04. 現実反映型異空間ダンジョン
現実反映型異空間ダンジョン。世界で唯一、ロシアで発見されたかたちのダンジョン…高危険異常領域。
ダンジョンの発生でよく話すようになって、親しくなった彩乃と話す共通の話題だから、知ってはいる。けど、知っているだけだ。ロシアには広い国土に幾つものダンジョンが点在してるけど、現実反映型異空間ダンジョン、正式名称 現実反映型異空間高危険異常領域は、世界で唯一、ロシアでしか発見されてないから、情報は殆ど出てこない。ちょっとニュースを見れば分かる、国としての体質もあるんだろうって彩乃は言ってるけど、うちは頭が良くないし、正直世界情勢のニュースだとか、政治だとかは興味がなくって、生返事しかしていなかったのを少し後悔している。けど、そんな空が赤いとか、ヒビ割れてるとか、そんな情報があれば、うちも流石に知ってたはずだ。
「彩乃、学校がそんなほぼ何も分からないダンジョンだって、よく分かったね。てか空が赤いとか、うち初めて知ったんだけど」
「…うん。あの、私がダンジョンについてのネット記事読み漁ってるの、知ってるでしょ。日本のやつだけじゃ詳しいこと分かんないことも多いから、英語の記事とかも読んでるの。流石にロシア語は分からないから、英語に翻訳かけてだけど」
「英語スラスラ読めんの凄いよね。うちは単語も覚えらんないのに」
ダンジョンにいるからしょうがないとしても、背筋が薄ら寒くなる様な緊張感をどうにかしたくて、いつもの様に喋ろうとする。でも言葉が続かなくて、面接の練習をした時みたいに言葉が詰まって、上滑りする様な感じ。彩乃の言葉も重たくて、茶化す様に返した言葉も、どこか寒々しい。
「ありがとう。…その、ロシア語の記事にね、乗ってたんだ、写真。英語に訳そうとして翻訳かけたらエラーが出て、記事が消えてたから、内容は分からないんだけど…役に立たなくて、ごめん」
「何言ってんの!彩乃が言ってくれなかったら、学校がダンジョンになったなんて、思いつきもしなかった。彩乃のお陰でギリ生きてる!彩乃様々!ここから出たらス○バ奢るよ!」
ネガティブな方に思考が寄っていっている彩乃の考えを少しでもポジティブにしたくて、声を張ってそう言う。彩乃はちょっと後ろ向きだけど、頭が良くて気遣いの出来る、自慢の親友だ。言ったことにも嘘は一つもない。
そういう気持ちを込めた言葉でも、不安げで、体育の授業で散々走らされる時みたいな諦めの滲んだ顔を見ていると、段々腹が立ってくる。
「勝手に諦めた気になんないで。のの花も迎えに行って、早くここから出ようよ、彩乃」
「うん。…うん、ごめん…ありがとう、みゆー」
グズッ、と鼻を啜って目元を擦る彩乃の背を撫でる。彩乃を見ていると、自分がしっかりしなくちゃって思って、緊張感とか不安感とか、殆ど飛んで行った。いつも、特にテストの時とか沢山助けて貰ってるんだから、こんな時くらい、うちがしっかりしなくっちゃ。
鼻を啜る彩乃の背を撫でながら、教室を見渡す。ここがダンジョンなら、何か武器になるものでも無いだろうか、って。けど教室にある武器なんてハサミとカッターくらいで、たかが知れてる。あとホウキかなぁ。役に立つかは兎も角。
「ゔぅ…ごめん。グズグズしてちゃ、ダメだよね」
「まぁ、急ぐべきだとは思うけど…メンブレしたまま動く方が危ないと思うし、落ち着くまで待つよ。とりま教室のカッターとかハサミ集めるわ」
少し落ち着いた彩乃の肩をポンポンと叩いてから、武器探しのためゴソゴソと自分の筆箱から折りたたみハサミとカッターを取り出す。ポケットに入れていたスマホを取り出して、代わりにハサミとカッターを詰め込む。スマホは、閉じていた非常持ち出し袋に入れて再度口をキュッと縛った。授業中だったから机に出たままの、クラスメイトの筆箱も漁るけど、まともなハサミは入ってない。偶にカッターが増えるくらいだ。クラス共用の担任の私物のハサミが1番大きくて武器になりそう。これは彩乃に持たせよう。彩乃は体力ないし、うちはホウキとカッターで臨機応変にってことで。
「美優!教室は一人で出ないでよ!」
「分かってるよ!…けどホント、みんなどうなっちゃったんだろう。ダンジョンは空間が捻れてるんだっけ?教室から廊下へは一方通行で戻れない、とか?」
「…分かんない、けど。ジッとしててもジリ貧だし、体力がある内に逃げるべきだと思う。篭城しても、生き残れる保証が無いし。餓死目前で逃げるって選択肢を取らないと行けなくなるよりは、準備して逃げるっていうのが、1番な気がする」
正直、彩乃が考えてる程、うちは考えてない。そっか、教室に残る選択もあったのか。けどまぁ、頭が良い彩乃に考えるのはおまかせってことで。準備を済ませちゃおう。
「よし!彩乃も落ち着いたなら、早く行こ。意外と廊下に出たらタダ先が待ってる、なんて可能性もあるし」
「確かに、そうだね。合流出来るならするべきだし」
1番大きいハサミとカッターナイフを幾つか彩乃に渡して、うちは掃除用具入れからホウキを取り出す。出来るだけ取り回しが楽で、丈夫そうなやつ…といっても、教室にあるホウキなんて、大差ないけど。細いモップみたいな形の、掃くのが楽なやつを手に取る。
「ね、ねぇ!美優。あのさ、手、繋いでていい?その、はぐれちゃったら、困るし。同じ場所に行けるか、分からないし。接触しとけば、ちょっと安心、なんだけど」
ダンジョンを語る時みたいにちょっと早口で、それでいて自信を無くしていってるらしく、どんどん声がトーンダウンしていくから聞き取りにくい。恥ずかしいのか、怖いのかは分からないけど、まぁ返事は決まってる。
「おっけー。左手でいいよね?なんかあった時のために、ホウキ構えとくよ」
「う、うん。ありがとう、美優」
「もう、今日何回目のありがとうなの?うちら親友でしょ!こんくらいやって当然!…さ、行こ」
彩乃に比べれば、うちは落ち着いてるし、恐怖も感じてない様に見えると思う。けどやっぱちょっと怖いし、緊張もする。それと同時に楽観的な考えもあった。まぁ、どうにかなるだろうって、そんな楽観的な思考。
「じゃあ、行くよ」
お互い強く手を握りながら、右手でホウキを構えて、うちらは空いたままだった廊下に出る為に、ドアで区切られた教室と廊下の境を超えた。
──瞬間、握りあっていた手の感覚が消える。ドライアイスから出る煙を掴んだ時みたいに、あっさりと、最初からなかったみたいに、手の中から彩乃の手の感覚が消え失せる。
驚いて、直ぐに振り返った。そこには彩乃も、教室の扉も、何も無かった。
次回ようやく使い魔と邂逅です。