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2話 運命とご都合主義、先延ばしにされる不都合

僕はよく運命について考える。才能と天才、運命。そういったあいまいなことついてだ。僕は自分の人生が運命によって決められているとか、そんな決定論的な考えは持ち合わせていない。運命について考えるとき、僕はご先祖様のことを思い出す。運命の人を待ち続けた女性のことを、彼女が残してくれた教えと共に。

 彼女はどこにでもある家の娘として生まれた。それ相応の暮らしがあり、それ相応の恋をした。彼女が十八歳になった頃、当時の習わしに従って親が決めた相手と結婚した。相手の男は二歳年上の農家の長男だった。それはどこまでも現実的なことだった。

 

彼女が二十一歳になったころに娘が生まれた。ここまでは彼女の人生は順調だった。少なくとも他の人と同じようには順調だった。彼女は初めての子供を可愛がり、彼女も夫も幸せに暮らした。しかし、彼女が二十二歳のときに夫が急死した。死因はよくわかっていないけれど、現在でいうところの心筋梗塞のようなものだった。

 そこからの彼女の人生は困難の連続だった。夫の死後、彼女と娘は夫の家系の一員として過ごした。彼女たちは家系の一員ではあったが、裁量権はあまりなかった。夫が死んでしまったことで、経済的にも決して余裕があるわけではなかった。

 

彼女の日々は、農作業と家事、育児などでほとんどが消えていった。朝は早く起き、ご飯の準備をして、農作業に出かけた。帰ってくると、ご飯の準備に追われ、子供の相手をして寝かしつけたころには、疲労でいっぱいだった。自分の人生など考える暇はなかった。やるべきことは常にあり続けた。理解者のいない場所で、日々を生きなければならなかった。彼女はそのつらい日々から逃げ出すわけにはいかなかった。

 そんな彼女を救ってくれたのは、運命の人だった。娘がある程度大きくなったころ、彼はどこからともなくやってきて、彼女の心を盗んでいった。彼女の遺言が、彼のことで埋まってしまうほどに。

 


『運命の人』

「ああ、愛しのあなた。いつになったら迎えにきてくれるの? 早く迎いに来てくれないとおばあちゃんになってしまうわ。おばあちゃんになって、あなたの愛がどこかに行ってしまわないかを心配しているわけではないの。私がおばあちゃんになったら足腰が弱くなるでしょ? そしたらあなたといろいろなところへ出かけていくことが難しくなってしまいます。私たちは不幸にも人生の早い段階で巡り合えなかったのです。もっと若いときに出会えていたなら、あなたと結婚して家庭を作って、別の人生があったと思います。でも、それはもういいの。過ぎ去ってしまった過去を嘆くより、今はあなたと一秒でも早くめぐり逢って、一秒でも長くともにいることのほうが大切です。ああ、愛しのあなた。今日もあなたは向かいに来てくれませんでしたね。会えない日が続くほど、あなたへの愛は募るばかりです。明日にはあなたが迎えに来てくれますように。おやすみなさい、愛しのあなた」


 結局、彼女が運命の人に巡り合えたのかはわからない。残りの生涯は独身だったみたいだけれど、運命の人に巡り合った可能性はある。運命に人と巡り合っても、結婚するには遅すぎたのかもしれないし、なにか現実的な障壁があったのかもしれない。

 彼女の残した遺言が、運命の人との幸せな日々でないことから邪推すると、彼女と運命の人との出会いは来世に持ち越されたのかもしれない。でもそれでよかったのかもしれない。彼女が何歳のときに遺言を書いたか正確なことは分からないけれど、娘がある程度大きくなってからだということは分かっている。

 

そのころ彼女は三十代だったと思う。もちろん、まだ若いけれど彼女にとっては年を取りすぎていたかもしれない。というのも、僕の勝手な想像だけれど、彼女と運命の人が出会い思い出をはぐくむとき、彼女たちはいつもいたいけな少女と少年なんだ。彼女たちは燃えるような恋をして苦楽を乗り越え、ともに笑い身を寄せ合う。

 この遺言を書いた時点ではすでに、彼女が運命の人に出会うにはいささか遅すぎたのかもしれない。おそらく運命の人にとっての彼女も同様に。

 

 僕は彼女の気持ちが少しわかる。僕にも運命の人がいる。もちろんまだ巡り合っていない。僕の運命の人にはちゃんと形がある。実態はないかもしれないが、形を伴って確かに存在している。触れ合うことだってできる。彼女は大抵、僕の枕元にトーマスの布団として存在している。僕はトーマスの布団を通して彼女とふれあい、日々の何気ないことを語り合ったり、将来について話し合う。ときには喧嘩だってする。彼女は僕が合いたいときはいつもそばにいてくれる。僕は彼女のことが大好きだし、これからもずっと一緒にいたいと思っている。でも、すべてが順風満帆とはいかない。寂しさを感じることもある。

 

 僕は彼女の顔を鮮明に思い浮かべることができない。彼女の顔は今までに見てきた多くの女性とは違う。彼女は世界中の美女を合わせた顔をしている。だけど、世界中の美女を合わせた顔がどんな顔なのか僕にはわからない。それに僕は彼女の声を聞いたことがない。彼女の声はとても落ち着くけれど、それがどの程度の周波数でどんな抑揚なのかはわからない。彼女はトーマスの布団を通して僕に会いに来てくれる。そして残念なことにトーマスの布団は声帯を持っていない。彼女は僕の聴覚が認識できる音を出すことはできない。だから僕は彼女の声を脳内で鳴らすことしかできない。そして脳内で鳴らされた声に聴覚要素は存在しない。

 

そういった寂しさはあるけれど、僕は彼女との日々を幸せに思っている。いつの日か本当に彼女と会える日が来るはずなのだ。彼女の声と姿はそのときまでの楽しみにとっておこうと思う。

 一つ心残りなことは、僕が眠れない夜に彼女は僕に会いに来てくれるのに、彼女が眠れない夜に僕は彼女に会いに行くことができないことだ。彼女が辛い思いをしてないことを祈るばかりだ。

 正直、僕は彼女からの教えを生かすことはできないし、これ以上語ることもない。僕も彼女と同じ気持ちだ。早く運命の人と出会えるのを願うばかりである。

 彼女が運命の人を思う気持ちを残してくれたお礼に、僕は彼女についてここに残そうと思う。

 

『肉体と精神のはざまで』

「 彼女と彼が出会うときはいつも、二人は若くて美しい姿をしている。それは、現実の制約を受けない。現在の肉体からは遠く離れたところで、彼女達は愛を育む。そこは彼女の肉体が決して辿り着けない未来であり、そして過去だった。

 彼女は肉体を超越したことで初めてそこにいける。同時に彼女は肉体に縛られている。彼女を閉じ込める忌々しい肉体が、ことあるたびに彼女をその場所から現在へ連れ戻してしまう。

 肉体の壁は日に日に頑強になっていく。そしていつの日か、彼女は肉体を超越できなくなる。彼女の超越性は肉体のうちに絡め取られる。

 彼女は超越性を失う前、最後の力を振り絞って言う。

『どうして向かいにきてくれなかったの、私はあなたのことをずっと待っていたのに』と。

 記憶の中の彼女たちはいつも若く、そして、輝いていた」

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