一分の一電撃ルーレット
(明日、早めに来れますか)
老違さんから昨日の今日で呼び出しを受けた。こっちとしてはその日死にかけないからいいけど、朝っぱらに自殺しようとする老違さんが心配になるな。親御さんは心配しないんだろうか。
老違さんの家族関係を邪推しながら教室へと向かう。いつもより1時間早めに来たおかげで教室には誰もいなかった。
「あれ、誰もいない?」
老違さんまだ来てないのかな…
「早いですね」
「わぉ!?」
後ろから声をかけられて思わず素っ頓狂な声を出してしまう。振り向くと、露骨に不機嫌な顔をした老違さんが立っていた。
「ご、ごめん、おっきな声出して…」
「いえ、別に大丈夫ですよ」
老違さんは職員室から借りてきたであろう鍵を使って教室のドアを開ける。
「全然大丈夫そうな顔してないけど…やっぱりうるさかったよね」
「それもありますが…」
椅子に座るや否や、老違さんは右手に巻かれた包帯を解いて傷を見せてきた。
「ひゃ…!」
思わず手で顔を隠す。
「女子の着替えを見たわけじゃないんですから、そんな反応しないでください」
「いや僕血がダメなんですよ」
「毎日見てるのに?」
「毎日じゃないよ!…多分」
「大丈夫ですよ、血は出てませんから」
「ほんとに?」
恐る恐る目を開けると、老違さんの手には血はおろか、傷すらもなかった。そこには傷跡すらもない死人のように白い肌だけがあった。
「無い…傷が…」
「いつのまにか完治してました。お風呂に入る頃には傷がなくなっていたので、おそらく下校中に治ったんでしょう」
「じゃあなんで包帯巻いてるの?」
「昨日怪我してた人の怪我が無くなってたら騒がれるでしょう」
「そっか」
「とにかく自殺の手段が減ってしまった以上、他の手を考えないと」
「他の手かぁ…」
近くの適当な椅子に座り、背もたれに寄りかかる。自殺なんてしたこともしようと思ったこともないから何も思いつかない。
「世界自殺図鑑みたいなのがあればいいのにね」
「ありますよ」
「あるの!?」
「えぇ、そのほとんどは今の自分じゃ実現不可能なものでしたけど」
「まぁそうか」
またもや背もたれに寄りかかって中身のない思考を繰り返す。考えては時計を見て、また考えては時計を見る。そんなことを繰り返していると教室のドアが開けられた。
「一番乗…り?」
らんらんとした笑顔で入ってきたのは意与くんだった。こちらを見て鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしている。
「じゃない!」
「お、おはよう」
「………」
老違さんは意与くんに警戒の目を向けている。たしかにこの明るさは自殺志望者の彼女とは正反対に位置するものだろうな。
「そちらの人は、友達かなんか?」
「えっと…あ〜ちょっと待ってね」
「ん?おう」
教室の隅っこに行って老違さんと話し合う。
「なんて言います?友達とかでいいですか」
「友達なんて言ったら友達の友達は友達とか言って連絡先を聞かれるでしょう。ああいうのはそういうタイプですよ」
「大丈夫。意与くんはあぁ見えてコミュニケーションは苦手みたいなんだ」
「本当ですか?あの見た目で?」
「人は見た目で判断しちゃいけないってことだよ。とりあえず友達でいいですよね」
「それはちょっと…」
「ひどくない?」
「実験、実験に協力してるってことにしましょう」
「実験って、どんな?」
「お互いの能力のどちらが強いのかの実験です」
「え、能力のこと言っていいの?」
「下手に誤魔化して本来の目的にバレるより、真実を織り交ぜた嘘をついてバレないようにしましょう」
「なるほど、よくある手口だね」
「じゃあその方向で行きましょう」
「よし、意与くん、話がまとまったよ」
「おう」
その後、意与くんに30分ほどかけて説明した。
「えーっと?じゃあお前はその呪いのせいで毎日死にかけてると」
「うん」
「それで?そちらのシニタガさんの能力でそのピンチを免れるかもしれないと」
「そう」
「で、今どっちの能力が強いのかを実験してるわけだ」
「その通り」
「なるほどな、じゃああの時蛍光灯が落ちてきたのは、そういう訳なんだな」
「そういうこと」
「なんだか現実味のない話だなぁ」
「だよね」
意与くんは天井を見上げながら椅子をギシギシと揺らしていたが、ガタリと椅子から立ち上がり顔をこちらに近づける。
「よし!協力するよ、実験!」
「え?」
「友達が死にかけてるのに俺だけのうのうと学校生活なんかしてられないからな!」
「意与くん…!」
なんてマンガみたいな熱血漢なんだ…!
隣で老違さんが胃もたれしたおっさんみたいな顔してるのが気になるけど。
「俺、中飼 意与。趣味はロボット制作。よろしく!」
老違さんは、にこやかに差し出された手を握る。そのテンションに拒絶反応が出ているのか手には青い筋が浮かんでいた。
そうこう話していると、外から賑やかな挨拶の声が飛び交い始めた。
「もう時間ですね…」
「じゃあ昼休みになったら集まろうか」
「どこで集まる?」
「屋上にしようか、老違さんもそれでいいよね?」
老違さんは無言でコクコクと頷く。
「じゃあまた昼休みにね」
そう言って僕たちは各々の席へと戻っていった。
そんなこんなで昼休み…
「よし!作戦会議だ!」
昼休みになって早々、意与くんは僕を引きずって屋上へと向かっていった。
「到着!」
「うわ…」
着いてすぐに老違さんの嫌な顔が目に入る。多分意与くんの明るさが気に入らないんだろう。
3人で円を作り、お弁当を食べながら話す。
「にしても、今までの4ヶ月間毎日死にかけてたんだろ?よく生きてたな」
「うん、僕もそう思う…」
「今日とか先生のチョーク投げの流れ弾に当たって血が出てたもんな」
「先端尖っててめちゃくちゃ痛かったよ…もう慣れたけど」
「うらやましい…」
黙々と弁当を食べていた老違さんがボソリと呟く。
「シニタガさん何か言った?」
「いえ、別に。それより今日の実験なんですが」
そう言いながら老違さんはバッグからおもちゃのようなものを取り出した。おもちゃには指一本が入りそうな穴が6つ空いている。
「なにこれ?」
「電撃ルーレットです」
「テレビで芸人さんがよく使ってるやつ?」
「そうですね」
「それで?それ使ってなんの実験するんだ?」
「ここに指を入れてみてください」
「え?」
「おう」
意与くんは迷いなく穴に指を突っ込み、僕は恐る恐る指を入れる。
「いきますよ」
老違さんがおもちゃのスイッチを押した瞬間、指に衝撃が走る。あまりの衝撃に指の爪が剥がれたように感じる。
「あいッタぁ!?」
「うぉ!」
「………」
自分の指をさすりながら屋上のあちこちを転げ回る。痛みに慣れ始めた後、自分の指の爪が剥がれていないか確認する。爪自体は無事だったが、指には何か血管のような跡が付いていた。
「うわなにこれ!」
「雷撃傷って、言うみたいですよ」
老違さんは僕の傷を羨望の眼差しで見ながら言う。
「ら、らいげきしょう?」
「あ、それ知ってる。雷に当たった人にできる傷ってやつ」
「雷って…それおもちゃですよね?」
「おもちゃですよ、当たっても少し驚くぐらいの威力しかありません」
「じゃあなんで…」
「私がどうあがいても無傷になるみたいに、あなたはどうあがいても重傷になるんでしょうね。それに、本来であれば仲飼さんに電流が流れるはずだったんですけど、なぜかあなたの方に流れたみたいですね」
「めっちゃ理不尽…!」
「そこで実験です。このおもちゃの穴に無理矢理私とあなたの指を入れたらどうなるのか」
「なるほど、電流である以上、絶対2人には流れるってことか」
「えぇ…もう電撃嫌なんだけど」
「………」
無言の老違さんに無理矢理指を突っ込まされる。しかもよりによって大ダメージを負った人差し指。
「イタタタタタ!ちょ!痛い!皮膚が擦れる!」
「仲飼さん、お願いします」
「じゃいきまーす」
「待っ…!」
カチリとスイッチが押された瞬間、またもや指に衝撃が走る。だが、その衝撃は先ほどと比べてあまりにも弱かった。
「いた、くない!よかったぁ」
僕の喜びをよそに、老違さんは不機嫌な顔をしている。きっと予想以上に電撃が弱くなってるのが気に食わなかったのだろう。
「シニタガさん、なんでそんな機嫌悪そうな顔してんだ?」
まずい、意与くんの発言は今の老違さんにとって起爆剤になりかねない。
「あ、あぁ多分電撃が少しだけ流れたのに落ち込んでるんだよ!老違さん優しいから電撃を無くしたかったんだろうねあはははは!」
「ふ〜んそうか」
少しどころかあまりにも拙い嘘だったが、なんと誤魔化すことができた。その代わりに老違さんの鋭い視線が突き刺さってるような気がする。
「じゃあ現状はシニタガさんの能力があれば、死にかけることはないけど、無力化はできないってわけか」
「そうだね」
「じゃあもし2人が歩いてて上から岩が落ちてきたらどうなるんだろうな」
老違さんの体がピクリと動く。
「仮にその岩が石になったとしてもある程度怪我はするだろ?他にも落とし穴とかだったら落ちるのは結局変わらないし」
老違さんの目が少しずつ輝き始める。
「毒ガスとかだったら、死ぬまではいかないまでも吐血ぐらいするんじゃないか?」
毒ガスに出血。物騒が肩を組んできそうな単語を聞いた老違さんの顔はキラキラと輝いていた。日曜朝放送の女児向けのアニメを見ている時の妹みたいな顔をしている。
「…仲飼さん」
老違さんは意与くんの肩をガシリと掴み、顔を近づける。
「な、なに?」
「ロボット制作が得意と言ってましたね?」
「おう」
「私と彼を狙うロボットを作れませんか?」
「え?」
「たしかに、先ほどあなたが言った通り、この能力で軽減しても怪我をする可能性あります。じゃあどれくらいの危険まだなら大丈夫なのか、その検証のためにも私たちを秘密裏に狙って欲しいのです」
「な、なんで秘密裏なんだ?」
「危険なことを回避する訓練も兼ねてのことです」
「なるほど?」
かたや僕にそんなことしていいのか?の視線を向けているし、かたや言う通りにしないともう協力しませんよの顔をしている。正直何かに狙われるのは怖いけど、毎日命を狙われてるようなものなので今更だろう。
「まぁ僕もそれは気になるね。本当に危険な時に何もできないのは嫌だし」
「そうか…わかった。じゃあとびっきりのロボットを作ってお前たちを狙ってやるよ」
「お願いします」
「そのロボットって、いつできるの?」
「明日」
「はや!?」
「ロボット部の活動だって言えば学校に泊まり込みで作れるからな」
「そうなんだ…」
「じゃあ明日から私たちを狙ってくれるんですね?」
「そうだな」
「じゃあそれでお願いします」
老違さんは深々と頭を下げ、その後すぐさま屋上から出ていった。
「…なんか、勢いすごくて怖かったな…」
「あ、あはは…」
取り残された2人の間に流れた乾いた笑いは、屋上に吹き付ける風に流されていった。




