22)フューエルを目前にして
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馬車の中は、相変わらずの空気だ。
シャルル様がポツポツとリュカやルイーズに話しかけ、それぞれが、答えたり無視したり。
リュカが握っているクルミの音がゴリゴリいって。
……あれ、割れちゃうんじゃない?
朝からずっと狸寝入りを決め込んでいる私も大概だと思うけれど、多分、高位貴族であろうシャルル様相手に聞こえないふりをできるルイーズって、度胸があるというか、怖いもの知らずというか、何というか。
「ねぇ、ルイーズ。マディちゃん、夜ちゃんと眠れてるの?」
「……ラインバッハ伯爵令嬢で、ございます。我がお嬢様に対して無礼な態度をお取りになられるのなら、どうぞ馬車をお降りください」
「さすがにたかが侍女風情が、その態度はどうなの?」
「如何様にでも」
ぴしゃりと言い切ったルイーズからは動く気配を感じない。頭すら動かしていないのかもしれない。
気になる。見たい。むしろ、ここは私がルイーズをたしなめることで庇わないといけないんじゃないかしら?
「……ルイーズの忠誠は揺るぎませんよ。お嬢様からも言われていたはずです。改めてください」
リュカがため息混じりにルイーズの肩を持つ。
そうよ、私はきちんと言ったもの。
大体、なんでただの知り合いなのに愛称呼びするのよ。
愛称で呼ばれるたびに、なんか嫌な気分になるのよね。
きっと、私はシャルル様に愛称で呼ばれたくないのね。
愛称で呼ばれて、なんか嫌だなって感じるなんて初めての事で、私も戸惑っているんだけれど。
そろそろ起きて会話でもした方がいいんだろう。でも、面倒だなって思うのよね。
どうしましょう。
においの事を考えると、縁を繋いでおきたいし、一緒にいれば何かあったときに助けられるかもしれない、とも思ってる。
私は、ジョシュアを助けられなかったことを本当に悔いているし、出来ることなら、誰か一人でもいいから、においのする人を助けたいと、ずっと思っている。
それは、ただ、私のために、だけれど。
私がこの力と折り合いをつけるため、というのか。
この、中途半端な力に負けないため、というのか。
病気はどうにもならないけれど、怪我なら。
下手だから人目にはつかないようにしたいけれど、あの刺繍があれば、上手くいけば怪我は救える可能性があるのではないかしら?
ジョシュアのことを思うたびに、そんな気持ちになる。
私の刺繍があれば、怪我で死なない。
それが本当に本当ならば。
治癒するまでひたすらその身体に刺繍を貼り付け続けたら。
そうしたら、死ななくて済むのではないかしら。
目を閉じたまま、つまりは寝たふりを続けたまま、私はそんなことを考えていた。
「ところで、本当にフューエルに行かれるんですか?仕事大丈夫なんですか?」
リュカがさほど興味無さそうに聞いている。
そうよ、フューエルまで片道五日。往復で十日よ。
お仕事、そんなに休めるのかしら。
またにぃ様が残業続きでお忙しくなっているのかしら。
「エリオスに頼んできたから、なんとかなるんじゃないか?」
「でしたら王都に戻ったら、中隊長の席はエリオス様になっているんでしょうね」
「なんでたよ!」
シャルル様が声を荒げる。
やっぱりそろそろ起きた方がいいかしら。
あの声なら起きても不自然じゃないわよね。
「居なくても困らないことが証明されるわけですから」
「なっ!」
リュカの発言に、シャルル様が言葉を詰まらせる。
静かになるなら、このまま寝たふりしていようかしら。
判断に迷っていたら、馬車が石でも跳ねたのか、軽い衝撃があって、頭がゆらりと揺れる。
「お嬢様!」
ルイーズが声をかけてくる。
さすがに起きないのは不自然よね。
……それまで寝ていたのが不自然なのは気にしないでおくことにして。
「ルイーズ……そろそろ休憩?」
「そうですね、もうそろそろだと思いますよ」
リュカが窓の外の様子を眺めながら、ルイーズに代わって答えてくれる。
街が近づいてきたのだろうか。
馬車は車輪の鳴らす音が大きいから、外からの音はあまりしないのだけれど、それでも馬車とすれ違ったりするのはわかるし、舗装されている道に入ったのか、振動が少しゆるやかになった。
「マディちゃん……マデレーナ嬢。次の休憩でお茶でもどう?」
「申し訳ありませんが、ルイーズと二人で女性向けのお店を見ながら散策することに決めていますの」
ここ何年も、こんなに長い時間、あの『におい』を嗅ぎ続けていることがなかったので、少し離れたいのが本音のところだ。
距離が近い分、においも強く感じる。
愛称呼びだって、少し気分が悪いのもあるから、苛立ちを感じるのかもしれない。
「申し訳ありません、お嬢様はあまり気分が優れないご様子なので、どうぞご容赦くださいませ」
言い返してきそうなシャルル様の口を塞ぐように、リュカが言葉を重ねてくる。
「そうなの、ならどこかで休んで……」
「シャルル様」
リュカがシャルル様の言葉に重ねるように、少し大きめの声を出す。
「どうぞ、次の駅にて騎乗する馬をお借りください。その程度、ラインバッハが負担いたします」
リュカがぴしゃりと言い切り、それっきり口を閉じた。
シャルル様はまだ文句を言いたげな雰囲気だったけれど、リュカの態度が厳しいからか、無理に何かを言うこともなかった。
私はルイーズが用意してくれていた、濡らした手巾で目元や頬、口許をそっと押さえた。微かにハーブの香りがする手巾のお陰で、車内を覆う『におい』から、少しだけ気持ちを紛らすことができた。
フューエルまであと一日半。
かなり近づいてきた。
*****
無理を言って馬車に同乗した。
そんなことは自覚している。
けれど、ここまで蔑ろにされるとは想像だにしなかった。
特にこの、俺の隣に座る侍女!
伯爵家の侍女だ。どうせ平民だろうに、少しも俺に対して控えることをしない。
それどころか、あの侍女!馬車から降りろ、とまで言ってきた。
さすがにその態度に気分が悪くなったので、少しばかり威嚇した。
にも拘らず、どうとでも好きにしろ、ときたもんだ。
三番目の側妃腹とはいえ、生まれたときから王族だ。
ここまで邪険にされた経験はない。
いや、ここまではっきりと「お前に配慮する気はない」と言葉と態度で表されたのは生まれて初めてのことだ。
いっそのこと王族への不敬で処分してやりたいところだ。
だが、マデレーナに『シャルル』と名乗り王族であることを隠している今、そうすることもままならない。
昔から「ラインバッハには直接手を出すな」と言われてきた。
それが王家とラインバッハとの古よりの盟約だから、と。
だというのに、学生時代に、ラインバッハの傍流のリュカルディン・ラインセスと揉めた。
結果、継承権を剥奪されたのだが、たかが子爵家の嫡男を傷つけた程度で、それほどの処分を受けるとは思っていなかった。
あの時は城から典医も来ていたし、高度治療用の遺物が用意されていたのも知っていた。
何かあればそれを使っての完璧な治療がされることもわかっていた。
実際、リュカルディンは後遺症もなく過ごしているじゃないか。
俺に対する処分が厳しすぎる。
エリオスが乳兄弟のリュカに対しての事を何か言ったり態度に出すことはない。
いつも、仕事では多少は耳に痛いことを言ってきたりもするが、よくある上司と部下。仲は良いと思っている。
そんなエリオスの態度こそが全てを表していると思っている。
そして、最近知り合ったエリオスの妹、マデレーナのことが、なぜかとても気になる。
リュカルディンと二人でフューエルに行くと知って、いてもたってもいられなかった。
冷静に考えれば侍女もいるだろうから二人きりではないのは明白だし、職場への根回し一つしないで飛び出したのは悪手だったと思うけれど。
折角来たのだから、と、こうして接点を持つようにしてるけれど、どうもあまり上手くいっていない。
眉目秀麗なリュカルディン程ではないだろうが、俺もそれなりに社交界では人気もあるし、わざと軽薄な態度を取ってるが、それが親しみやすいと感じる人が多いのも事実だ。
それにしても。
肝心のマデレーナは、ようやく起きたと思えば、気分が悪そうにしていて、侍女がかいがいしく世話を焼いている。
しかもその動きが、さりげなく俺からマデレーナを隔離するようにも感じられるのは気のせいではないだろう。
リュカルディンは相変わらすで、その手の中のクルミをかち割る勢いでゴロゴロさせてるし。
完全に守備範囲で楽勝チョロいと思っていた平民らしい侍女の、この驚きの手強さはなんなんだ。
下手したら一番厄介かもしれない。
本当に、どこかで隠れて「俺、王族よ?その態度いいと思ってる?」って威嚇したい。してやろうかな。
ああ、何一つ上手くいかないな。
続きは、今週中に投稿できればと思います。
よろしくお願いします。




