死にたがりや少女
昨晩は早めに床に就いたせいか、えらく早めに起きてしまった。
家にいても特にやることがないので早めに出ることにした。
いつもだったら噛み付いてくる犬も今は散歩に行っているし、横断歩道だって車もそれほど通ってない、力士だってこんな早くにマラソンをしないだろう、そんなこんなで安全に登校することができた。
いいなぁ、平和で、これから毎日早起きしようかな。
案の定、学校にはまだ誰もきていないようだ。
「教室開いてるかな?」
開いてなかったら鍵を取りに行かないと。
そう思いながら教室の扉に手をかける。
「あれ、開いてる」
どうやら自分より早起きがいたようだ。
どことない敗北感を味わいながら扉を開ける。
教室ではクラスメイトが首を吊っていた。
「わぁ……ワァーーッ!?」
く、くびつり!?なんでどうして?!たすけないと!?
慌てて椅子に乗って、クラスメイトの体を持つ。 まだ温かい、生きてるかもしれない、早く下ろさないと
「ぎむぇっ!?」
縄がちぎれたようで、クラスメイト諸共地面に落ちる。
クラスメイトの頭が男の弱点にヒットして悶絶する。
「〜〜~〜っ!?」
僕がのたうち回っている横で、意識を失っていたクラスメイトがむくりと起き上がる。
「はぁ…またか」
クラスメイトは僕をギロリと睨みながら呟く。
あれ、どこかで聞いたような声
「あの、どこかで会いました?」
「3回目ですよ」
「いつ、会いましたっけ?」
「昨日と入学式の時」
入学式に忘れていた記憶と、昨日無理矢理忘れようとした記憶が蘇る。
でもおかしい、あの時どちらも屋上から落ちていたはずだ。
「ゆ、幽霊?」
「死んでる存在が今更自殺しようと思いますか?」
なに言ってんだコイツみたいな目を向けられているが、これは僕が悪いのだろうか。
「と、とりあえず、なんで自殺なんかしようとしてたの?」
「死にたいからです」
「なんで死にたいの?」
「理由がいりますか?」
「いるよ!」
「じゃあなんであなたは生きたいんですか?」
「え?それは…えっと」
「生きる理由がなくても生きるのなら、死ぬ理由がなくても死んでいいじゃないですか」
「いや、それはう〜ん」
「じゃあ死んでいいですか?」
「いやそれは」
「生きる理由がないのに?」
「で、でも僕には生きたい理由がある」
「それはどういう」
「僕はこの凛充高校で充実した高校生活をしたい、べつにこの高校の入るために生きてきたわけじゃないけど、この高校に入っている限りは行きたいと思う、まぁ訳あって毎日死にかけてるけど」
「羨ましい限りですね。じゃああなたはこの高校を卒業したら死ぬんですか?」
「いや、生きたい理由は他にもたくさんあるから死ぬことはないよ。君には生きたい理由はないの?」
「ないです」
「即答だね。でも死にたい理由もないでしょ?」
「そうですね」
「じゃあ」
「確かにあなたのように生きたい理由をはっきりと持てている人はいるかもしれません。しかし、持てていない人もいるでしょう。生きたい理由なくとも生きている人がいるのだから、私のような死にたい理由なくとも死ぬ人がいていいと思います」
「いやでもそれは生物としての本能に反していることじゃない?死ぬことは生物全てが恐れることでしょ?」
「人間は自分の本能を理性で抑えている。生物としてのルールに最も反しているでしょう。私は人間ですから、自分の意思に従って死にたいんです」
「えぇ……?」
世界は広いといっても、こんなに真っ直ぐな目で死にたいって言う人初めて見た。
「よく今まで生きてこれたね」
「そこが問題なんですよ」
クラスメイトは眉間に皺を寄せ、ため息を吐く。
「問題って?」
「あれは私が小学4年生の頃、確かトラックに轢かれようとタイミングを計っていた時のこと」
「まま、待って」
「はい?」
「小学、4年生?」
「はい」
「その時点で自殺をしようとしていたの?」
「はい」
「……」
「続けていいですか?」
「どうぞ…」
「轢かれたら確実に命は消し飛ぶであろうトラックが丁度よく来たので、思いっきり飛び出したんです。自分の視界が真っ暗になって、あぁこれで死ねるなんて思ってたら、死神が出てきたんです。」
「え?」
なんかいきなり胡散臭い話になってきたぞ。
「死神にお前は死のうとしすぎだと言われまして」
「でしょうね!」
「自分の管轄で無闇に死なれたら気分が悪いからお前は絶対に自殺できないようにしてやる、そう言われました。気づくと自室にいて、それ以降自殺しようにも失敗するようになったんです。」
「へぇ…死神にねぇ」
「信じてないですね」
「いやう〜ん、僕も似たようなことが起きてるからなんとも言えないんだけどね」
「じゃあ証拠を見せます」
そう言った瞬間、彼女は素早い手つきでポケットからカッターを取り出し、胸元に突き刺す。
「うわぁ!?」
だが彼女の首からは血が出ることはなく、平然としていた。
「ほら、残念ながら大丈夫なんですよ。カッターの刃が欠けてるでしょう。」
彼女が持っているカッターの刃は目も当てられないくらいにボロボロになっていた。
「ところでそれ、大丈夫ですか?」
「え?」
彼女の発言にきょとんとしていると、次第にデコが熱くなってきた。
「も、もしかして、何か刺さってる?」
「はい」
「血が出てる?」
「はい」
「カッターの刃だったりする?」
「はい」
震える手でデコに浅く刺さったカッターの刃を抜き、たらりと流れる血をポケットティッシュで拭う。
幸い、血はすぐに止まった。
「信じてもらえましたか?」
「う、うん、信じるよ。でも昨日の飛び降りはどうやって助かったの?」
「あれは突風が吹いたせいで、たまたま空いていた窓から室内に入ってしまったんです」
「入学式は?」
「ご存知の通りあなたがクッションになりました」
「じゃああの時僕の方が死んでたかもしれないじゃないか!」
「その点は大丈夫です」
「え?」
「中学の頃、いつものように車に轢かれようと飛び出した瞬間、ボールを追いかけて飛び出した小学生がいたんです。私諸共轢かれたんですけど、どちらも無事だったんです」
「つまり?」
「私の近くで死にかけると、私にかかった死神の力が作用するみたいなんです」
「え!?」
つ、つまり、この人の近くにいれば僕は毎日死の恐怖に怯えなくていいってこと!?
「あの!」
「はい」
「頼みたいことがあるんですけど!」
「いやです」
「そこをなんとか話だけでも!」
「なんですか」
「僕のそばにいてくれませんか!?」
「…………」
「あっイヤ、プロポーズとかじゃなくて、物理的に近くにいて欲しいと言うか……」
「それになんの意味が?」
「僕が死にかけることがなくなります」
「私にメリットないじゃないですか」
「あります」
「なんです」
「僕は毎日死にかけています。もしかしたらそれのとばっちりを受けることができるかもしれません」
「なるほど」
こころなしか目が輝いて見える。
僕のこんな呪いみたいな力でも必要としてくれる人がいるんだなぁ。
「わかりました協力しましょう」
「ほんと!?」
「ただ、私にもタイミングがあるので、連絡を取り合いましょう。携帯持ってますか?」
「え!?あ、はい!」
高校合格が決まってから買ってもらったスマホを取り出す。
家族しか連絡先のなかったスマホに新たな連絡先が追加される。
しかも女性の連絡先だ、勉強ばっかりで碌に友達ができなかった僕にとって嬉しい限りだ。
「あの、なんて読むのこれ?」
老人の老に、違和感の違とかいて老違、初めて見る苗字だ。
下の名前の理椰は読めたんだけど。
「あぁ、それシニタガって読むんですよ。」
「ん?」
「私の名前老違 理椰って読むんですよ」
「そんな苗字、あるの?」
「ありますね、目の前に。ところでこっちも読み方がわからないんですけど」
「あぁ、そうだよね。僕も人のことが言えないよね」
あんまり言いたくないんだけどな、この名前。
「今際の際の命と書いて、今際 際命って読むんだよ。」
「言ってて悲しくなりません?その名前」
「まぁ、うん」
「際命でサイチって読むんですか?」
「いや、多分キラキラネームの類だと思う」
「まぁ、よろしくお願いします」
「うん、よろしく、老違さん」
そんなこんなで僕の2人目の友達(向こうはそんなこと思っちゃいないだろうけど)ができた。
他のクラスメイトが来る前にちぎれたロープを回収して、机を整列させた。
次第に教室が賑やかになっていく。
いつもだったらこのあたりで死にかけるのだが、老違さんの力のおかげか何も起こることはなく、その後の授業も安全に過ごせた。
そんなこんなで昼休み、仲飼くんと一緒にお弁当を食べていた。
「なぁ」
「ん?」
「今日なんか平和だな」
「そうだね」
しみじみとしながら窓の外を見る。
すると、スマホに着信が入る。
恐る恐るスマホを見ると、案の定老違さんからメッセージが来ていた。
(屋上に来てくれませんか)