結社とたらこ
『オリエンタルアート』シリーズ外伝作品です。
秘密結社「たらこ三昧」の断片的な情報を辿っていると、どうやら『彼ら』がこの世界で果たしてきたらしい『役割』が浮かび上がってくる。それを一言で表現するならば、ずばり
【印象操作】
のようである。組織の歴史…と言っても俄かに語られ始めたのは2000年代半ばからなのだが、少なくとも分かっている範囲で言えば「たらこ三昧」の結成にはIT産業の発展が深く関係しているという話である。というのも組織自体が今でいうインターネットのダークウェブ上での秘密裏のやり取りから生じ、現在でも実質的な運営は表には出てこないように行われている。ではなぜ今、私の手元にある資料に組織の名前や概要と言ったものが取り扱われているかというと、一つには個人のハッカーが仲間内で噂話的に語られていたこの組織に危険を冒しながらも接触を図ったからである。その時の経緯をインターネット上の巨大掲示板に控えめに書き残していたログによって「たらこ三昧」というでたらめにしか聞こえない組織の『暗躍』の姿を伺い知ることが出来る。
『
【たらこ三昧】は世界を『アバンギャルド』化しようとしている。我々が平常の感覚で良いと思っているものを独自の情報操作と印象操作で一旦疑わせ、彼が良しとする価値の体系を世の中に徐々に浸透させるという目的を有している
』
もっとも、当時この書き込みからその存在を信じた者は皆無と言ってよかった。むしろ、その書き込みは一種の伏線であって数年後時代が世界的な株価の暴落によって混乱していた頃に突如として奇抜なスタイルでメディアに登場しまもなく時代の寵児となったあるタレントが某日ラジオにて語った「たらこ」への偏愛である。その日執拗に繰り返された「たらこ」という語の登場回数は30分の番組でおよそ50回に渡った。奇妙な事にそれ以後このタレントがバラエティーなどに登場しても「たらこ」を好んでいるという発言はなされていない。彼の中で一時的に「たらこ」ブームが訪れてその後下火になったと解釈できるものの、奇妙な事例はこれだけではない。その数年後にもこれまた奇妙なスタイルで…特にジェンダーレスの装いで奇矯な物言いをする事で人気を獲得した女性モデルもとある地上波の番組にて「たらこ」への偏愛を語った。しかも、それが先ほどのタレントと同じように単発での表明であり、その後はそんな事実はないかのように振舞っている様子が現在でも伺える。
この辺りの奇妙な一致、『符合』によって一部ではこの先述の【たらこ三昧】の書き込みと彼らを関係づけられ始めたらしい。かく言う私も当時これをネタ、都市伝説的なものとして受け取っていて、<なるほど、そういう事があったら面白いかもな>と感じていた人間の一人である。実際にはこの頃既に【たらこ三昧】の活動は第二フェーズに移っていたらしい。と言うのも彼らの計画では例のハッカーが接触してきた時から敢えて『都市伝説化』させる事で別な形で影響力を持たせようとする戦略があり、ハッカーが何らかの方法で彼らの存在を公表する事さえも方法の一つに数えられていたからである。
ある程度の冷却期間を置くことで都市伝説は都市伝説として熟成する。時代を経てソースが参照されることによって意味深な行動が意味づけられ、そういうものへの関心とそのような解釈をする傾向性ある人々によって語られたことにより、一つは嫌悪と一つは『別な何か』を人々に呼び覚ます。
『別な何か』とは一つの信仰のようなものである。即ち【たらこ三昧】というものを半信半疑ながらも意識して、「仮にそういう組織があるとすれば」という思考の形式で己の行動を決定してゆくという方法が採られるのである。彼らは暗に既に【たらこ三昧】は影響力を持っていると判断している。こうなると例えばメディアに露出するための手段として、【たらこ三昧】に接触する事が得策になると考え、彼らに媚を売るように「たらこ」と奇抜なスタイルを取り入れて活動を行う。ここで組織が戦略的に上手かったのは既に芸能界で地位を獲得しつつあった上記の二人の人物に、それらのうちの幾人かと実際に接触させた事である。今でいうフォロワー的な発想で、有名人によって取り上げられた自分の信奉者という形で実際にもその追従者がメディアに登場し始める。
こうなると集団として奇抜なスタイルというのが文化的な意味を持ち始める。この辺りが第三フェーズとされていて、実際に影響力を持っているか持っていないかを判断する情報がないままに【たらこ三昧】の存在が大きくなってくる。詳細は省くものの、こうして関心を持つ経営者の存在するある企業から秘密裏に捜査を依頼される事になっているというのが現在である。
「ふぅ…」
ここまでの内容をレポートにまとめ終わり、私はこの後の調査をどのように進めていこうか迷い始めている。仮に【たらこ三昧】の実態があるとして、彼らは秘密結社であるがゆえに簡単には尻尾を出さないという事が分かっている。おそらくは私もプロである以上、タレント『A氏』とモデル『S氏』を調査する必要がある。…或いはその二人と接触した事のある追従者の方をターゲットにするべきだろうか。そんなことを考えながら一旦家を出て私はある店で昼食を採ることにした。「たらこパスタ」の名店である。
<そう言えば「たらこパスタ」が流行りだしたのも時期が同じだよな>
果たしてこの発見は何かの役に立つのであろうか?
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
その同じ日、バンデンラ・ゴジジウの友人である『松永太郎』は自宅にてお手製の「たらこパスタ」を食していた。左手でフォークにパスタを絡ませながら、タブレットで怪しげなソフトを操作しながら呟く。
「たらこパスタは作るのが楽だからいいよな」
そのまま操作している画面上のメッセージ欄に『アバンギャルドで行こうぜ』と打ち込みタップをする太郎。どことなく既視感のある状況に彼自身満更でもないようである。