煙がまた形を変えて、今度はドーナツみたいな円形になっていた。
……うちの言葉に、答えたみたいに。
「……ふぅー」
何もしなければ、多分何も起きない。けど、行動を起こさないと、何も得られない。
砂山の上に落ちたブレスレットを、震える指先でつついた。…何も起こらない。宝石じゃなくてバングルを人差し指と親指で摘んで、持ち上げる。…何も起こらない。
うちはまだ、迷ってる。でも、彩乃とはぐれて、誰も居ない、ひとりぼっちの今。……行動しない事の方が、怖かった。
「罠じゃないこと、祈るよ。ほんとにね…」
声が震える。勇気なんて出ない。けど、彩乃を探さなきゃ。ここから出なきゃ。
ス〇バ、奢る約束したんだから。
ブレスレットを、左腕に嵌める。
1秒、2秒、3秒…何も起きない。
煙を見ると、くるくる、くるくる、丸を描いたまま回っている。
──その瞬間、ブレスレットが腕ごと煙の中に引っ張られた。
「うわっ!?えっ!なに!?」
ギョッとして、踏ん張る間もなく、それを見てることしか出来なかった。
《使い魔を認証します。
装身具『黒色紫煙のブレスレット』に使い魔──種族名:ダークミスト、個体名:未定を登録します。……登録しました。》
「……は?」
生唾を飲む。特別な力ってやつを……本当に、手に入れたのかもしれない。