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君の"エガオ"を奪うまで If  作者: 夜の塩焼き
原型、正規世界線
10/11

一途な愛

彼女に出会ったのは、まだ僕が学生の頃だった。

サファイアの原石を見ていた彼女も、同じく宝石に惹かれて来た来館者だろうと思って…でも、興味を持ってくれたらうれしいと、ちょっとだけ思って声をかけたのが始まりだった。


「それ、サファイアの原石なんですよ」


僕の声に、彼女は少し肩を震わせ振り返る。驚かせてしまったようだ。


「あぁ…ええ、そうみたいですね。あはは…私、アクセサリーショップでバイトしてて…宝石にはちょっと詳しいつもりだったんですけど、原石ってあまり見たことなくて」


しどろもどろに話す彼女は、最初こそ僕と目を合わせてはくれなかった。


「そうなんですね。…ここに出ていない原石もいくつかありますが…ご覧になりますか?」

「えっ、いいんですか...?」


彼女の青空の目が、ぱっと輝く。今思えば、この時すでに、僕はその目に心を奪われていたのだろう。


「ええ。それから興味を持ってくれたら、我々としても万々歳ですしね…そうだな…こちらなんていかがでしょう」


ルビー、エメラルド、ルチル、ペリドット、ダイヤモンド…彼女に様々な原石を見せた。

そのどれもが、彼女の目には新鮮に映ったようだった。帰る頃には、すっかり彼女本来のものだろう明るさが見えてきていた。


「あの、私、この大学絶対入ります!!そうしたら、その…また、石のお話、聞かせてくれますか…?」


上目遣いに問うあどけなさを残した彼女に、僕はこくりとうなずいて答える。


「もちろん。お待ちしております」


そうして彼女は翌年、同校の服飾科に入学を果たし、僕も所属していた地研に入ったのだった。


「また会えましたね…えーっと…」

創実(そうみ)です。創実斑」

「創実先輩…!あの、私、雛菱葵(ひなびしあおい)です!よろしくお願いします!!」


雛菱葵…将来、僕の妻になる女性との出会いは、こんなものだった。


彼女は天真爛漫な女性だった。

日本人離れした、美しい金系の髪に、青空を映したような青い目…母親の血なんだそうだ。

なんにでも興味を持つし、僕が少し興味を持てば、それを逃さんとする…ハンターのような側面もあった。だからか、服飾科の彼女と出会ってからの僕は、以前より身だしなみに気を遣うようになった。

将来はアパレル業界で働いて、経験を積み、いつか自分のブランドを持つのだと…彼女はいつも、夢を語っていた。

…夢を叶えた後も、こうして一緒にフィールドワークに出かけられたらいいとも、言っていた。

良き友人だった彼女を女性として意識するようになったのは、恥ずかしながら、僕が院生になって、一緒にいる時間が少なくなってからだった。大事なものは失ってから気づくとはよく言ったものだが、僕の場合、少し早い段階で気づけたようだった…そして、それは彼女も同じだったと、後に聞いた。


言葉を交わし、手をつなぎ、口づけを交わし、身体を重ね…そうして僕たちは、ある日夫婦になった。

幸せだった。研究一本だった僕が、まさかこんな景色を見られるとは思ってなかった。

愛する人、その純白の衣装、サムシングブルーの指輸、その穏やかな笑顔…本当に、惚けてしまうほど、綺麗だった。


「子供の名前は何にしようか」


それからほどなくして、僕は葵の妊娠を知った。まぎれもない、僕たちの子供だった。


「まだ性別も分からないのに?」


気が早いと、彼女は笑った。


「そうねぇ…斑さんと、私の名前からとって…「マオ」とか?」

「安直すぎない?」

「そういうこと言う?聞いたのはそっちなのに〜…まあ、冗談だよ」


すくすと笑って、彼女はまだ大きくもなっていないお腹を撫でる。


「ねえ、覚えてる? 私と、斑さんが初めて会った日のこと」

「覚えてるよ。オープンキャンパスに来てたんだよね、君は」

「そうそう…そこで、サファイアの原石を見てたら…あなたが声をかけてくれて」

「うん、そうだったね…ああ、そうだ」

「あ、だめだよ。それは私が先に思いついてたんだから!」

「言ったもん勝ち、でしょ?子供の名前ーー」

「だーめだってば!!」


妊婦だというのに、彼女は今まで通り少しおてんばで、元気で、すぐにじゃれついてきて…お腹が目に見えて大きくなってから、ようやく僕に家事を一任してくれるようになったほどだった。それほど、彼女は元気だった。

何もかもうまくいっていた。幸せだった…そう、思っていた。


それは、僕が大学での講義を終え、帰路に着いていた時のことだった。

見知らぬ番号から着信があり、出てみるとかかりつけの病院からだった…葵が、たった今救急車で搬送されてきたところだと…言われた。

出産予定日は、まだ一ヶ月以上もあった。それなのに…破水したと。出血も酷く、このままでは、母体も胎児も助からない…どちらかを選べ…そういうことだった。

僕は…数分迷ったのち、葵を選んだ。葵を救ってほしい。子供をあきらめると…そう伝えた。


僕の選択を、葵は恨むだろうか。恨まないわけがない。葵は、本当に子供の誕生を心待ちにしていた。僕が殺したのだと…そう言われることも覚悟していた。でも…それでも、僕はまだ見ぬ子供よりも、葵に生きてほしいと願った。

早く葵のそばに行きたかった。よく頑張ったと…これからもっと、そばで支えていくと…そう、葵に伝えたかった。僕が急いだところで、結果は変わらないけれども…葵が生きて、子供が死ぬ…それは紛れもない、普遍の事実だ…そう、思っていた。


……結論、どちらも死んだ。


迷ってはいけなかった。僕が思っていた以上に、葵の容態は悪かった。もともと彼女は、つわりの重い妊婦だったそうだ。僕には、そんな素振りは一切見せなかった…見抜けなきゃ、いけなかった。

葬儀はつつがなく行われた。彼女の両親も、僕の両親も、僕のことは責めなかった。ただ、タイミングが悪かったと。自分たちも気づけなかったと…寄り添ってくれた。彼女の両親に至っては、あの窮地(きゅうち)で葵を選んでくれたことをうれしく思うとまで、言ってくれた。

……慰めにしか、ならなかった。


それから僕は、葵のことを考えたくなくて、研究に明け暮れた。帰らなくなった二人の家は、早々に売ってしまった。

不思議と倒れたりすることはなかった。案外、人間の身体には余裕があるのだと、感心した。

…そんなさなかだった。あの二人に出会ったのは。


彼らは見覚えのない学生だった。互いを「あお」と名乗った彼らは、僕にある物質を託した。


——『ネクロニウム』……鉱物に宿る、謎多き物質だった。


これを使って、本当に生き人形が作れるのか…それを見てみたい。存在することはわかっている。けれども、実際には見たことがないから。彼らはそう言った。

自分たちの持っている知識と、ネクロニウムそのものを代価に、彼らは僕に…いわゆる人造人間を作るよう、依頼してきたのだ。

通常、普通の精神状態ならそんな話には乗らなかっただろう。でも…僕には、どうしても会いたい人がいた。どうしても、蘇らせたい人がいた。

僕は…藁にもすがる気持ちで、その依頼を承諾した。


服飾科に通う彼女は、人間向けの服のほかにも、人形向けの服も作っていた。いつかは、この二つの技術を合わせて、子供に自分が作ったドレスを着せたいとも言っていた。

人形の服は、かつて彼女が自信作だと自慢げに見せてくれワンピースを着せることにした。

それに合わせて…今度は少女の素体を探した。妥協はしたくなかった。そこに葵の魂を入れるなら、なおさら…僕はるばるドイツまで行き、そこの職人に服に合うような…彼女に似た金糸の髪と、彼女が好きだった、サファイアの目をあしらった素体を作るよう依頼した。

完成品は、本物の人間と遜色ないほど、美しい出来栄えだった。

僕はそれを持ち帰り…儀式を始めた。


月の出ている夜、その光を浴びせながら、愛しい人のことを考え、血液を8満たらす…たった、それだけだった。


何度か、ばかばかしいとやめようとしたこともあった。けれども…信じたい気持ちもあった。

毎晩、夜空を仰ぎ見ては月を探し、指や手首を切る。ただ、その繰り返しだった。気が狂いそうだった。自分から流れる赤が、時に恐ろしく見えることもあった…でも、やめられなかった。


そうして…そんな生活を続けて、10年という月日がたった。

すっかり私物化された研究室は、隠しされない血の匂いが染みついていた。そのせいもあってか、久しくここには誰も近寄ってはこなかった。僕もそれをわかっていたから、学生と話したり、誰かと仕事をするときは必ず外で行うようにしていた。その日も、そうして研究室に帰ってきたところだった。


扉を開けると…人形があった。人形が、立っていた。

朝、椅子に座らせ日陰に入れていたはずの人形が…月あかりに照らされ、立っていた。


「…葵…?」


名前を呼べば、人形はカタリと音を立て、こちらを振り向く。その顔は…妻のものではなかった。


「……葵…」


分かっていた。いくら魂を宿らせようと、それはもう、葵ではないのだと…わかっていた。


「…葵…葵…!」


改めて、会えないという事実が身を裂く。人形が動いてしまったことにより、今まで支えになっていたそれが…意味のないものだとわかってしまった。

ここが、誰も寄り付かない研究室でよかった…こんな情けない姿、見せられない。

大の大人が、声を上げて泣いている姿など…見せるものではない。

カタリと、人形が動く音がした。ああ、こいつもどうにかしなければならない。確か、あの双子の資料にも、その方法が…


…ふと、何かが覆いかぶさるような気配がした。血の匂いがついてしまうのが嫌で、手入れの際に使っていた、お香の匂いだ。これは…


「…あお…」


いや、違う。葵ではない。


「……お前…」


抱きしめられていた。小さな、体温のないその身体で。まるで子供をあやすように、頭上を何度も小さな手が往復する。


「……葵…」


その胸に、縋る。


「……ずっと、考えていた名前…そのままだけど…この子にあげても、いいかな…」


だめだ。多分、もう僕は…


「……サファイア…僕と一緒に、生きてくれる…?」


僕が生み出した、『不思議』という名の禁忌は、彼女と同じ青い目を細めて頷いた。

他の不思議と共心者の出会いの話

「斑」の昔話

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