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04)マデレーナの回想1

ご覧いただき、ありがとうございます。

 私にとっての最初の記憶は、祖父のにおいだ。

『最果ての黒き森』と呼ばれる、どの国にも属さない、暗くて不思議な森を背にしたライン領。その地を治めるラインバッハ家の第二子長女として、恵まれた生を受けた。


 まだ世間のことがよくわかっていなかった二歳頃だろうか。

 ある日、領地にやってきた大好きな祖父から、不思議なにおいがした。

 木から落ちた果実のような、藁を燃やしたような。

 焦げたような、甘いような、酸っぱいような。

 未だになんと形容したらいいのかわらかない、不思議なにおいが、祖父からかおってきた。


「じーじのにおい、へんね」


 そう言うと、祖父は寂しそうな顔をして「年寄りくさいかなぁ」等と言っていた。

 側で聞いていた母から、祖父ににおいのことを言わないように、と言われたので、そのことは守っていた。でも、祖父の不思議なにおいが変わることはなかった。

 祖父のにおいはそういうものなんだろう、と、理解をし、日々を過ごしていたある日、母から祖父にはもう会えないのだと教えられた。

 いつもニコニコしている祖母が、ずっと泣いていた。私は、泣いている祖母の姿を見て、いつも自分がしてもらうように、頭を撫でようと思い、祖母に近づいた。そして、祖母から祖父と同じにおいがすることに気づいた。

「ばーば、さみしくないよ、じーじがそばにいるよ、じーじのにおいがするよ」

 私がそんなことを言うと、祖母は驚いた顔をして、父と母を呼び、何か難しい話をしていた。


 しばらくすると、祖母とも会えなくなった。

 大勢の人が集まって、皆が悲しそうにしていた。

 四歳になる頃だった私は、祖母が亡くなったことも、そのお別れのための会が催されていることも、なんとなくわかっているような、わかっていないような、そんな感じだった。

 私はまだまだ『小さなマディ』だったし、ばーばの白っぽい金色の髪に飾られた簪を揺らすのが大好きだったし、ばーばの、ちょっとふっくらとした温かな手で頭を撫でてもらうのが大好きだったから、それらがもうないのだと思うと、涙がずっと溢れて止まらなかった。


 母からこっそりと「じーじやばーばと同じにおい、する?」と聞かれたが、その時はにおいがしなかったから「しないよ」と答えた。

 その後も何度か母からそっと聞かれることがあったが、特別なにおいはそんなにいつもするものではなくて、三人目にそのにおいがしたのは、久しぶりに会う母方の祖父母からだった。

 私は急いで母の元へ行き、内緒で母に伝えた。

 すると、母はとてもとても驚いていて、母の緑色の瞳がこんなに大きくなるなんて、と、思ったのと同時に、このにおいがした祖父母とはもう会えなくなったことに気づいた。


 南のじーじやばーばにも会えなくなるの?そう訊ねると、母はしゃがんで私を抱き締めて、小さな声でゆっくりと「たくさん、たくさん会いましょうね」と言った。


 それからしばらくして、私たち一家は主たる住まいを王都へと遷した。領地を離れるのは嫌だったけれど、王都へは大好きなジョシュアも一緒に行くと聞いて、それならいいか、と、思った。


 ジョシュアはリュカ兄のお父様で、私の一等大好きな人なので、ジョシュアが一緒なら王都でも楽しく過ごせるだろうと思った。


 王都の住まいは、ライン領とは比べ物にならないくらいにこぢんまりとしていて、私はすぐに気に入った。

 両親の部屋も兄の部屋も近く、ジョシュアの姿もすぐに見つけられるし、お庭に出ても迷子にならない。

 それに、時々、母方の祖父母が訪ねてくれた。


 私のお気に入りはお庭でのかくれんぼで、兄やリュカ兄と一緒によくかくれんぼをした。

 まだまだ小さな私が隠れられるところはたくさんあったし、庭師のジョンが私の味方をしてくれて、いつも素敵な隠れ場所を教えてくれたので、庭でのかくれんぼはとても楽しかった。


 ある日、いつものように兄とリュカ兄と一緒にかくれんぼをしていると、庭で剪定作業をしていたジョンが「お嬢様」と私を小さな声で呼び、払った枝が積まれた蔭を隠れ場所として提案してくれた。


 その日、はじめてジョンから例の特別なにおいがかおってきた。

 その頃には何となく、このにおいはわたしにしかかおらない、何か特別なにおいで、また、あまり良くないにおいの気もしていたので、わたしはつい、泣き出してしまった。

 もちろんジョンに事情を説明することもできず、ただ大きな声をあげて泣く私を前に、優しいジョンは為す術もなく、その場でオロオロしていた。


 私の泣き声を聞いて兄は慌てて近くに来ると、ジョンが私を泣かせたと、なぜ泣かせたのだと激しく叱責した。

 まだ10歳にも満たないとはいえ、主家の嫡男に強く言われ、ジョンは年期の入った鍔広の藁帽子を脱ぎ、そこにしわくちゃの日焼けした顔を埋め、憐れなほどに身体を小さく丸めて踞っており、その姿が可哀想に思えて、いつもは優しい兄がとても怖く思えて、わたしは更にわんわんと大きな声で泣き続けた。


 どれくらい経ったのか、母に抱き締められ、ようやく理由を話すことが出来ると、私は泣きつかれて眠ってしまったらしい。

 翌朝、両親と兄、ジョシュア、リュカ兄に侍女頭のマーゴといった、私の大切な人々に囲まれて、母に促され、亡くなった祖父母と同じにおい

 がジョンからもかおったことを伝えた。


 ジョンがいなくなるのが嫌だ、そう伝えると、母は私の手をぎゅっと握ると、ポロポロと涙をこぼした。私もいっぱい泣いた。


 ジョンに対して、兄は丁寧に謝罪し、母からは事情を説明したらしい。

 ジョンに「嬢ちゃまはジョンがお嫌いかえ?怖いかえ?」と聞かれ「ジョンはイイコだから大好きよ」と答えたことを覚えている。


 ジョンはそのまま庭師として働いていたが、母方の祖父母が事故で亡くなった頃には、寒さもあってなのか、寝付くことが多くなってきており、春が訪れる頃には、起き上がることはほとんどなかった。


 私は庭の花を毎日ジョンに届けた。

 私にとっての庭は、その頃にはかくれんぼをする場所ではなくなり、咲いたばかりの花をジョンに伝えるために、花を摘む場所になっていた。


 そして夏になる前の、庭に花が溢れる頃、鍔広の藁帽子を再び被ることなく、ジョンは静かに、まるで眠るように亡くなった。


 そして、ジョンのお葬式を済ませて数日経った頃、大好きなジョシュアから、例の、大嫌いなにおいがした。


 六歳になろうかという年だった私は、このにおいがもつ意味を理解していた。

 が、まだまだ幼かった私は、もちろん表情を取り繕えなかったのだろう。ジョシュアに当然のように見抜かれた。

「お嬢様、ジョシュアは大丈夫ですよ」

 そう言われたが、大丈夫でないことは私だって知ってる。そう言いたかったが、言葉はなにも出てこなかった。

 それから数日、私は熱を出して寝込んだ。



続きを、本日の午後9時00分頃に投稿予定です。

よろしくお願いします。

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