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君の"エガオ"を奪うまで If  作者: 夜の塩焼き
原型、正規世界線
11/11

焦がれたもの

「そういうわけでさ……仕事だよ、夜空」


今日も今日とて、何も変わらず告げられたのはそんな一言だった。寝起きでぼうっとしている脳を、欠伸をひとつすることで覚醒させ……そうして電話口に言葉を返す。


「おはよう、パトロン………今何時だと思ってんだ」


思わず本音が漏れた。


「やだな〜〜〜〜夜空。今はまだ『こんばんは』の時間だよ?」

「わかってるんだなお前……わかってて、掛けてきたんだな?」

「そうさ!だって今日は………こほん。まあ、今回のはだいぶ緊急の案件でね……僕達もつい今週頭に知ったことだから……それから準備にも時間がかかってね?」

「………どんな?」

「君も、聞いたらきっと驚くよ?何せ……アザレア絡みだからね」

「……!」


思わず……今日は床で寝るんだと言って聞かなかったアザレアの方を盗み見る。

最近ずっと、友人の用事を手伝っていたという彼は、疲れが溜まっていたのかすやすやと健やかな寝息を立てている。


「今回のターゲットは…ズバリ、『慈愛の王子の贈り物』だ」

「………どういう?」

「それがねぇ……どうやら、『慈愛の王子の或る末路』には、未発表の続きがあるらしいんだよね」

「そんなの、この前盗みに行った時は……」

「そうだね。でも、他でもないアザレア本人から聞いたんだ。間違いないよ」

「……聞いてない」


俺ではなく、先にパトロンの方に話がいっていたということに、ほんの少しだけ、チクリとした痛みを感じる。

最近のスマートフォンは優秀で、そんな俺のいじけた一言も漏らさず拾い上げたようで…電話口の向こうで、パトロンが意地悪そうに笑った気配を感じる。


「言わないだろうね、彼は」

「どうして?」

「それはねぇ……その"イコウ"は、もうアザレアの中にしかないからさ。万が一君がその話を聞いて……ああ、まだ彼には俺に隠してる秘密があるんだ…傷つく…なんて凹んじゃったら…それはアザレアの本意じゃない訳さ」

「……俺そんなにメンタル弱くない」

「あほんと?なら、僕やアザレアの気にしすぎかもね」

「…………」


最近は…少しだけ安定してきたと思っていたのだが……まだ足りない、ということだろうか……


「で、そのイコウなんだけど……まあ気になるじゃん?だからこうして、確実にアザレアが眠ってるド深夜に電話したってわけさ」

「なるほど……それを聞き出せってことだな?」

「そ。でもねぇ……それ、どうやらアザレアをアザレアたらしめる核みたいなものらしいから、扱いは慎重にね」

「核……って……それ、表に引きずり出して問題ないのか…?」

「さあ?」

「さあ、って……」


本当に…パトロンは己の知識欲のためなら何をも厭わない。これはずっと、変わらない…それだから信用出来たとも言えるが……


「まあ、頑張ってよ。時間かかってもいいけど……出来れば今日中にね。納期守れない能無しは要らないから、失敗したらクビだからね」

「は!?」

「じゃ、グッドラック〜」

「パトロン!!待て!!」


電話は無情にも…ぶつりと切れる。

かけ直しても通じないので、この件に関してはもう俺が何か話を進展させない限り…応じるつもりは無いのだろう。


「…………納期ギリギリに仕事渡してくるなっつうの………」


片手で頭をくしゃりと掻き、改めてアザレアに向き直る。

相変わらず幸せそうな顔で眠る王子は、時折むにゃむにゃと何か……寝言のような声を漏らしている。


「……どう聞き出すかな…」


そう独りごち……アザレアの頭を撫でて、ベッドに戻る。

……明日は……いや、今日は……忙しい一日になりそうだ。





*************





「おはようございます、夜空さん!今日はちょっとだけ、お寝坊さんでしたね…?」


翌朝…起きるとすっかり日は昇っており、敷布団も畳まれて部屋の端に追いやられていた。


「………おはよう」


本日2回目のその言葉を口にすれば、彼は柔らかな笑みで「朝ごはん、できてますよ〜」と上機嫌で返してくる。

鼻腔に届く甘い香りで、今日はホットケーキでも焼いたのだろうと当たりをつけた。

二度寝したくなる衝動を抑え、伸びをしながらベッドから降りる。そうして頭を覚醒させ…………昨晩の突発依頼のことを思い出し、思わず頭を抱えた。


ーー慈愛の王子の贈り物


………いや、いやぁ……どう聞き出せって言うんだ………

ものを盗むならまだしも……聞き出すという点において、俺はどうも苦手意識がある………というか下手だ。

ましてや相手は、意図的に………いや今まで聞いたことがなかったので、これを意図的にというのは少し違うかもしれないが……俺に自身の「続き」があることを隠していた人物だ。

これで下手に………


「やあ、アザレア。俺に隠し事とかない?」


とか聞いてみろ………笑顔で躱されて「あるわけないじゃないですか〜!」でおしまいだ。

…………いや、むしろこれで揺さぶりをかけてみるのもありなのかもしれ……ない……?


「夜空さん…?洗面所でぼーっとして、どうしたんですか…?ホットケーキ冷めちゃいますよ〜!」

「あ…ああ……」

「…?どうしました…?もしかして、昨日あまり眠れませんでしたか…?」


心配そうに頬を撫でる彼の手を取り、緩く首を振る。


「いや、普通に寝れた。それより…アザレア」

「はい…?」


……揺するだけなら………


「何も無かったらゴメンなんだけど………その………何か、俺に隠し事とか……ない?」

「えっ」

「えっ」


物凄くわかりやすい反応が帰ってきた。思わず聞いた俺自身が驚いてしまったほどに…。


「え、えっと……」

「あるのか」

「い、いや……その………えっとぉ……」


もとより隠し事…(もとい)嘘が苦手なんだろうなという気はしていたが……ここまでとは思わなかった。

責め立てるような口調にならないよう、1つ息をついて、彼の手を撫でる。


「別に、怒ってるわけじゃない。アザレアがわざわざ隠すような事だ、俺の事を思って…っていうのも、想像はついたし……」

「え、いや、その……あのぅ………」


しきりに目を泳がせていたアザレアは、やがておずおずと…いやに縮こまって


「…………その……どうして……?」


と問うてきた。

確かに、そうだろう。アザレアにしては上手く隠せていたと思う。パトロンに突つかれるまで俺も気づかなかったし…


「パトロンからの依頼だ…アザレアの中にある、ネメシスの遺稿……『慈愛の王子の贈り物』の内容を聞いて来い…って」

「パトロンさん………え、待ってください、遺稿…?遺稿って、なんの事ですか…?」

「え…」


どういうことだ…?


「確かに、ネメシスの遺作は僕たちの話ですが………遺稿があるなんて、僕も知りませんでしたよ」

「………?」


遺稿はない…?いや、でも…今までパトロンからの依頼で、現象が起こらなかったにしても「物」がなかったことは……なかったはずだ。

調査ミス…?いやでも、本人はアザレアから直接聞いたって………


「………もしかして……」


アザレアがぽつりと呟く。


「夜空さん、それ…本当に『ネメシスの遺稿』でしたか?」

「えっと………うん。パトロンは、確かに『遺稿』だって………」

「………ふふ、珍しいですね、夜空さんが言い回しに引っかかるなんて…僕絡みだから、でしょうか」

「?……どういう…」

「『遺稿』に心当たりはありませんが……『意向』と『慈愛の王子の贈り物』には、少し心当たりがあります」

「え、じゃあ………」


にこりと…『慈愛の王子』は、陽光のような微笑みを返す。


「その前にひとつ……僕夜空さんに言いたいことがあるんです」


握っていた手が解かれ、やがてそれは額の前に……そして……


「えいっ」


ごく弱い力で、ピンと弾かれた……俗に言う、デコピンだ。


「夜空さんこそ、僕に隠し事してましたよね?」

「………?」

「いや、隠し事と言うにはちょっと…聞かなかった僕も悪かったですが……」


バツの悪そうな顔…そうして次に紡がれた言葉に、俺は……パトロンに嵌められたのだと確信した。


「どうして、お誕生日今日だって、教えてくれなかったんですか?」


眉を逆八の字にしてむくれるアザレアも、可愛いと思った。





***********





少し冷めてしまったパンケーキを食べながら、お互いに状況を確認し合った。

今週頭……結珠原(ゆずはら)さんに呼ばれた際……それが、夕飛の誕生日絡みのものだったそうで……そこで初めて知ったらしい。

それから今週はずっと2人で各々準備をしており…無事に今日を迎えたようだ。


「そもそも…どうして1週間前に迫っても教えてくれなかったんですか…?僕、夜空さんの恋人ですよ…?お誕生日くらいお祝いさせてください…」

「ごめん……その………今まで、マスターと夕飛にしか祝われたこと無かったから……」

「祝われると思いませんでした?」

「…………うん」

「夜空さん………あのですねぇ………」


少し眉を下げ、アザレアは不貞腐れたように口を尖らせる。


「僕は、誰より夜空さんのことが大事なんですよ?もうこういうことありませんか?あなたが隠してる…というか、僕に行ってない夜空さんの特別な日とか…もうありませんか?」

「ああ、ない。そんなに記念日なんかない」

「本当ですか…?初めて喋った記念日とか、七五三記念日とか……」

「俺が覚えてない」

「……そうですか…」


少しほっとしたような素振りをし、そのままホットケーキの最後の欠片を口に放り込む。俺も残り僅かになったホットケーキを口に運びながら、一息ついた。

さて…こちらの事情はさっき話したし……


「……で、なんなんだ。慈愛の王子の贈り物、って」

「……ここまで話して、まだ分かりませんか?」

「………予測は着いたけど……自分で言うものじゃないだろ、これは……」

「ふふ、夜空さんのそういうところ、僕大好きですよ」


ニコリと微笑んだアザレアは、「ちょっと待っててくださいね」と席を立つ。

……こういったことは…いや、アザレアとまだ1年も過ごしてないんだ。無理もない……けど……初めてだから……

………少しだけ、……いや……


(………何、用意してくれたんだろう……)


すごく、浮き足立っている。

顔が緩んでいないだろうか…気持ち悪い顔してないだろうか……ちょっとだけ心配になり、食べきったホットケーキの皿を片付ける。

水を触っていると、少しばかり顔の熱が引いてきたような気がした。


「お待たせしました〜!って、夜空さん何やってるんですか!!ダメですよ、今日は夜空さん働くの禁止なんですから!!」

「そうなの……?まあ、これだけ洗っちゃう」

「もう……今日は僕のこと、好きにしていいですからね!お料理もなんでも作りますから!」

「……じゃ、今夜はミネストローネお願いしようか………いや、ミストロネーネ、だっけ?」

「それは忘れてくださいよそろそろ…!ほら、食器拭くのは僕がしますから!!早くテーブル戻ってください!!」


アザレアに急かされ、席に戻る。

向かいに座った彼がおずおずと出してきたのは…手のひらサイズ程の包みだった。


「ど、どうぞ………」


緊張しているのか、珍しくガチガチに緊張している彼がおかしくて、思わず笑みが漏れる……本当に、可愛い王子だ。


「ありがとう……開けていい?」

「は、はい!その………気に入っていただければいいのですが………」


気に入らないわけが無いのだが……

はやる気持ちを抑え、ゆっくりと…大切に包みを開く。

濃紺の包みと、金のリボンで彩られたその中身は……ステンドグラスのような栞だった。


「そ、その………あの………どうですか………?」


銀の縁取りに、袋とおなじ深い青と、オパールのように加工された白い花……差し色に加えられた赤や緑のグラス部分が、窓から差し込む光に照らされ、きらりと反射した。


「…………綺麗」


席を立ち、窓際にかざせば……それは、眩い色を俺の肌に映した。


「………使いたく無くなっちゃうな」

「えっ…」

「壊れたり、失くしたら…立ち直れなくなる気がする」

「え、えっと……それは…その…気をつけて使っていただいて………あの……それは………」

「……凄く嬉しい。ありがとう」


そう返せば、彼は頬を紅潮させ…本当に嬉しそうに微笑んだ。


「はい…!………あはは…良かったぁ……!」


胸をなでおろした彼は、窓辺に立つ俺に寄り添う。そうして、俺の手にできたとりどりの光を覗き見た。


「本当に綺麗ですね…!僕、こんなに綺麗なもの見たの初めてで……見つけた時大はしゃぎしちゃいました…」

「……お前の世界、ステンドグラスもなかったのか」

「はい…それで一目惚れしちゃって…………その……デザイン…アザレアも、あったので……余計に………」

「そっか……」


アザレアの方を振り返り、頭を撫でる。

そのまま頬の方まで手を滑らせれば、彼は愛おしそうにその手を取ってくれた。


「……今度、本物見に行く?」

「えっ……いいんですか…?」

「ん。調べたら、いっぱい出てくると思う。それが綺麗な場所」

「行きたいです!!わぁ……楽しみです……一緒にお写真も撮りましょうね!あと、それから…お土産でそれっぽいのあったら、今度は僕の分も欲しいです…!」


嬉しそうに笑うアザレアを見る……正直、それだけでも良かったのだけれど……

こんなに、嬉しいものだったんだな。大切な人からのお祝いって……。


「あっ、そうだ…夜空さん!」


触れていた手を両手で取り、彼はおもむろに、それに口付けを落とした。

呆気に取られた俺をみて、また頬を染めながら……彼は、陽光のような微笑みのまま……正直、泣きそうなほど嬉しいと思った、言葉を紡いだ。


「誕生日おめでとうございます、夜空さん………僕と出会ってくれて……本当にありがとう」

夜空誕ショート

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