遺書
「んえ?夜空のことを教えてほしいって?」
そういうと、少年…パトロンは、年齢はさほど俺と変わらないだろうに、手に持ったパイプから煙を吸い込み、つう、と吐きだした。
「そう。怪盗夜空…アザレアさんを置いてったっていう、いけ好かないやつのこと」
「ふうん…」
少年は緩慢に足を組みなおし、目を細めて俺を見やる。
「…僕、答えを求められるのは嫌いなんだよね…知らなかった?」
「知ってます」
「じゃあ何で聞いたの?というか、何でここに来たの?」
「それは…」
300年前に起きた「AIの反乱」により、データ媒体の記録はほとんど消えてしまい...それは怪盗夜空の件も、例外ではなかった。
千余年以上も前のことが、まさか一般公開されている文献で残っているわけもないし、そもそも昔のこと過ぎて信用ならない。ちょっと違うかもしれないが、聖書や古事記なんかと同じようなものだ。
現在には…紙の文献こそ残っているが、物語じみた、綺麗に脚色された歴史しか残っていない。何が起きたのか、何が残ったのか…そこからわかることは、それくらいのものだ。
ましてや、たかが泥棒一個人のことなんか残っているはずもない…それなら、知っている人に聞くしかなかったのだ。
「…聞くしかないと、思ったから…」
「アザレアには?夜空について、一番知っているのは彼だよ」
「…いい人だったと、言葉を濁すだけで…何も教えてくれませんでした。俺にはただ、結末を話してほしいとしか…」
「ふうん…じゃあ、何で君は夜空のことが知りたいの?」
「……」
「いろいろ考えられるよね。アザレアが、生涯唯一好いた人間だったから。ライバルだから。近づきたいから。アザレアに想われたいから…アザレアを、絵本に戻してやりたいから……どれだい?」
模範解答は、最後の一つだ。でも…この人物に、それは通じないだろう。
この人に嘘が通じないことは、何度か話してわかっている。
それで彼の機嫌を損ねてしまったら…今度こそ、手がかりを失ってしまうかもしれない…アザレアさんを戻してしまう、「結末」の手がかりを……
「......アザレアさんを……」
…言うしかない、か
「……アザレアさんに、夜空を忘れてほしいから…」
「……ほう?」
「…ちゃんと俺を、見てほしいから…夜空じゃなくて、俺を…旭陽を……」
「…ふうん?」
「夜空って人のことを知ることができれば、アザレアさんがどんなことをしてほしいのかとか…俺に足りないものとか、わかると思って……」
「……なるほどね?それで、君は「夜空」の痕跡を探して、ここにたどり着いたってわけだ?」
「はい」
「それ以外に、手は尽くしたと思って?」
「……はい」
「ふむふむ…なるほどなるほど……」
パトロンは、もう一度パイプをの煙を吸い……カツン、と灰皿に逆さにたたきつけた。
「帰んな」
「……はい」
深く頭を下げ、踵を返す……だめだったか…また、振出しに戻ってしまった…
次は、何をしたらいいだろう。どうしたら、アザレアさんはずっと、俺のそばにいてくれるだろう……どうしたら…何をすれば…
「……アザレアは、君が思ってるより強い不思議じゃないよ」
「え……」
思わず振り向く…すると、顔面に何かが当たった。
「んべっ!?」
「僕から出せるヒントはそれだけだ。後は君自身で、アザレアをどうにかしてやんな…あの子を、本当に哀れだと思うならね」
何かを顔から剥がし、確認したときには…
「あ、あれ……?」
俺は、館の外にいた。
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パトロンへ
まずは、今まで支援してくれたこと、怪盗として俺を雇ってくれたことに対してお礼を言わせて欲しい。
ありがとう。今日まで生きてこれたのは、間違いなくあなた達のおかげだ。
喫茶を継いでからはこちらにつきっきりで、あまり怪盗として動くことはできなかったが、その間も気にかけてくれたこと、本当に感謝してもしきれない。
謝辞を述べた後でこんなことをお願いするのは気が引けるが、一つお願いがある。
あなたたちも察してはいるだろうが、俺はきっと、もう長くはもたない。
最近は、寝ている時間のほうがめっきり長くなってしまった。体もうまく動かないし、一つ何かをするたび、一つ何かを忘れる。
老いというやつだ。あなたたちには縁のないものだろうか。
日々老いていく俺を見て、動けなくなっていく俺を見て…アザレアに気を遣わせていないかと心配だったが、案外そうでもないらしい。
それも、俺が以前した約束を信じているからなのだろう。一緒に棺に入れるのだと、彼は信じて疑っていない。
最期に最愛の人を泣かせてしまうのは気が引けるが…パトロン、どうか、俺の死後もアザレアの面倒を見てほしい。
薄々感づいてはいたが、あなたも「不思議」なのだろう?
どういう「不思議」かは知らないが、俺は、教授と同じ選択肢は取れない。
思っていた以上に、俺は臆病者だったらしい。今になって、最愛の人を手に掛けることになるのが、怖くなってしまったのだ。
いくらアザレアが「不思議」とはいえ、ただでは引き受けてくれないだろう。
だから…賭けをしよう。
よく聞く話だが、この世には「輪廻転生」といラシステムがあるらしい。
俺は、この「不思議」を信じることにする。
この仕組みに則って、俺は長い時間をかけ、もう一度この世に人間として蘇ってこようと思う。そして、記憶が真っ新になっていたとしても、もう一度アザレアを見つけ出す。
そうして、今度こそ一緒に死んでやる。
今度は情がわく前にアザレアを本に戻し、俺が死ぬとき、一緒に棺に入れてやる。
……そのために、この手紙と同じ封に、物語の結末を書き添えた手紙も同封しておく。
悪くはないだろう?
あなたたちは、どういうわけか悠久の時を生きるようだし、半永久を生きるアザレアという友を持てて、いつ俺が蘇ってくるか、接触してくるかを賭けるんだ。
人間の一生じゃ生ぬるいだろうし…俺はひとまず、500年に賭ける。
その間、アザレアを待たせてしまうのは気が引けるが...その怨嗟は、蘇ってきたときに全て受け止める所存だ。
輪廻転生という「不思議」の実験だと思って、どうか付き合ってはくれないだろうか。
もし引き受けてくれないなら、俺は新たな「呪い」にでもなってやろうかという所存だ…冗談だ。
身勝手でこんなことを任せて、アザレアに気が狂うほどの時間を生きることを強制してしまうこと、どちらもどうかしていると思う。でもどうか…俺に、覚悟をする時間をくれ。
愛した人を、殺す覚悟を。
これが最後の、夜空としての我儘だ。最後に、「輪廻転生」を見せてやる。だから、頼む。
俺は、アザレアを殺したくない。
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受け取ったものは、手紙……いや、遺書だった。
あまりにも突飛な内容の…転生前の「俺」が書いたらしい、遺書だった。
「……なんだよ、これ……」
絵本に戻すことが、アザレアさんを殺すことになるってこと…?でも、アザレアさんが死ぬって、なんで…?あんなにいい人なのに…あんなに、穏やかに笑う人なのに…
俺が初めて彼の前に現れたときも…怨嗟の一つも、吐かなかったのに…
これが本当なら、言いたいことの一つや二つあっただろう…なのに、それも何一つなかった…それもできるほど…いい人だったのに…?
(もう一通に、結末が、って…)
折りたたまれた紙には、「これを読んだらすぐに、結末をアザレアに話すこと」と書かれている。
情が湧くも何も……俺はもう、あの人のことが好きなのに……
生唾を飲み込み、恐る恐る手紙を開く。
ーー最愛のアザレア
「……なん、だよ…これ…」
そこには、見るに堪えない、悲しい結末が記されていた。
腸が煮えくり返るようだった。
…なんだ、どうして…?なんで、こんな目に遭わなきゃならないんだ…?
こんな残酷な世界に、アザレアさんを引き戻せというのか…!?
「……嫌がるわけだよ…「俺」が…」
手紙を広げたまま、項垂れる。これを、アザレアさんは知っているのか…?いや、知っていたんだ。だって、何度も謝られた。「辛い選択をさせるかもしれない」と、何度も言われてきた…!
こんな時まで、あなたは俺を……!
「……嫌だ…絶対に、嫌だ…!」
燃やしてしまおう。こんな手紙…こんなの知らずに、まだ生きていた方がいい。俺が大事にしてあげればいい。夜空が出来なかった分、俺が幸せにしてあげればいい!!
(こんなの俺は見なかった。夜空の手紙なんか、俺は見ていない。俺は何も知らない。まだ結末を探してさまよっているんだ。知らない。俺は知らない。知らない…!)
そうだ…元々そのつもりだったんじゃないか。間違えて俺が結末を言わないように…アザレアさんを間違えて帰してしまわないように…そのために、調べてたんじゃないか…。
「…………アザレアさん……」
そうだ。彼に会おう。そうすれば気分も晴れる。そうに違いない。
部屋を出て、何も言わずに家を飛び出す。靴紐も直さずに、一直線にあの人のところに……
……ああ、アザレアさんを残していった、彼の気持ちがよくわかる。
俺だって嫌だ。会って1ヶ月も経ってない俺が、嫌だったんだ…何十年も一緒にいた夜空が何を思ったかなんて…想像に難くない。
「アザレアさん!!」
ノックもせずに、いつも通り施錠されていない扉を開ける。
彼は…いつも通りそこにいた。
「旭陽さん…?どうしたんですか、そんなに慌てて…」
「アザレアさ……」
彼の姿を見た瞬間、目から何かが流れ落ちた。
「旭陽さん……」
ーーああ、ばか、ばか、ばか!俺のバカ!!
「……泣かないでください、旭陽さん」
こんなところで不自然に泣いたりなんかしたら……!
「大丈夫です。大丈夫ですよ」
抱き寄せて、俺をなでる手が、時を刻む心音が、少し低い体温が…何から何まで、悔しいほどに、懐かしく感じる。
「僕は…あなたをずっと、待ってたんです。千年間、ずっと待っていたんです…ずっと、僕を眠らせてくれる人を…」
出会った時と同じ言葉...それを、優しく、優しく複唱される。
「旭陽さん」
涙を指ですくい、慈愛の王子は微笑んだ。
「今度こそ、僕を連れて逝ってください」
最終話1つ前テンションの話
夜空はアザレアを戻せません